3-3. 暗黒街の底
人間はみな月である。
誰にも見せない暗い顔を持っているのだ。
小説家 マーク・トウェイン
目覚めたときには、黒いソファに寝かされていた。暗い室内だったが、何本かの蝋燭の光を反射して、宝石や貴金属の類が煌めいていた。
「お目覚めかね」
部屋の奥から太い声がした。その方を向くと、さっきケイシーを連れ去った男たちの先に、異様な雰囲気が立ち込めている。その中心には、怪物がいた。
「……ふーん、お前がボスってわけ。何する気?」
「ほお、これは活きの良いのを獲ってきたな」
またも強気に出たケイシーに、蝙蝠か狸のような怪物は、感心したようだった。
「俺のことなんか誘拐したって……」
「その通り、意味がないな。君は孤独だ、金にはならん」
「じゃあ何だってんだ」
怪物は答えず、手下に目で指図をして、葉巻に火を付けさせた。その葉巻を吸って、煙を大きく吐き出す。貫禄のある巨体に、その仕草がよく似合っていた。
「ふう、まあ、そう慌てるな。乱暴しようというんじゃない」
ケイシーは思ってもみないのに多少安堵して、ソファに深く座り直した。
「察しの通り、私らは闇を仕事にしている者だ」
平たく言えば犯罪組織である。ピラミッドの頂点の輝きが増すほどに、その下の闇も深くなっていくのだ。このニューヨークには、闇を牛耳る組織が当然に存在した。
「そうだな、例えば……、賭博、麻薬、売春の斡旋、誘拐……これは金持ちの子息限定だがね、それから、密貿易、強盗、人身取引、殺人……といった仕事だ。君もよく知っているだろう。今しがた言った通り、君は誘拐しても金にはならん。それに、今はちょうど少年を欲しがっとる顧客もおらん。ではなぜ、君を攫ったのか……」
ケイシーは身構えて、息を飲んだ。
「ふむ、君にはうちで働いてもらおうと思ってな」
「それってつまり……、お前の手下になれ、って?」
「ご明察だ。どうせ行く当てもないんだろう? 君の暗い目には才能が宿っている。この仕事は、世に捨てられ、世を捨てた者にしかできん。分かるね? 君は、持っている側の人間だ」
「俺は、そんな仕事は……」
ケイシーは首を振った。世を恨んでいるのは確かだったが、なまじ理性が残っているばかりに、食糧に困っても人を騙したりすることだけは躊躇していた。だが、ここで断れば何をされてもおかしくない。
「できない、と言うつもりかね。では問おう」
怪物にじっと睨まれて、ケイシーはすくみ上がった。
「君はもう、人を殺したことがあるんじゃないかね?」
心臓を射抜かれた思いがした。いっそ射抜かれた方が楽だったかもしれない。
ケイシーの脳裏には、家に置き去りにした弟たちの顔が思い浮かんだのだ。
自分のために肉親を見捨てた。その罪の意識は、心の奥底にしまい込んでいたが、怪物にえぐり出されてしまった。
「そうだろう、そうでなくてはその目にはならん」
動揺するケイシーを見て、怪物は笑みを浮かべた。
「違う、俺はそんなこと……!」
「違わないさ、君と私らは何も違わない」
ケイシーはかぶりを振った。体の底から震えが走る。
「自分が生きるために、人を犠牲にする。いたって普通のことだ」
耳を塞いでその言葉を遮るが、震えは止まらない。内側から発しているからだ。
「……仕方がない、……仕方がなかったんだ……」
自分を守るためにそう繰り返した。
「うちで働けば、喰いっぱぐれることもない。いい話だと思うがね」
ケイシーには、もはや怪物に抗う力は残っていない。結局、うなだれるように頷くしかなかった。




