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異世界退職代行サービス~辞めたくても辞められないあなたへ~  作者: 暁の裏


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10/15

聖女は辞めたい

「また…また『奇跡』を起こせと言うの…?」


王立大聖堂の奥の部屋で、聖女ルーラ・ホワイトローズは疲れ切った表情で鏡を見つめていた。22歳の彼女は、3年前に「聖女」として教会に迎えられてから、休む暇もなく働き続けている。

白い聖女の衣装は清楚で美しいが、胸元が大きく開いており、スカート丈も妙に短い。


「なんで聖女の衣装って、こんなに布地が少ないのよ…」


ルーラは自分の豊満な胸を隠そうとしたが、この衣装ではどうしても谷間が見えてしまう。


コンコン


「聖女様、次のご予定です」


侍女のマーサが扉をノックした。


「はあ…何?」

「午後2時、病人への祈りの儀式。午後4時、貴族への祝福。午後6時、王宮での晩餐会。そして午後9時、大司教との『特別なお祈り』です」

「『特別なお祈り』…」


ルーラの顔が曇った。大司教のグレゴリウスは60代の太った男性で、「お祈り」と称して毎晩ルーラを自室に呼びつけるのだ。


「聖女様、あなたの美しさも神の恵みです。私にその恵みを分けてください」


そう言いながら、肩に手を置いたり、腰に手を回したりする。


「も、もう限界…」


ルーラは頭を抱えた。

実は、ルーラには「奇跡を起こす力」など存在しない。

彼女はただの平民の娘だった。ある日、教会の前で倒れていたところを発見され、「これは神のお告げだ!」と勝手に聖女に任命されたのだ。

それ以来、教会は彼女を「看板娘」として利用している。


「聖女様が祈れば病気が治る!」

「聖女様の祝福で豊作になる!」


実際には何の効果もないのに、教会はそう宣伝し、寄付金を集めている。そして、信者たちが勝手に「奇跡だ!」と騒ぐのだ。


「プラシーボ効果ってやつよね…」


ルーラは深くため息をついた。

それに加えて、この「聖女衣装」だ。


「信者の目を楽しませるのも、聖女の務めです」


グレゴリウスはそう言って、どんどん衣装の露出度を上げていった。最初はまともな修道服だったのに、今では胸元が開いたドレスに、太ももが見えるスカート。


「これ、もはや水商売の衣装じゃない…」


おまけに、信者たちのセクハラも日常茶飯事だった。


「聖女様、握手してください!」(手を握ったまま離さない)

「聖女様、ハグしてもらえますか?」(体を密着させてくる)

「聖女様、添い寝の祝福を…」(これは流石に断った)

