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異世界退職代行サービス~辞めたくても辞められないあなたへ~  作者: 暁の裏


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9/15

詐欺師は辞めたい

「また騙された…」


薄暗い路地裏で、若い女性が泣き崩れていた。手には空っぽの財布。老後の貯金を全て奪われたのだ。

その様子を、建物の影から見ている男がいた。


「まあ、自業自得だな」


詐欺師ヴィンセント・シルバータンは、冷たくつぶやいた。30代半ばの彼は、この業界で15年のキャリアを持つベテランだ。


「貧困に苦しむ老婆」を装い、同情した人から金を騙し取る。今日だけで5人から合計200ゴールドを巻き上げた。


ヴィンセントはアジトに戻った。そこには、詐欺師集団「シルバー・トリック」のメンバーたちが集まっている。


「よお、ヴィンス。今日の稼ぎはどうだった?」


リーダーのマルコが煙草を吹かしながら尋ねた。


「200ゴールド」

「おお、いいねえ。さすが我がグループのエースだ」


周りの仲間たちから拍手が起こる。しかし、ヴィンセントの表情は晴れなかった。


「どうした? 浮かない顔だな」

「いや…なんでもない」


ヴィンセントは自分の部屋に向かった。

壁には、これまで騙してきた「ターゲットリスト」が貼られていた。貧しい老人、病気の子供を持つ母親、失業中の若者…。


「俺は…何をやってるんだ」


最近、こんな自問自答が増えていた。

ヴィンセントが詐欺師になったのは、15年前。貧しい孤児院で育ち、まともな教育も受けられず、生きるために盗みを始めた。そして、盗みより「効率的」な詐欺の世界に足を踏み入れた。

最初は金持ちや悪徳商人だけを狙っていた。「正義の詐欺師」を気取っていた。

しかし、組織に入ってからは違った。


「金持ちは警戒が厳しい。狙うなら騙しやすい弱者だ」


マルコの方針で、ターゲットは貧しい人々に変わった。そして、ヴィンセントの心は少しずつ壊れていった。


「また嘘をついた。また誰かを不幸にした」


今日騙した女性の泣き顔が頭から離れない。彼女は病気の母親の治療費を貯めていたらしい。それを全て奪った。


「俺は…もう人間じゃないのかもしれない」


コンコン


「ヴィンス、マルコが呼んでるぞ」


仲間のダニーが扉をノックした。


「分かった」


ヴィンセントは重い足取りでリーダーの部屋に向かった。


「よく来たな、ヴィンス」


マルコは上機嫌だった。


「次のターゲットが決まった。大物だぞ」


テーブルに資料が広げられた。そこには、ある孤児院の院長の写真があった。


「これは…」

「孤児院『希望の家』の院長、シスター・マリアだ。最近、大口の寄付金を受け取ったらしい。3000ゴールドだ」

「孤児院を狙うのか…?」


ヴィンセントの声が震えた。


「当たり前だろ。3000ゴールドだぞ。我々の今月のノルマは5000ゴールド。これを逃す手はない」

「でも、孤児院の金を奪ったら、子供たちが…」

「知るか」


マルコは冷たく言い放った。


「俺たちは詐欺師だ。同情なんて二流のやることだ」


ヴィンセントは拳を握った。自分も孤児院出身だ。あの頃の自分と同じ境遇の子供たちから金を奪う?


