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異世界退職代行サービス~辞めたくても辞められないあなたへ~  作者: 暁の裏


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7/15

伝説の鍛冶師は辞めたい

「また…壊れて戻ってきた…」


 鍛冶工房の奥で、ドワーフの鍛冶師グランド・アイアンハートは、目の前に置かれた剣の残骸を見つめていた。

 60年かけて完成させた最高傑作「炎竜の牙」。それが、わずか2週間で真っ二つに折れて戻ってきた。


「グランドの親方、この剣が壊れたんで、新しいの作ってくださいよ」


 剣を持ち込んだ冒険者は、まるでファーストフード店で注文するかのような軽い口調で言った。


「…どうやって使ったんだ?」


 グランドは震える声で尋ねた。


「ああ、ダンジョンで宝箱をこじ開けるのに使ったら折れちゃいまして」

「宝箱を…こじ開ける?」


 グランドの顔が真っ赤になった。


「この剣は、伝説の炎竜の鱗を溶かして鍛えた、世界に一本しかない剣なんだぞ!それを宝箱のこじ開けに…!」

「いやいや、道具なんだから使わないと意味ないでしょ?それに、『伝説の鍛冶師』なんだから、すぐ新しいの作れますよね?」


 冒険者の言葉に、グランドは言葉を失った。


「それと、次のやつはもうちょっとデザイン派手にしてください。地味だと自慢できないんで」


 冒険者が帰った後、グランドは工房の椅子に座り込んだ。


「60年…60年かけて、完璧な一振りを作ったのに…」


 壁には、過去に作った武器たちの「遺影」が飾られていた。


『氷結の槍』…壁に飾る装飾品にされた挙句、落下して破損。


『雷神の鎧』…一度も戦闘で使われず、倉庫で眠っていた。


『風切りの短剣』…バーベキューの串として使われて刃が曲がった。


『大地の盾』…子供の遊び道具にされて傷だらけ。


「俺が命を削って作った作品が…こんな扱いを…」


 グランドは150歳のドワーフだった。鍛冶師になって130年。「伝説の鍛冶師」と呼ばれるようになって50年。

 しかし、伝説になればなるほど、苦しみは増していった。


「グランドの作った武器なら絶対に壊れないだろ?」

「伝説の鍛冶師なんだから、すぐ修理できるよね?」

「有名な職人の作品だから、高く売れるぞ」


 彼の作品は「道具」ではなく「ブランド品」として扱われ、本来の価値を理解されることは少なかった。


 コンコン


「親方、また注文が来ました」


 弟子のトーリンが工房に入ってきた。


「王国騎士団から100本、貴族連合から50本、冒険者ギルドから200本…」

「無理だ」


 グランドは首を横に振った。


「一本一本、丁寧に作れば、年間5本が限界だ。それなのに350本だと?」

「でも、『伝説の鍛冶師』なんだから、早く作れて当然だって…」

「伝説だから何でもできると思うな!」


 グランドは立ち上がった。


「俺だって、一本一本、魂を込めて作ってるんだ。それを理解せずに、ただ数だけ求めやがって…」


 その時、工房の窓に光る魔法陣が現れた。


「魔法陣?」


 光の中から、三人の人物が現れた。


「初めまして、グランド様。私、異世界退職代行サービスの田中と申します」

「私はセレス、退職代行スタッフです」

「退職代行?」


 グランドは困惑した。


「はい。お疲れのご様子ですが、現在のお仕事でお悩みでしょうか?」


 田中の優しい声に、グランドの心の防壁が崩れた。


「辞めたい…鍛冶師、辞めたいんだ…」


 そして、すべてを話した。作品が雑に扱われる苦しみ、理不尽な大量注文、「伝説」という看板の重圧、そして何より、「自分が本当に作りたいもの」を作れない現実。

 本当に作りたかったもの


「グランド様、一つお聞きしたいのですが」


 田中は尋ねた。


「あなたが本当に作りたいものは何ですか?」

「え?」

「武器や防具以外で、作りたいものはありますか?」


 グランドは一瞬考え込んだ後、工房の隅に歩いていった。そこには布で覆われた何かがあった。

 布を外すと、そこには美しい鉄製の調理器具セットがあった。

 フライパン、鍋、包丁、おたま、すべてが芸術品のような美しさで、機能性も考え抜かれたデザインだった。


「これは…」


 セレスが驚きの声を上げた。


「美しい…こんなに繊細な細工は見たことがないわ」

「これが…俺が本当に作りたかったものだ」


 グランドは優しい目で調理器具を見つめた。


「武器は人を傷つける。でも、調理器具は人を幸せにする。美味しい料理を作り、家族を笑顔にする。そんな道具を作りたかったんだ」

「素晴らしい考えですね」


 田中は微笑んだ。


「でも、『伝説の鍛冶師』が調理器具なんか作ったら、笑われる。『何を勘違いしてるんだ』って言われるに決まってる」


 グランドは悔しそうに拳を握った。


「だから、誰にも見せずに、一人で趣味として作ってきた」


 セレスが口を開いた。


「グランドさん、私にも似たような経験があります」

「え?」

「私も『お姫様らしく』を演じ続けて疲れました。でも、今は自分らしく生きています」

「つまり…」


 田中が説明した。


「『伝説の鍛冶師』というのは、周りが勝手に作ったイメージです。本当のあなたは、調理器具職人になりたかったんですね」


 グランドは静かに頷いた。


「では、鍛冶師を辞めて、新しい道を歩みましょう」


 一週間後。


「グランドが鍛冶師を辞める?冗談ではない!」


 武器管理局長のバルドリックは激怒した。


