ドラゴンテイマー辞めたい
「ぎゃああああ!また燃やされたああああ!」
王立竜騎士団の訓練場で、ドラゴンテイマーのリディア・フレイムハートは全身真っ黒焦げになって地面に倒れた。26歳の彼女の髪は爆発状態、制服はボロボロ、顔には煤がべっとりついている。
「ぷはっ!リディア、また失敗したのか?今日で何回目だ?」
目の前には、真紅の巨大ドラゴン「スカーレット」が笑っていた。体長5メートルの雌ドラゴンだ。
「8回目よ!8回目!あんた、わざとでしょ!?」
リディアは立ち上がって怒鳴った。
「わざとじゃないって〜。リディアが『火を吹く練習』って言うから吹いただけじゃん」
「『私に向かって』とは言ってないでしょ!?」
「だって、リディアの指示が曖昧なんだもん」
スカーレットはしれっとした顔で答えた。
「それに、リディアって避けるの遅いし。もっと機敏に動けば?最近太った?」
「太ってない!」
リディアは顔を真っ赤にした。確かに最近、ストレスでスイーツを食べ過ぎているが、それは言われたくない。
「お尻、ぷりっとしてるよね〜」
「黙れ!」
その時、訓練場に団長のギルバートが現れた。
「リディア!また失敗か!竜騎士団の面汚しめ!」
50代の厳格な男性で、常にリディアに厳しい。
「も、申し訳ございません…」
「申し訳ないで済むか!お前は『伝説のドラゴンテイマー』として入団したんだぞ!それが5年経っても、まともにドラゴンを操縦できない!」
「で、でも、スカーレットが言うことを…」
「言い訳するな!ドラゴンが言うことを聞かないのは、テイマーの責任だ!」
ギルバートは怒鳴った。
実は、リディアは「伝説のドラゴンテイマー」ではなかった。
5年前、たまたま野生のスカーレットに気に入られて、契約できただけだった。それを竜騎士団が「天才テイマー現る!」と勘違いして、大々的に採用してしまったのだ。
しかし現実は…
ドラゴン操縦技術:最低ランク
空中戦闘能力:ゼロ
ドラゴンとの意思疎通:ほぼ不可能
「来月の竜騎士大会で結果を出せなければ、クビだ!」
ギルバートは言い放って去っていった。
リディアは肩を落とした。
「はあ…もう嫌だ。ドラゴンテイマーなんて辞めたい」
「え〜、辞めちゃうの?私、リディアと一緒にいるの楽しいのに」
スカーレットが残念そうに言った。
「楽しい!?あんた、私のこと毎日いじめてるじゃない!」
「いじめてないよ〜。遊んでるだけ」
「火を吹くのが遊び!?」
「うん。リディアが慌てる顔、可愛いんだもん」
スカーレットはにやりと笑った。
「可愛い…って…」
リディアは頭を抱えた。
実は、スカーレットはかなりの問題児ドラゴンだった。
気まぐれで、わがままで、そして何より、リディアをからかうのが大好きだった。
「ねえリディア、今日も一緒に寝ようよ」
「嫌よ!あんた、寝てる間に私の服溶かすじゃない!」
「だって、リディアの寝顔見たいんだもん。服が邪魔だからちょっと火で…」
「ちょっとじゃない!全部溶かしたでしょ!朝起きたら下着姿だったのよ!?」
リディアは顔を赤くした。あの時の恥ずかしさは今でも忘れられない。
「リディアの体、スタイル良いから見てて楽しいし」
「セクハラ!ドラゴンのセクハラ!」
その時、厩舎の窓に光る魔法陣が現れた。
「魔法陣?」
光の中から、二人の人物が現れた。
「初めまして、リディア様。私、異世界退職代行サービスの田中と申します」
「私はセレス!元お姫様よ」
リディアは目を丸くした。
「た、退職代行?」
「はい。お困りのご様子ですが、ドラゴンテイマーのお仕事でお悩みでしょうか?」
田中健太は優しい笑顔で名刺を差し出した。
「悩んでます!もう限界です!」
リディアは泣きながら訴えた。
「スカーレットは言うこと聞かないし、毎日火で燃やされるし、服は溶かされるし、団長は怒るし、しかも!」
彼女はスカーレットを指差した。
「この子、私が着替えてる時も平気で覗いてくるんですよ!『リディアの体チェック』って言って!」
「だって、リディアの健康状態を確認するのは、パートナーの義務でしょ?」
スカーレットが悪びれもなく言った。
「健康状態の確認に、胸のサイズ測る必要ある!?」
「あるよ。栄養状態が分かるじゃん」
「分からないわよ!」
田中は資料を取り出した。
「ドラゴンとテイマーの契約には『相互尊重の原則』があります。一方的に火を吹いたり、プライバシーを侵害することは契約違反です」
「え!?そうなんですか!?」
リディアの目が輝いた。
「はい。それに」
セレスが続けた。
