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異世界退職代行サービス~辞めたくても辞められないあなたへ~  作者: 暁の裏


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8/15

妖精仕立屋は辞めたい

「はあ…はあ…もう無理…」


 体長わずか15センチの妖精、ティンカは針を落とし、布の上に倒れ込んだ。時刻は深夜3時。周りでは仲間の妖精たち20人が、必死にドレスを縫い続けている。


「ティンカ!サボるな!明日の朝までにあと50着仕上げないと!」


 妖精長のオベロンが小さな声で叫んだ。


「で、でも…もう3日間寝てないんですよ…」

「文句を言うな!これが妖精の仕事だ!何百年も続いてきた伝統なんだぞ!」


 ティンカは立ち上がった。体がふらふらする。もう限界だった。

 妖精仕立屋。それは人間が寝ている間に服を作る、という古くからの仕事だった。

 しかし、現実は童話のような美しいものではなかった。


 妖精仕立屋の労働実態:


 労働時間:夜9時〜朝6時(休憩なし)

 週7日勤務(休日なし)

 給料:人間が置いていくミルクとクッキーのみ

 ノルマ:一晩で50着以上

 残業代:なし

 有給休暇:概念すら存在しない


「オベロン先輩、これって完全にブラック企業ですよね…」


 若い妖精のピクシーがつぶやいた。


「何を言ってるんだ!伝統ある妖精の仕事を『ブラック』だなんて!」

「でも、最近の人間、ミルクとクッキーもケチってますよ。昨日なんて水とビスケット一枚でしたよ」

「それに」


 別の妖精フェアリーが続けた。


「最近の注文、おかしくないですか?『明日のパーティー用にドレス100着』とか、『結婚式用のタキシード50着』とか。明らかに悪用されてますよ」

「そ、それは…」


 オベロンも内心分かっていた。最近の人間たちは、妖精を「無料の製造機」として利用しているだけだと。


「それに!」


 ティンカが立ち上がった。


「この前なんて、『妖精が作った服』ってブランドで、一着10万ゴールドで売られてたんですよ!私たちの報酬はミルク一杯なのに!」


 妖精たちからどよめきが起こった。


「さらに言えば!」


 ピクシーも続けた。


「『一晩で50着仕上げないと呪われる』って脅されたこともあります!完全にパワハラです!」

「も、もう我慢の限界です!」


 ティンカは針を床に投げた。


「私、妖精仕立屋、辞めます!」

「なんだと!?」


 オベロンは顔を真っ赤にした。


「妖精が仕立屋を辞めるなど、前代未聞だぞ!伝統に背く行為だ!」

「伝統より健康が大事です!このままじゃ過労死しますよ!体長15センチしかないのに、人間サイズの服を縫うんですよ!?どう考えても無理があります!」

「そうだそうだ!」


 他の妖精たちも賛同し始めた。

 その時、部屋の窓に光る魔法陣が現れた。


「魔法陣?こんな時間に?」


 光の中から、三人の人物が現れた…が、妖精たちからすると巨大な存在だった。


「うわあ!人間だ!」


 妖精たちは慌てて隠れようとした。


「お待ちください!」


 田中は優しい声で言った。


「私たち、異世界退職代行サービスの者です。小さな声で『辞めたい』という願いが聞こえてきました」

「た、退職代行?」


 ティンカは恐る恐る出てきた。


「はい。私は田中です。こちらはセレスさん」


 セレスがしゃがんで目線を合わせた。

「あなたたち、過労で困っているんでしょう?」

「は、はい…でも、私たち小さいし、人間の社会には馴染めないし…」

「大丈夫必ず助けますよ」


 翌日、田中たちは妖精たちと面談した。


「まず、現在の労働状況を教えてください」


 田中がノートを開いた。


「えっと…」


 ティンカは指を折って数えた。


「労働時間は一日9時間、週7日なので…週63時間です」

「それは完全にアウトですね。労働基準法では週40時間が上限です」

「えぇ!?法律があるんですか!?」


 妖精たちは驚いた。


「もちろんです。それに、給料がミルクとクッキーだけというのも違法です」


 セレスが説明した。


「最低賃金法というものがあって、きちんと金銭で支払わないといけないのよ」

「お金…もらえるんですか…」


 ピクシーの目がキラキラした。


「それに」


 カイルが資料を見せた。


「『妖精が作った服』として売られているドレス、一着10万ゴールドですね。月に1500着作っているから、売上は15億ゴールド」

「じゅ、15億!?」

「あなたたち20人で作っているから、一人当たり月7500万ゴールドの価値を生み出しています。それなのに報酬はミルクだけ。これは完全な搾取です」


 妖精たちは怒りで震えた。


「そして何より」


 田中は真剣な表情で言った。


「『伝統だから我慢しろ』というのは、労働問題の常套句です。伝統だろうと、違法は違法です」

「で、でも…」


 オベロンが口を開いた。


「妖精仕立屋を辞めたら、私たちは何をすればいいんです?これしかできないんですよ」

「いいえ」


 セレスが微笑んだ。


「あなたたちは『裁縫の天才』じゃない。考えてみて、体長15センチで人間サイズの服を作れるなんて、どれだけすごい技術か」

「そ、そう言われると…」

「それに」


 セレスが続けた。


「あなたたちが本当に作りたいものは何ですか?」


 ティンカは少し考えて答えた。


「本当は…妖精サイズの可愛い服を作りたいです。人間の服は大きすぎて、デザインも地味だし、楽しくないんです」

「私も!」「私も!」


 他の妖精たちも声を上げた。


