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異世界退職代行サービス~辞めたくても辞められないあなたへ~  作者: 暁の裏


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13/15

魔王秘書は辞めたい

 

「魔王様、本日のご予定です。午前10時、四天王会議。午後2時、人間界侵略作戦会議。午後5時、闇の商人との商談。午後7時…」


「ストップ!」


 新魔王ザルガンは頭を抱えた。


「リディア、昨日も同じスケジュールだったぞ!」


「はい、毎日同じです」


 魔王秘書リディア・ナイトシェードは、無表情で答えた。黒髪を厳格なお団子にまとめた28歳の彼女は、魔王城で15年間秘書として働いている。


「それはおかしいだろ!魔王にも休みが…」


「魔王に休みなどありません。先代ヴァレリウス様も毎日働いておられました」


「あの人、最終的に辞めたじゃないか!」



 ザルガンは叫んだ。


「それは…先代様が軟弱だったからです」


 リディアは冷たく言い放った。


「魔王たるもの、休むなど言語道断。食事は執務室で済ませ、睡眠は4時間。これが伝統です」


「伝統って…俺、魔王になって1ヶ月でもう10キロ痩せたんだけど!?」


 確かに、ザルガンはやつれていた。元々は屈強な戦士だったが、今では目の下にクマができ、頬はこけている。


「それは魔王様の自己管理の問題です」


「自己管理の問題じゃない!スケジュールが過酷すぎるんだ!」


 ザルガンは立ち上がった。


「第一、『人間界侵略作戦会議』って何だ?もう人間と戦争する時代じゃないだろ!」


「伝統です」


「伝統、伝統って!リディア、お前は魔王城のすべての伝統を守りすぎなんだよ!」



 リディアは眉一つ動かさなかった。


「私は完璧な秘書です。魔王様のスケジュール管理、書類整理、来客対応、すべて完璧にこなします」


「完璧すぎて、魔王が壊れるんだよ!」


 ザルガンは頭を抱えた。


 その時、扉がバタンと開いた。


「魔王様!大変です!」


 四天王の一人、魔剣士グリムが飛び込んできた。


「どうした?」


「城の食堂が閉鎖されました!」


「なんだと!?」


「リディア様が『経費削減』のため、食堂を廃止すると…」


 ザルガンはリディアを見た。


「リディア、これはどういうことだ?」


「魔王城の経費が膨らんでいます。食堂の維持費は年間3000ゴールド。これを削減すれば…」


「待て待て!食堂を閉鎖したら、城で働く300人の魔族はどうやって食事するんだ?」


「各自で用意すればよいかと」


「無茶苦茶だ!」


 グリムが叫んだ。


「それに、リディア様は昨日、訓練場の照明も消しました!『昼間は太陽光で十分』って!」


「訓練場は地下だから太陽光入らないんだけど!?」


 ザルガンは頭を抱えた。


「さらに!」


 別の四天王、魔導師エクリプスが入ってきた。


「リディア様が『会議は立ったまま行うべき』と言って、会議室の椅子を全部撤去しました!」


「効率化です」


 リディアは涼しい顔で言った。


「立ったままなら、会議が長引きません」


「でも昨日の会議、3時間だったぞ!?足が棒になったわ!」


「それは議題が多かったからです」


 ザルガンは深くため息をついた。


「リディア、お前は優秀すぎる。でも、優秀すぎて周りが見えていないんだ」


「魔王様、それは誤解です。私は常に周囲を…」


「じゃあ、城の廊下で倒れてた魔族見なかったか?過労で」


「…それは自己管理の…」


「自己管理じゃない!お前が深夜2時に『緊急書類』って叩き起こしたからだろ!」


 リディアは少し黙った。


「あれは…重要な書類でした」


「『魔王城の廊下の雑巾の在庫確認』が緊急案件か!?」


 ザルガンは叫んだ。


「在庫管理は重要です」


「深夜2時にやることじゃない!」


 その時、城の窓に光る魔法陣が現れた。


「また?今度は何だ?」


 光の中から、見覚えのあるスーツ姿の男性が現れた。


「お久しぶりです、ザルガン魔王様。異世界退職代行サービスの佐藤です」


「佐藤さん!?」


 ザルガンは驚いた。前魔王ヴァレリウスの退職を手伝った人物だ。


「今日は、リディア様のご相談に参りました」


「え?俺じゃなくて?」


「はい。実は、リディア様から『退職したい』とのご依頼を受けまして」


「え!?」


 ザルガンとリディアが同時に声を上げた。


「佐藤さん、何かの間違いでは?私、退職したいなんて一言も…」


「いいえ」


 佐藤は端末を見せた。


『魔王秘書、辞めたい。でも辞められない。完璧でいなければならない。誰も私の苦しみを分かってくれない。助けて』


「これは…」


 リディアの顔が青ざめた。


「昨夜、あなたが酔って書いた日記です」


「日記!?見ないでください!」


 リディアは初めて感情を露わにした。


「リディア様、正直に話しましょう」


 佐藤は優しく言った。


「あなたも、もう限界なのでは?」


 リディアは震える手で眼鏡を外した。そして、突然泣き崩れた。


「もう…無理なんです…」


「リディア!?」


 ザルガンは驚いた。常に完璧だった秘書が、初めて弱音を吐いた。


「15年間…ずっと完璧な秘書でいなきゃいけなくて…一度も休まず、一度もミスせず、常に魔王様のために…でも、もう疲れたんです…」


 涙が止まらない。


「先代ヴァレリウス様が辞められたとき、私は思ったんです。『私も辞めたい』って。でも、私が辞めたら魔王城が回らない。だから我慢して…でも新しい魔王様が来て、仕事は倍になって…」