「ドラゴンが『パートナー』として機能していない場合、契約の見直しや解除が可能よ」
スカーレットは慌てた。
「ちょ、ちょっと待って!契約解除されたら、私また野生に戻らなきゃいけないじゃん!」
「当然でしょ!あんたが悪いんだから!」
リディアは怒った。
「で、でも!リディアのこと好きだよ!?」
「好き!?好きならもっと優しくしなさいよ!」
「だって、リディアをいじめるの楽しいんだもん…」
「本音が出た!」
田中は冷静に説明した。
「スカーレット様、ドラゴンとテイマーの関係は『信頼』が基礎です。一方的にからかうのは、関係を壊します」
「で、でも…」
スカーレットは落ち込んだ。
「それに、リディア様もストレスで健康を害しています」
セレスが診断書を見せた。
「このままでは、重大な健康被害が出るでしょう」
「えっと…」
スカーレットは申し訳なさそうに視線を逸らした。
「リディア様、本当はどうしたいですか?」
田中が尋ねた。
「本当は…」
リディアは少し考えてから答えた。
「ドラゴンテイマー自体は嫌いじゃないんです。空を飛ぶのも好きだし、ドラゴンとの絆も素敵だと思う」
「じゃあ、何が問題なんですか?」
「スカーレットとの相性と、団長のプレッシャーです」
リディアは正直に言った。
「スカーレットは私をおもちゃにするし、団長は『伝説のテイマー』として扱うし…普通のテイマーとして、普通にドラゴンと暮らしたいだけなんです」
田中は頷いた。
「分かりました。では、二つの解決策を提案します」
「二つ?」
「一つ目は、スカーレット様との関係改善。二つ目は、竜騎士団からの退団と、新しい職場への転職です」
「新しい職場?」
「はい。『ドラゴン保護施設』という場所があります。そこでは、野生ドラゴンの保護やリハビリを行っています」
セレスが資料を見せた。
「ここなら、『伝説のテイマー』というプレッシャーもなく、ドラゴンたちと向き合えるわ」
リディアの目が輝いた。
「それ、素敵!」
「ちょ、ちょっと待って!」
スカーレットが慌てて言った。
「リディアが行くなら、私も一緒に行く!」
「え?あんた、私のこといじめるのが好きなんでしょ?」
「それは…その…」
スカーレットは言葉に詰まった。
「実は…リディアがいないと寂しいんだもん」
「は?」
「だって、リディアは他のテイマーと違って、私を怖がらないし、怒っても最後には許してくれるし…」
スカーレットは小さな声で続けた。
「本当は、リディアのこと大好きなんだよ」
リディアは驚いた。
「え…大好き?」
「うん。だから、つい構いたくなっちゃって…火を吹いたり、服溶かしたり…」
「それ、愛情表現なの!?」
「う、うん…」
スカーレットは恥ずかしそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。でも、もう二度としないから!ちゃんと良いパートナーになるから!だから、契約解除しないで!」
リディアは困った表情になった。
「うーん…」
田中が提案した。
「では、こうしましょう。竜騎士団は退団して、ドラゴン保護施設に転職。そして、スカーレット様との契約は継続。ただし、『行動規範』を設けます」
「行動規範?」
「はい。『リディア様に無断で火を吹かない』『着替えを覗かない』『服を溶かさない』などのルールです」
「それなら!」
リディアは頷いた。
「スカーレット、守れる?」
「守る!絶対守る!」
スカーレットは必死に頷いた。
一週間後。
【竜騎士団本部にて】
「リディアが退団だと!?」
ギルバート団長は激怒した。
「はい。彼女には『伝説のテイマー』という肩書きが重荷になっています」
田中は診断書を見せた。
「このまま続ければ、重大な健康被害が出ます」
「しかし、竜騎士団の看板が…」
「看板のために、団員を犠牲にするのですか?」
田中の声が厳しくなった。
「それに、リディア様は元々『伝説のテイマー』ではありません。たまたまスカーレット様に気に入られただけです」
ギルバートは言葉に詰まった。
「彼女は普通のテイマーとして、自分のペースでドラゴンと向き合いたいのです」
セレスが続けた。
「それを否定する権利は、あなたにはないわ」
ギルバートは長い沈黙の後、ため息をついた。
「…分かった。退団を認めよう」
一ヶ月後。
森の奥深くにある『ドラゴン保護施設』で、リディアは新しい生活を始めていた。
「おはよう、みんな!」
施設には、傷ついたり、親を失ったりした若いドラゴンたちがいた。