「マルコ、これは…」

「文句を言うな」


マルコの目が鋭くなった。


「お前、最近おかしいぞ。仕事に私情を挟むな。明日、お前が院長に接触しろ。『孤児院支援団体』を名乗ってな」


ヴィンセントは何も言えなかった。

その夜、ヴィンセントは眠れなかった。


「もう限界だ…」


詐欺師を辞めたい。でも、辞めたら組織から追われる。詐欺師の世界に「円満退職」など存在しない。


「俺には他に何もできない。詐欺以外の技術なんて…」


その時、部屋の窓に光る魔法陣が現れた。


「魔法陣?」


光の中から、見慣れたスーツ姿の男性が現れた。


「初めまして、ヴィンセント様。私、異世界退職代行サービスの田中と申します」

「た、退職代行?」


ヴィンセントは驚いた。


「はい。お困りのご様子ですが、もしかして現在のお仕事に悩みをお持ちでしょうか?」


田中健太は優しい笑顔で名刺を差し出した。ヴィンセントは恐る恐るそれを受け取る。


「仕事って…詐欺師が辞められるのか? 普通は…」

「殺されるか、捕まるか、ですよね」


田中はあっさりと言った。


「でも、それは適切な退職手続きを知らないからです」


その優しい口調に、ヴィンセントの心の防壁が崩れた。


「辞めたい…詐欺師、もう辞めたいんだ。でも、組織を裏切ったら殺される。それに、詐欺以外の技術なんて何もない…」

「そんなことはありません」


田中は断言した。


「ヴィンセント様の『人を見抜く力』『相手の心を読む力』『説得力のある話術』…これらは非常に価値の高いスキルです」

「でも、それは人を騙すための…」

「いいえ、人を助けるためにも使えます」


田中は資料を取り出した。


「例えば、『詐欺被害防止コンサルタント』という仕事はいかがでしょう?」

「詐欺被害防止…?」

「はい。元詐欺師だからこそ分かる、詐欺の手口や見抜き方を人々に教える仕事です。最近、詐欺被害が激増していて、専門家が求められているんです」


ヴィンセントの目が輝いた。


「それなら…俺にもできるかもしれない」

「絶対にできます。それに、これまで詐欺で苦しめてきた人々への『償い』にもなります」


ヴィンセントは涙が出そうになった。誰かが自分にも「やり直すチャンス」があると言ってくれたのは、生まれて初めてだった。


「でも、組織を抜けるのは簡単じゃない。マルコは…」

「お任せください。詐欺組織からの円満退職には、適切な方法があります」


田中は説明を始めた。


「まず、警察に『自首』という形を取ります」

「自首!?」

「はい。ただし、『組織の情報提供』と引き換えに『減刑』を交渉します。これまでの詐欺被害者への賠償も計画的に行えば、執行猶予も可能です」


ヴィンセントは驚いた。


「それに、組織に関しては警察が動けば、あなたを追うどころではなくなります」

「でも、自首したら刑務所に…」

「執行猶予付き判決を目指します。そして、その間に『詐欺被害防止コンサルタント』としての実績を作るんです」


田中は続けた。


「『元詐欺師が更生し、今度は人を守る側に回った』というストーリーは、社会的にも評価されます」


ヴィンセントは決意した。


「分かった。やってみる」



一週間後。

【王都警察署にて】


「詐欺組織『シルバー・トリック』の情報を提供したい」


ヴィンセントは田中と共に、警察署を訪れた。


「あなたは…ヴィンセント・シルバータン? 指名手配中の詐欺師じゃないか!」


警部のグレンが驚いた。


「はい。自首しに来ました」


ヴィンセントは全ての情報を提供した。組織の構造、メンバーの名前、アジトの場所、過去の詐欺の手口…。


「すごい情報量だ…これがあれば、組織を壊滅できる」


グレンは興奮した。


「ただし、条件があります」


田中が口を開いた。


「ヴィンセント様には『減刑』と『執行猶予』をお願いします。彼は真摯に反省し、今後は詐欺被害防止のために働きたいと考えています」


グレンは考え込んだ。


「しかし、彼は15年間も詐欺を…」

「だからこそ、詐欺の手口を最もよく知っています。彼の知識は、今後の被害防止に役立ちます」


田中は資料を見せた。


「それに、これまでの被害者への賠償計画も立てています。彼には本気で償う意志があります」


グレンは長い沈黙の後、頷いた。


「…分かった。検察と交渉してみよう」




一ヶ月後。

ヴィンセントは執行猶予付きの判決を受けた。そして、『詐欺被害防止コンサルタント』として活動を始めた。