「妖精の服を作りたい!」

「もっとキラキラした服!」

「フリフリのドレス!」


 田中は微笑んだ。


「では、『妖精専門アトリエ』を開業しましょう」

「え?」

「妖精の、妖精による、妖精のための服屋です。最近、妖精の間でもファッションに目覚める子が増えているそうですよ」


 妖精たちの目が輝いた。


 一週間後。

【妖精仕立屋利用者協会にて】


「妖精たちが仕事を辞める?ふざけるな!」


 協会長のグレゴリーは激怒した。肥満体の商人で、妖精の服を高値で転売して大儲けしていた。


「無料で服を作ってくれる妖精がいなくなったら、我々の商売が成り立たない!」

「でも、それは不当な搾取です」


 田中は冷静に資料を見せた。


「妖精たちは労働基準法違反の環境で働かされ、報酬もほとんど払われていません」

「ミルクとクッキーを払ってるだろ!それが伝統だ!」

「伝統だろうと、法律違反は法律違反です」


 田中の声が厳しくなった。


「それに、あなた方は妖精の作った服を一着10万ゴールドで売っている。その利益は月15億ゴールド。妖精たちへの還元は?」

「そ、それは…」

「ゼロですよね」


 セレスが言った。


「私、元王女として言わせてもらうけど、これは完全な奴隷制度よ」

「奴隷だと!?失礼な!」

「では、何と呼べばいいの?無給で、休みなく、夜通し働かせて、脅迫までしているのに」


 グレゴリーは言葉に詰まった。


「それに」


 セレスが別の資料を見せた。


「妖精労働保護法というものがあります。妖精に対する不当な労働を強要した場合、罰金刑または禁固刑です」

「な、何だって!?」

「あなた方の行為は、すべてこの法律に違反しています。告発すれば、確実に有罪です」


 グレゴリーは汗を拭いた。


「ま、待ってくれ!話し合おう!」

「話し合いは終わりです」


 田中は立ち上がった。


「妖精たちは明日から出勤しません。今後、彼らに接触することも禁止します」

「そんな…服の注文が…」

「自分たちで作ればいいでしょう」


 セレスは冷たく言い放った。


「人に頼らず、自分で働く。当たり前のことよ」




 一ヶ月後。

 森の奥深く、巨大な樹の中に『ティンカの妖精専門アトリエ』がオープンした。


「いらっしゃいませ〜!」


 ティンカは元気よく客の妖精を迎えた。店内には、妖精サイズの可愛らしい服が並んでいる。

 キラキラのドレス、フリフリのスカート、花びらのケープ、葉っぱの帽子…。


「わあ!可愛い!これ、全部あなた達が作ったの?」


 客の妖精が目を輝かせた。


「はい!全部手作りです!人間の服と違って、妖精サイズだから楽しく作れるんですよ!」

「これください!あ、これも!」


 妖精の客は次々と服を買っていった。

 値段は1着10シルバー。人間の服に比べれば安いが、材料費が安いため利益率は高い。


「ティンカ、今月の売上すごいよ!」


 ピクシーが帳簿を見せた。


「月収100ゴールド超えた!」

「本当!?」


 以前はミルクとクッキーだけだったのに、今は立派な収入がある。しかも労働時間は1日6時間、週5日だけ。


「それに、楽しいですよね!」


 フェアリーが笑顔で言った。


「自分たちの好きなデザインを作れて、お客さんも喜んでくれて」

「うん!これが本当の仕事だよね!」


 その時、店に田中たちが訪れた。


「ティンカさん、調子はどうですか?」

「田中さん!最高です!」


 ティンカは嬉しそうに飛び跳ねた。


「毎日楽しくて、お客さんに喜んでもらえて、しかもちゃんとお給料ももらえて!」

「それは良かった」


 セレスも微笑んだ。


「あのブラック企業、今どうなってるか知ってますか?」

「え?」


 田中がニヤリと笑った。


「自分たちで服を作ろうとしたけど、全然できなくて、結局廃業しましたよ」

「ざまあみろです!」


 妖精たちは笑った。


「それに」


 田中が続ける。


「あなたたちのアトリエの評判を聞いて、他の妖精仕立屋グループも次々と独立を始めたそうです」

「本当ですか!?」

「ええ。『妖精にも働く権利がある』という運動が広がっているんです」


 ティンカは涙を浮かべた。


「私たちが…きっかけに…」

「そうよ」


 セレスが優しく言った。


「小さくても、声を上げれば世界は変わる。あなたたちが証明したのよ」


 その夜、アトリエでは小さなパーティーが開かれた。

 妖精たちは自分たちで作った可愛い服を着て、歌って踊った。


「みんな、乾杯!」


 ティンカがミルクのグラスを掲げた。


「自由に!」

「自由に!」


 妖精たちのグラスがカチンと鳴った。

 もう夜通し働く必要はない。

 もう脅される必要はない。

 もう搾取される必要はない。

 彼女たちは自由だった。

 そして、体長15センチの小さな反逆者たちは、大きな世界を変え始めていた。

「善意」や「伝統」や「やりがい」という言葉で、正当な報酬や休息を奪われている人は、現実にも少なくありません。

体長15センチの妖精たちは、「小さな存在」「弱い立場」の象徴です。新人社員、派遣労働者、フリーランス…立場の弱い人ほど、声を上げづらい。

でも、ティンカたちが証明したように、どんなに小さな存在でも、「これはおかしい」と声を上げる権利があります。

コメディタッチで描きましたが、笑いながらも「あれ?これって現実にもあるよね…」と気づいてもらえたら嬉しいです。

体長15センチの小さな反逆者たちが、大きな世界を変え始めた。

あなたにも、きっとできます。


暁の裏

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