「倍って…」


 ザルガンは気づいた。


「そうか、お前、先代の時のスケジュールをそのまま俺にも適用してたのか…」


「だって…完璧な秘書は、スケジュールを隙間なく埋めるものだと教わって…」


「誰がそんなこと教えたんだ!?」


 佐藤が資料を取り出した。


「魔王城秘書マニュアル、発行300年前。『完璧な秘書は休まず、笑わず、ミスせず』」


「300年前!?」


 ザルガンは驚いた。


「これ、完全にブラック企業のマニュアルじゃないか!」


「でも、伝統だから…」


「伝統が間違ってるんだよ!」


 ザルガンはリディアの肩を掴んだ。


「なあ、リディア。お前、最後に笑ったのいつだ?」


「え…?」


「最後に休日を取ったのは?」


「…15年前です」


「15年!?」


 ザルガンは絶句した。


「趣味は?」


「…ありません」


「友達は?」


「…いません」


「恋人は?」


「そんな時間…」


 ザルガンは深くため息をついた。


「お前、人生楽しんでないだろ…」


 リディアは黙っていた。


「佐藤さん」


 ザルガンは真剣な表情で言った。


「リディアを助けてやってください。こんな働き方、おかしいです」


「承知しました」


 佐藤は微笑んだ。


「では、リディア様。退職後のご希望はありますか?」


「希望…ですか?」


 リディアは考え込んだ。


「私…実は…」


 小さな声で言った。


「花屋さんになりたいんです」


「え?」


 ザルガンは驚いた。


「花が…好きなんです。でも、魔王城には花を植える場所もないし、秘書は感情を表に出してはいけないから…ずっと我慢してました」


 リディアは恥ずかしそうに言った。


「可愛い花に囲まれて、お客さんに笑顔で『ありがとうございます』って言える仕事…憧れてました」


 ザルガンは、初めてリディアの「人間らしい」一面を見た。


「素晴らしいじゃないですか!」


 佐藤は目を輝かせた。


「花屋は、まさにリディア様にぴったりです!」


「でも…私、花の知識なんて…」


「大丈夫です!」


 佐藤は資料を見せた。


「リディア様の『完璧主義』『細やかな気配り』『スケジュール管理能力』は、花屋でも大いに役立ちます!」


「本当ですか?」


「ええ!花の水やりスケジュール、在庫管理、お客様対応…すべてリディア様の得意分野です!」


 リディアの目が輝いた。


「それに」


 佐藤は続けた。


「『元魔王城秘書の花屋』って、話題性抜群ですよ!」




 一週間後。


「リディアが辞める!?」


 魔王城の魔族たちは、最初は困惑した。


「でも、彼女がいないと城が…」


「いや、待てよ」


 グリムが言った。


「彼女がいなくなったら、深夜に叩き起こされなくなるんじゃ…」


「訓練場の照明も戻るかも…」


「食堂も再開できる!」


 次第に、魔族たちは喜び始めた。


「リディア様、お幸せに!」


「花屋、頑張ってください!」


 意外にも、送別会は大盛況だった。




 そして現在。


「いらっしゃいませ!」


 王都の下町に、小さな花屋『リディアの小さな花園』がオープンした。


 店内には色とりどりの花が並び、甘い香りが漂っている。


「あの…このバラの花束、お願いできますか?」


 若い男性客が恥ずかしそうに言った。


「かしこまりました!プロポーズですか?」


 リディアは笑顔で答えた。その表情は、魔王城時代とは別人のように明るい。


「は、はい…」


「でしたら、赤いバラに白いカスミソウを添えましょう。花言葉は『あなたを愛しています』と『清らかな心』。完璧な組み合わせです!」


 リディアは手際よく、美しい花束を作り上げた。


「す、すごい…プロみたいですね」