「彼は王国の宝だぞ!彼の武器があるから、我が国は軍事強国なんだ!」

「でも、それはグランド様の意志ではありません」


 田中は冷静に資料を差し出した。


「これをご覧ください。グランド様が過去30年間に作った武器300本の『その後』を調査した結果です」


 バルドリックは資料を読んだ。そこには衝撃的な内容が書かれていた。


 実戦で使用された:15%

 装飾品として飾られた:30%

 転売された:25%

 倉庫で放置:20%

 破損・紛失:10%


「なんと…」

「グランド様は一本一本、命を削るように作っています。それなのに、85%は本来の目的で使われていません」


 田中は続けた。


「それに、こちらをご覧ください」


 別の資料には、破損した武器の使用状況が記されていた。


「宝箱のこじ開け、バーベキューの串、壁の装飾、子供のおもちゃ…これが、『伝説の武器』の扱いですか?」


 バルドリックは何も言えなかった。


「グランド様は130年間、誠実に働いてきました。しかし、その作品は正当に評価されず、雑に扱われてきた。これは職人への冒涜です」

「しかし、彼がいなくなったら、王国の武器生産が…」

「それは王国の問題です」


 田中の声が厳しくなった。


「グランド様を『武器製造機』として扱い、彼の意見を無視してきたツケです」

「だが、契約が…」

「契約書を見せてください」


 田中は契約書を詳しく調べた。


「この契約には『武器のみ製造する』とは書かれていません。つまり、グランド様は何を作るかを選ぶ権利があります」

「それは詭弁だ!」

「法律は法律です。それに、『伝説の鍛冶師』という肩書きも、グランド様が望んだものではありません。勝手に付けられた看板です」


 田中は最後通告をした。


「グランド様の退職を認めてください。さもなければ、『王国が職人を搾取している』事実を公表します」


 バルドリックは長い沈黙の後、深くため息をついた。


「…分かった。グランドの退職を認めよう」


 三ヶ月後。

 王都の下町に、小さな店がオープンした。


『グランドの幸せ調理器具店』


 店内には、美しい鉄製の調理器具が並んでいた。フライパン、鍋、包丁、おたま…どれも実用性と美しさを兼ね備えている。


「いらっしゃいませ」


 グランドは笑顔で客を迎えた。以前の疲れた表情は消え、生き生きとしていた。


「あの、このフライパン、本当にあの『伝説の鍛冶師』グランド様が作ったんですか?」


 若い主婦が驚いて尋ねた。


「ああ。でも、『伝説』はもう辞めたんだ。今は普通の調理器具職人さ」

「でも、こんなに安くていいんですか?伝説の…」

「いいんだよ」


 グランドは優しく微笑んだ。


「武器は一本何百万ゴールドもしたが、それは殺すための道具だったからだ。でも、これは幸せを作る道具だ。だから、みんなに使ってほしい」


 主婦はフライパンを購入し、嬉しそうに帰っていった。

 一週間後、その主婦が再び店を訪れた。


「グランドさん!あのフライパン、本当に素晴らしいです!料理がこんなに楽しくなるなんて!」

「そうか、それは良かった」

「主人も子供たちも、『最近のママの料理、すごく美味しい』って喜んでくれて…」


 主婦の目には涙が浮かんでいた。


「ありがとうございます。このフライパンのおかげで、家族がもっと笑顔になりました」


 その言葉を聞いて、グランドの目にも涙が浮かんだ。

 130年間で、初めて自分の作品に「ありがとう」と言われた。

 武器を作っていた時は、「強い」「すごい」とは言われたが、心からの感謝を言われたことは一度もなかった。


「こちらこそ、ありがとう」


 グランドは深くお辞儀をした。

 客が帰った後、田中たちが店を訪れた。


「グランドさん、調子はどうですか?」

「最高だよ、田中さん」


 グランドは輝く笑顔で答えた。


「毎日が楽しくて仕方がない。客が喜んでくれて、『ありがとう』って言ってくれる。武器を作ってた130年より、この3ヶ月の方がずっと幸せだ」


 店には、主婦たちの口コミで客が増えていた。


「グランドの調理器具を使うと、料理が美味しくなる」

「丈夫で使いやすい」

「値段も良心的」


 そして何より、


「作った人の優しさが伝わってくる」


 その評判は広がり、今では予約が殺到していた。


「ねえ、田中さん」


 グランドは窓の外を見た。


「『伝説』って、必ずしも良いものじゃないんだな」

「そうですね」


 田中も窓の外を見た。


「大切なのは、肩書きじゃなくて、自分が何をしたいか、誰を幸せにしたいか、ですから」


 グランドは頷いた。

 工房の壁には、もう武器の「遺影」はない。

 代わりに、客からの感謝の手紙が飾られていた。


『グランドさんのフライパンで作った料理を食べて、主人がプロポーズしてくれました』

『息子が初めて料理を手伝ってくれるようになりました』

『おばあちゃんの形見のレシピを、このお鍋で再現できました』


 これこそが、グランドが本当に求めていた「伝説」だった。

 人を傷つける伝説ではなく、人を幸せにする伝説。


「さあ、今日も作るか」


 グランドは作業台に向かった。

 ハンマーを握る手に、もう迷いはなかった。

この話では、職人の作品が正当に評価されない苦しみ、「伝説」という看板の重圧、そして本当に作りたいものを作る喜びを描きました。武器という「破壊の道具」から調理器具という「創造の道具」への転換は、人生の価値観の転換でもあります。


暁の裏

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