「リディア姉ちゃん!」
子ドラゴンたちが嬉しそうに飛んできた。
「今日も元気ね!さあ、ご飯の時間よ」
リディアは楽しそうにドラゴンたちの世話をした。
「リディア、私も手伝う!」
スカーレットも真面目に働いていた。あれから、本当に「良いパートナー」になろうと努力している。
「スカーレット、ありがとう」
「えへへ」
スカーレットは嬉しそうに尻尾を振った。
「でも、この前また服溶かしたわよね?」
「あれは事故!本当に事故だから!」
「信じられないわ」
「信じて!お願い!」
スカーレットは必死に弁解した。
その様子を見て、施設長のエルダが笑った。
「リディアさん、スカーレットさんと仲良いですね」
「仲良い…んでしょうかね」
リディアは苦笑した。
「ええ。スカーレットさん、リディアさんにべったりですよ」
確かに、スカーレットは四六時中リディアのそばにいた。仕事中も、休憩中も、食事中も。
「もう、ストーカードラゴンよね」
「ストーカーじゃないよ!パートナーだよ!」
「パートナーなら、もうちょっと距離を…」
「嫌!リディアと離れたくない!」
スカーレットはリディアに抱きついた…が、体が大きすぎて、リディアは押し潰されそうになった。
「重い!重いって!息ができない!」
「えへへ、リディアって柔らかいよね」
「セクハラ!また始まった!」
その夜、リディアは自室で田中たちに報告した。
「田中さん、セレスさん、本当にありがとうございました」
「どういたしまして。調子はどうですか?」
「最高です!毎日楽しくて、ストレスもなくて」
リディアは笑顔で答えた。
「スカーレットは相変わらずですが、前よりはマシになりました」
「それは良かった」
セレスも微笑んだ。
「あ、でも一つ問題が」
「何でしょう?」
「スカーレットが過保護すぎて…」
リディアは困った表情になった。
「男性職員と話してると、すぐ嫉妬するんです。『リディアは私のもの!』って」
「それは…」
田中は苦笑した。
「ドラゴンの独占欲ですね」
「独占欲って…私、ドラゴンに所有されてるんですか?」
「いや、むしろ愛されてるんですよ」
セレスが笑った。
「スカーレット様、リディアさんのこと本当に大好きなのね」
「大好きって…そういう意味で?」
リディアは顔を赤くした。
「ええ。ドラゴンにとって、パートナーは特別な存在よ。家族以上、恋人未満、みたいな」
「恋人!?」
「リディア!今、私の話してる!?」
窓の外から、スカーレットが顔を出した。
「きゃあ!覗かないで!」
「だって、気になるんだもん!」
「プライバシー!」
リディアは窓を閉めようとしたが、スカーレットは鼻先で窓を開けた。
「ねえねえ、私のこと愛してる?」
「愛してない!」
「嘘!絶対愛してるでしょ!」
「愛してないってば!」
二人の掛け合いを見て、田中とセレスはクスクスと笑った。
「リディアさん、本当にスカーレット様と仲良しですね」
「仲良しじゃないです!この子、ストーカーなんです!」
「ストーカーじゃないよ!愛してるだけだよ!」
「愛が重い!」
賑やかな声は、夜の森に響き渡った。
元「伝説のドラゴンテイマー」リディア・フレイムハートの新しい冒険は、まだ始まったばかりだった。
ただし、過保護で独占欲の強いドラゴンと共に。
『ドラゴンテイマーは辞めたい』をお読みいただき、ありがとうございました。
今回のリディアとスカーレットは、少し変わった関係性でしたね。
ドラゴンによるセクハラ(?)、過保護、そして不器用な愛情表現。
スカーレットは確かに問題児でしたが、本当はリディアが大好きだったんです。
ただ、その愛情表現が「火を吹く」「服を溶かす」という形だったのが問題でした。
「好きな相手をいじめてしまう」
これは、人間でもよくあることですよね。
大切なのは、相手の気持ちを理解すること。
そして、相手に伝わる形で愛情を表現すること。
リディアとスカーレットは、田中たちの助けで「正しい関係性」を学びました。
もちろん、スカーレットはまだ完璧ではありませんが(笑)
でも、二人は確実に良いパートナーになっていくでしょう。
「伝説」という看板を降ろして、普通のテイマーとして生きる道を選んだリディア。
彼女の新しい人生は、きっと幸せなものになるはずです。
過保護なドラゴンと共に、ですが。
暁の裏
P.S. スカーレットの服溶かし行為は創作です。現実のドラゴンは(いませんが)もっと紳士的です、たぶん。
リディアさん、これからもスカーレットの教育、頑張ってください!