「ふふ、15年間、完璧を追求してきましたから」


 客が帰った後、佐藤が店を訪れた。


「リディアさん、調子はどうですか?」


「最高です!」


 リディアは満面の笑みで答えた。


「毎日、花に囲まれて、お客様の笑顔を見て…こんなに幸せでいいのかなって思います」


「それは良かった」


 佐藤も微笑んだ。


「ところで、魔王城は大丈夫なんでしょうか?」


「ああ、それが…」


 佐藤は笑った。


「新しい秘書、5人体制になったそうですよ」


「5人!?」


「リディア様が一人でやっていた仕事量が、いかに異常だったかということです」


 リディアは苦笑した。


「そうですよね…完璧すぎたんですよね、私」


 店の奥には、魔王城時代の写真が一枚飾られていた。無表情のリディアと、前魔王ヴァレリウス、そして魔族たち。


「でも、あの経験も無駄じゃなかったです」


 リディアは花に水をやりながら言った。


「完璧主義のおかげで、花の管理も完璧にできますから」


 その時、店のドアが開いた。


「あら、いらっしゃいませ…って、魔王様!?」


 なんと、ザルガンが店を訪れていた。


「よお、リディア。元気そうだな」


「魔王様、どうされたんですか?」


「いや、城の謁見室に花を飾ろうと思ってな。お前に選んでほしい」


 ザルガンは照れくさそうに言った。


「新しい秘書たちが『魔王城、殺風景すぎる』って言うんだよ」


 リディアは笑った。


「では、ヒマワリはいかがですか?花言葉は『あなたを見つめる』。魔王様にぴったりです」


「俺を見つめるって…なんか恥ずかしいな」


 二人は笑った。


 ザルガンが帰った後、リディアは窓の外を見た。


 夕日に染まる街並み、行き交う人々、穏やかな時間。


「魔王城秘書も悪くなかったけど…」


 彼女は小さくつぶやいた。


「やっぱり、自分らしく生きるのが一番ね」


 店には、今日もお客さんが訪れる。


 そして、リディアは今日も笑顔で花を手渡す。


 完璧な秘書は辞めたけど、完璧な笑顔は健在だった。




【後日談】


 魔王城では、新秘書5人体制が大好評だった。


「リディア様一人に押し付けてたなんて、今思えば狂気だったな」


 ザルガンはつぶやいた。


 そして、『魔王城秘書マニュアル』は全面改訂された。


 新しいマニュアルの第一条:


『秘書も人間(魔族)である。休め、笑え、人生を楽しめ』


 これを書いたのは、他でもないザルガン自身だった。


「前任者の犠牲の上に、今の俺たちがいる。二度とあんな働き方はさせない」


 魔王城の改革は、一輪の花から始まったのだった。


今回の「魔王秘書編」、いかがでしたでしょうか。

実は、この物語は「魔王編」のヴァレリウスが辞めた後の魔王城を描きたくて生まれました。新魔王ザルガンは就任早々、前任者の尻拭いならぬ「完璧すぎる秘書」という新たな問題に直面することに(笑)。

リディアというキャラクターは、「優秀すぎるが故に自分を追い詰めてしまう人」の象徴です。完璧主義、過労、感情の抑圧…現代社会にも通じる問題を、コミカルに描いてみました。

特に気に入っているのは「300年前の秘書マニュアル」という設定。伝統という名のもとに、誰も疑問を持たなかった労働環境。これ、現実でもよくありますよね。

そして、リディアの転職先が「花屋」というのがポイントです。完璧主義や細やかな気配りは、使い方次第で自分も周りも幸せにできる。スキルに罪はない、使い方が問題なんです。

コミカル要素満載でお届けしましたが、「完璧である必要はない」「自分らしく生きていい」というメッセージは、真面目に込めました。

次はどんな職業の人が辞めたがるのか…お楽しみに!


暁の裏

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