表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界退職代行サービス~辞めたくても辞められないあなたへ~  作者: 暁の裏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/15

預言者は辞めたい

「また…見えてしまった…」


 神殿の最奥部、薄暗い予言の間で、予言者カサンドラ・オラクルは震える手で水晶球から目を離した。32歳の彼女の顔は青白く、額には脂汗が浮かんでいる。


 水晶球に映っていたのは、三日後に起こる大商人の死。馬車事故で、即死。家族五人が路頭に迷う未来。


「言わなきゃ…でも…」


 カサンドラは深く息を吸った。


 予言者になって12年。彼女は数え切れないほどの「未来」を見てきた。そして、その全てを人々に伝えてきた。


 しかし最近、心が壊れそうだった。


 コンコン


「カサンドラ様、本日の予言依頼者がお見えです」


 神官のエリックが扉の向こうから声をかけた。


「分かったわ…すぐ行く」


 カサンドラは立ち上がり、鏡で自分の顔を確認した。やつれた顔。目の下のクマ。最後に笑ったのはいつだっただろう。


 予言の間に入ってきたのは、若い夫婦だった。


「カサンドラ様、どうか私たちの未来を見てください」


 妻が希望に満ちた目で言った。


「お腹の子供が、無事に生まれるかどうか…」


 カサンドラは水晶球に手をかざした。そして、見えた。


 子供は無事に生まれる。しかし、五歳の誕生日に病気で死ぬ。


「…赤ちゃんは無事に生まれます」


 カサンドラは微笑んだ。しかし、その先は言わなかった。言えなかった。


「本当ですか!ありがとうございます!」


 夫婦は喜んで帰っていった。


 扉が閉まった瞬間、カサンドラは床に崩れ落ちた。


「また…嘘をついた…」


 予言者の苦悩。それは、見えた未来を「すべて」伝えるべきかどうか、という永遠の問題だった。


 悲劇的な未来を伝えれば、人々は絶望する。


 しかし、伝えなければ、予言者としての責任を果たしていないことになる。


「どうすればいいの…」


 カサンドラは頭を抱えた。




 その日の夜、カサンドラは神殿長ザカリアスに呼び出された。


「カサンドラ、最近の君の予言は不完全だ」


 白髭を蓄えた老人は、厳しい表情で言った。


「大商人ガルドの死を予言しなかったそうだな」


「それは…」


「予言者の使命は、見えた未来をすべて伝えることだ。良いことも悪いことも」


「でも、神殿長!死の予言を伝えたら、その人は絶望してしまいます!」


 カサンドラは立ち上がった。


「それに、未来は変えられるかもしれないじゃないですか!」


「未来は変えられない」


 ザカリアスは断言した。


「それが予言というものだ。運命は決まっている。我々はそれを伝える器に過ぎない」


「でも!」


「カサンドラ」


 ザカリアスの声が低くなった。


「君は予言者だ。人間ではない。感情を持つことは許されない。見えたものをそのまま伝える、それが使命だ」


 カサンドラは拳を握りしめた。


「私は…人間です」


「違う。君は神の声を伝える者だ」


 ザカリアスは冷たく言い放った。


「明日から、すべての予言を完全に伝えなさい。でなければ、予言者の座を剥奪する」


 カサンドラは何も言えなかった。




 翌日の朝、カサンドラは予言の間で呆然としていた。


 今日の予言リストには、10人の依頼者がいる。そして、水晶球はすでに彼らの未来を映し出していた。


 商人の破産。

 騎士の戦死。

 少女の病死。

 老人の孤独死。

 農夫の家族崩壊。


「全部…悲劇じゃない…」


 カサンドラは涙を流した。


「これを全部伝えろって言うの?人々に絶望を与えろって?」


 予言者になった理由を思い出した。


 12年前、彼女は突然「視える」力に目覚めた。最初は怖かった。しかし、神殿が彼女を「神に選ばれた者」と称え、予言者として迎え入れた。


「あなたの力で、多くの人を救えます」


 そう言われて、誇りを感じた。


 しかし、現実は違った。


 予言者は救い主ではなく、「不幸の伝達者」だった。


 良い未来を予言すれば感謝されるが、悪い未来を予言すれば憎まれる。


「予言者なんか来なければよかった」


「あんたのせいで希望を失った」


「呪われろ」


 何度そう言われただろう。


「もう…限界…」


 カサンドラは水晶球に手を伸ばした。そして、自分の未来を見ようとした。


 予言者は自分の未来を見ることを禁じられている。しかし、もう構わなかった。


 水晶球が光った。そして、映し出されたのは――


 三ヶ月後、神殿の塔から身を投げる自分の姿。


「あ…」


 カサンドラは水晶球から手を離した。