「皆さん、こんにちは。私は元詐欺師のヴィンセントです」


王都の市民ホールで、ヴィンセントは講演をしていた。聴衆は100人以上。


「私は15年間、人を騙し続けてきました。そして今日は、その経験を活かして、皆さんが詐欺に遭わないための方法をお教えします」


聴衆は真剣に聞いている。


「詐欺師は、まず『同情』を誘います。病気の子供、貧しい老人…。しかし、本当に困っている人は、見知らぬ人に金を要求したりしません」


ヴィンセントは実際の詐欺の手口を、具体的に説明した。


「それから、『急かす』のも詐欺の常套手段です。『今すぐ決めないと損をする』『期限は明日まで』…。本当に良い話なら、急ぐ必要はありません」


講演後、多くの人がヴィンセントに感謝を述べた。


「ありがとうございます! おかげで詐欺を見抜けました!」


老婦人が涙を流して言った。


「実は先週、『孤児院支援団体』を名乗る男に寄付を求められたんです。でも、あなたの話を思い出して、警察に確認したら…詐欺でした」


ヴィンセントは驚いた。


「『孤児院支援団体』…それは…」


それは、マルコが自分に命じた詐欺の手口だった。自分が組織を抜けた後、マルコは別の誰かに実行させたのだ。


「間に合って…良かった」


ヴィンセントは心から安堵した。もし自分が実行していたら、この老婦人も被害に遭っていた。

講演が終わった後、田中が訪れた。


「ヴィンセントさん、素晴らしい講演でしたよ」

「田中さん…」


ヴィンセントは深くお辞儀をした。


「あなたのおかげです。もし出会っていなかったら、俺は今でも詐欺を続けていた」

「いいえ、決断したのはあなた自身です」


田中は微笑んだ。


「それに、今のあなたは立派に社会貢献をしています」


確かに、ヴィンセントの講演は大好評で、毎週のように依頼が来ていた。衛兵からも「詐欺被害防止アドバイザー」として正式に雇われた。


「田中さん、実は相談があるんです」


ヴィンセントは真剣な表情で言った。

「何でしょう?」

「俺と同じような境遇の人…犯罪組織にいて、辞めたいけど辞められない人を助けたいんです」


田中は驚いた。


「それは…」

「俺は15年間、人を騙して苦しめてきた。でも、田中さんが助けてくれた。だから今度は、俺が誰かを助けたい」


ヴィンセントの目は真剣だった。


「『元詐欺師の更生支援プログラム』を作りたいんです。犯罪者にもやり直すチャンスがあるって、証明したい」


田中は感動した。


「素晴らしい考えですね。ぜひ協力させてください」


そして現在。

王都に『セカンドチャンス支援センター』がオープンした。元犯罪者の更生を支援する施設だ。


「いらっしゃい」


ヴィンセントは、若い男性を迎えた。元スリだという。


「本当に…やり直せるんでしょうか?」


若者の目には不安と希望が混じっていた。


「やり直せるよ」


ヴィンセントは優しく微笑んだ。


「俺も15年間詐欺師だった。でも、今は詐欺を防ぐ側にいる。お前にも必ずできる」


若者の表情が明るくなった。

オフィスの壁には、田中からもらった『異世界退職代行サービス』の名刺が飾られていた。


「人生は、いつからでもやり直せる」


ヴィンセントはそう信じて、今日も誰かの「やり直し」を支援し続けている。

窓の外には青空が広がっていた。かつて詐欺で暗闇に落としてきた人々に、今度は光を届けるために。



この物語を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

「辞めたいけど辞められない」

それは、異世界でも現実世界でも共通の悩みです。

伝統、周囲の期待、「こうあるべき」という固定観念……

様々なものに縛られて、自分らしさを見失っていませんか?

この物語で伝えたかったのは、

「どんな立場にいても、自分の人生を選ぶ権利がある」

ということです。

勇者も、魔王も、お姫様も、伝説の職人も。

みんな「辞める勇気」を持ったことで、より自分らしい人生を手に入れました。

もし今、あなたが同じ悩みを抱えているなら、

この物語が少しでも勇気を与えられたら幸いです。

人生は一度きり。

自分で選んだ道を、胸を張って歩んでください。

そして、本当に困ったときは一人で抱え込まず、

誰かに助けを求める勇気を持ってください。

それでは、また別の物語でお会いしましょう。


暁の裏

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