「私…死ぬの?」


 震えが止まらない。予言は絶対だ。未来は変えられない。つまり、三ヶ月後に自分は死ぬ。


「嫌だ…死にたくない…でも、予言は…」


 その時、部屋の窓に光る魔法陣が現れた。


「魔法陣?」


 光の中から、三人の人物が現れた。スーツを着た男性、美しい女性、そしてもう一人。


「初めまして、カサンドラ様。私、異世界退職代行サービスの田中と申します」


「私はセレス、元お姫様よ」


「た、退職代行?」


 カサンドラは混乱した。


「はい。お困りのご様子ですが、もしかして現在のお仕事に悩みをお持ちでしょうか?」


 田中健太は優しい笑顔で名刺を差し出した。カサンドラは震える手でそれを受け取る。


「予言者って…辞められるの?」


「もちろんです」


 セレスが言った。


「どんな職業でも、辞める権利はあるわ」


「でも…私、三ヶ月後に死ぬって予言が…」


 田中の表情が真剣になった。


「カサンドラ様、予言で自分の死を見たのですか?」


「はい…神殿の塔から…」


「それは」


 田中は断言した。


「予言ではありません。『このままでは起こる未来』です」


「え?」


「未来は変えられます」


 田中の言葉に、カサンドラは目を見開いた。


「でも、神殿長は『未来は変えられない』って…」


「それは間違いです」


 セレスが言った。


「予言は『可能性の高い未来』を見せるだけ。行動を変えれば、未来も変わる」


 カサンドラの目に涙が浮かんだ。


「本当に…?」


「本当です」


 田中は優しく微笑んだ。


「そして、カサンドラ様の死の予言は、『このまま予言者を続けた場合』の未来です。つまり、予言者を辞めれば、その未来は変わります」


 希望の光が見えた気がした。


「でも、辞めたら…私は何になるの?予言しかできないのに…」


「いいえ」


 田中は資料を取り出した。


「カサンドラ様には、素晴らしい才能があります」


「才能?」


「『人の心を読む力』『未来を予測する洞察力』『直感力』…これらは、予言だけに使うものではありません」


 セレスが続けた。


「例えば、『カウンセラー』という仕事はどう?」


「カウンセラー?」


「人々の悩みを聞いて、適切なアドバイスをする仕事よ。あなたの洞察力があれば、最適な助言ができるわ」


 カサンドラの目が輝いた。


「それなら…人を絶望させることなく、助けられる?」


「ええ。予言で未来を告げるのではなく、現在の悩みに寄り添う。それが本当の意味で人を救うことよ」


 カサンドラは涙を流した。


「私…それがしたかったの。人を救いたかった。でも、予言者は人を絶望させることばかりで…」


 田中は優しく言った。


「では、予言者を辞めましょう。そして、新しい人生を始めましょう」


「でも、神殿長が許してくれるでしょうか…」


「お任せください。それが私たちの仕事ですから」



 一週間後。



【神殿長室にて】


「予言者が辞める?馬鹿な!」


 ザカリアスは激怒した。


「カサンドラは神に選ばれた者だぞ!勝手に辞められるものか!」


「神殿長」


 田中は冷静に資料を差し出した。


「カサンドラ様は、現在重度の精神疾患に陥っています。このまま続ければ、三ヶ月以内に自殺する可能性が極めて高い」


 ザカリアスの顔が青ざめた。


「それは…」


「原因は、過度な心理的負担です。12年間、休みなく他人の不幸を見続け、それを伝え続けた結果です」


 田中は続けた。


「『予言者労働保護法』第8条では、『予言者に過度な精神的負担を強いることを禁じる』とあります。神殿はこの法律に違反しています」


「そんな法律は…」


「存在します」


 セレスが別の資料を見せた。


「それに、『予言者は人間ではない』という神殿の方針は、明確な人権侵害よ」


 ザカリアスは何も言えなかった。


「さらに」


 田中が続けた。


「カサンドラ様は、自分の死を予言しました。神殿の教義では『予言は絶対』ですよね?」


「そ、それは…」


「つまり、このままでは彼女は死にます。神殿は、予言者を死なせるつもりですか?」


 ザカリアスは沈黙した。


「カサンドラ様には、生きる権利があります。そして、自分の人生を選ぶ権利があります」


 田中は立ち上がった。


「退職を認めてください。さもなければ、神殿の違法行為を公表します」


 ザカリアスは長い沈黙の後、深くため息をついた。


「…分かった。カサンドラの退職を認めよう」



 一ヶ月後。



 王都の下町に、小さなカウンセリングルーム『カサンドラの心の相談室』がオープンした。


「いらっしゃい。どうぞ、楽にして」


 カサンドラは優しい笑顔で、若い女性を迎えた。


「あの…夫との関係で悩んでいて…」


 女性は泣きながら話し始めた。


 カサンドラは黙って聞いた。そして、水晶球ではなく、自分の心で相手を理解しようとした。


「つらかったわね」


 カサンドラは優しく言った。


「でも、あなたは間違っていない。自分の気持ちを大切にしていいのよ」


 女性の表情が少し明るくなった。


「本当ですか…?」


「ええ。それに、未来は変えられるわ。今からでも、あなたの人生は変えられる」


 女性は涙を流した。しかし、それは絶望の涙ではなく、希望の涙だった。


「ありがとうございます…カサンドラさんに相談して、よかった」


 女性が帰った後、カサンドラは窓の外を見た。


 予言者時代は、人々に絶望を与えていた。


 しかし今は、人々に希望を与えられる。


「これが…私がやりたかったことだ」


 壁には、田中からもらった『異世界退職代行サービス』の名刺が飾られていた。


 その時、扉がノックされた。


「失礼します」


 入ってきたのは、見覚えのある顔。神殿の神官エリックだった。


「エリック?どうしたの?」


「実は…相談があって」


 エリックは恥ずかしそうに言った。


「僕も…神官を辞めたいんです」


 カサンドラは微笑んだ。


「そう。じゃあ、いい退職代行サービスを知ってるわ」


 彼女は田中の名刺を手渡した。



【数ヶ月後】


 カサンドラの相談室は大盛況だった。


「元予言者のカウンセラー」という話題性もあったが、何より彼女の「心に寄り添う姿勢」が評判を呼んでいた。


 ある日、田中とセレスが訪れた。


「カサンドラさん、調子はどうですか?」


「最高よ!」


 カサンドラは輝く笑顔で答えた。


「毎日、人の役に立てて、感謝されて…予言者時代とは比べ物にならないわ」


「それは良かった」


 田中も微笑んだ。


「ところで」


 セレスが尋ねた。


「自分の未来、見てみた?」


 カサンドラは少し考えて、首を横に振った。


「見てないわ。もう水晶球は使わないって決めたから」


「でも」


 彼女は窓の外を見た。


「予言しなくても分かる。私の未来は、きっと明るい。だって、今が幸せだから」


 田中とセレスは顔を見合わせて笑った。


「それが一番正しい『予言』かもしれませんね」



 その夜、カサンドラは久しぶりに水晶球を見た。


 しかし、未来を見るためではなく、過去を振り返るために。


 水晶球には、三ヶ月前の自分が映っていた。神殿の塔から身を投げようとしていた自分。


 しかし、今の自分は生きている。笑っている。幸せだ。


「未来は変えられるのね」


 カサンドラは水晶球を布で覆った。


 もう予言は必要ない。


 必要なのは、今を生きること。そして、人々の「今」に寄り添うこと。


 窓の外には満月が輝いていた。


 予言者だった頃は、月を見ても「次の満月に何が起こるか」しか考えられなかった。


 しかし今は、ただ月の美しさを楽しめる。


「ありがとう、田中さん、セレスさん」


 カサンドラは小さくつぶやいた。


「私の未来を…取り戻してくれて」


 そして彼女は、明日の予約者リストを確認した。


 明日も、誰かの「今」に寄り添う日だ。


 未来を予言するのではなく、現在を一緒に生きる。


 それが、元予言者カサンドラが見つけた、新しい使命だった。

今回は予言者のお話でした。


「未来が見える」というのは、一見すると素晴らしい能力に思えますが、実際には大きな重荷になることもあります。特に、見えた未来が悲劇的なものだったとき、それを伝えるべきか、黙っているべきか…その葛藤は計り知れません。


現実世界でも、「専門家」として働く人々の中には、カサンドラのような悩みを抱える方がいるかもしれません。医師が患者に悪い診断を告げるとき、カウンセラーがクライアントの困難な未来を予測するとき、コンサルタントが企業に厳しい現実を伝えるとき…。


でも、大切なのは「伝え方」と「寄り添い方」なのかもしれません。


カサンドラは予言者を辞めましたが、人を助けたいという想いは変わりませんでした。ただ、方法を変えただけです。


未来を告げるのではなく、今に寄り添う。

それもまた、人を救う立派な方法です。


そして何より、「未来は変えられる」というメッセージ。

予言が絶対なら、カサンドラは死んでいたはずです。でも、彼女は行動を変えることで、自分の未来を変えました。


どんな予言も、どんな運命も、行動次第で変えられる。

それが今回の物語のテーマです。


もしあなたが「こうなるしかない」と思っている未来があるなら、それは本当に変えられないものでしょうか?


行動を変えれば、未来も変わります。


あなたの人生の予言者は、あなた自身なのですから。


暁の裏

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