「もう嫌…聖女なんて辞めたい…」


その時、部屋の窓に光る魔法陣が現れた。


「魔法陣?」


光の中から、三人の人物が現れた。スーツを着た男性と、美しい女性。


「初めまして、ルーラ様。私、異世界退職代行サービスの田中と申します」

「私はセレス。元お姫様よ」

「た、退職代行?」


ルーラは目を丸くした。


「はい。お困りのご様子ですが、もしかして現在のお仕事に悩みをお持ちでしょうか?」


田中の優しい声に、ルーラの涙腺が崩壊した。


「辞めたいです! 聖女、もう辞めたいです!」


そして、すべてを話した。

実は奇跡を起こす力などないこと、看板娘として利用されていること、セクハラの日常化、露出度の高い衣装、そして大司教の「特別なお祈り」…。

田中とセレスは真剣に聞いていた。


「ルーラさん、それは完全に労働環境の問題ですね」


田中がメモを取りながら言った。


「特に、『特別なお祈り』というのは明らかなセクハラです」

「それに、この衣装も問題ね」


セレスがルーラの衣装を見て眉をひそめた。


「聖職者の衣装が、なぜこんなに露出が多いの? これは完全に『性的な接客要求』よ」

「で、でも…教会の伝統だって…」

「嘘ね」


セレスはきっぱりと言った。


「私、元王女だから色々な教会を見てきたけど、こんな露出度の高い聖女衣装なんて見たことないわ」

「そうなんですか!?」

「ええ。これは明らかに、大司教が勝手に作った『ルール』よ」


田中が資料を取り出した。


「それに、『奇跡を起こせ』という要求も問題です。ルーラさんには本当に奇跡を起こす力がないのに、それを強要するのは『不可能な業務命令』に該当します」

「不可能な…業務命令…」


ルーラは初めて聞く言葉に驚いた。


「はい。労働者に不可能なことを要求し、できないと叱責するのは、パワハラです」


セレスが続けた。


「それに、プラシーボ効果で勝手に『治った』と信者が思い込んでるだけなのに、それを『聖女の奇跡』として宣伝して寄付金を集めるなんて、完全に詐欺よ」

「さ、詐欺!?」

「そう。そしてあなたは、その詐欺の共犯者にされているの」


ルーラは青ざめた。確かに、自分は教会の詐欺に加担させられている。


「で、でも…聖女を辞めたら、私はどうすれば…」

「大丈夫です」


田中は優しく微笑んだ。


「ルーラさんには、3年間の『人を癒す経験』があります」

「人を癒す…?」

「はい。あなたは奇跡を起こしていないかもしれませんが、病人に寄り添い、話を聞き、希望を与えてきた。それは立派な『カウンセリング』の技術です」


ルーラは目を輝かせた。


「それに、あなたの優しい雰囲気と、人を安心させる話し方。これらは『セラピスト』として非常に価値が高いスキルです」


セレスが付け加えた。


「つまり、『奇跡の聖女』から『心のセラピスト』への転職よ。もっと健全な環境で、本当の意味で人を助けられるわ」


ルーラの目に涙が浮かんだ。


「本当に…そんな道があるんですか…?」

「あります。それが私たちの仕事です」


田中は決意に満ちた表情で言った。


「では、教会との交渉を始めましょう」


一週間後。


「何? ルーラが聖女を辞める?」


大司教グレゴリウスは、紫色の法衣を着た巨体を揺らして立ち上がった。


「冗談ではない! 彼女は我が教会の宝、いや、金のなる木だぞ!」

「金のなる木、ですか」


田中は冷静に資料を机に置いた。


「図らずも本音が出ましたね」

「な、何?」

「ルーラさんは『宝』ではなく『金のなる木』。つまり、人格を持った労働者ではなく、金を稼ぐ道具として扱っているということですね」


グレゴリウスの顔が真っ赤になった。


「そ、それは言葉の綾で…」

「では、こちらをご覧ください」


田中は厚い資料ファイルを開いた。


「ルーラさんが聖女になってからの3年間で、教会の寄付金は10倍に増えました。年間5000万ゴールド。その大部分が『聖女の奇跡』を求める信者からの寄付です」

「そ、それがどうした?」

「しかし、ルーラさんには『奇跡を起こす力』がありません」


田中の声が厳しくなった。


「つまり、教会は『存在しない商品』を宣伝して金を集めている。これは詐欺です」


グレゴリウスは汗を拭いた。


「それに」


セレスが別の資料を見せた。


「この聖女衣装。胸元が大きく開いて、スカート丈も異常に短い。これ、あなたがデザインしたそうですね」

「そ、それは…信者に親しみを持ってもらうため…」

「嘘おっしゃい」


セレスの目が鋭くなった。


「私、各国の教会を調査したけど、こんな露出度の高い聖女衣装を採用している教会は他にないわ。明らかに性的な目的でしょう」

「ち、違う!」

「それに、『特別なお祈り』と称して、毎晩ルーラさんを個室に呼びつけて、体に触れる。これは完全なセクハラです」


グレゴリウスの顔が青ざめた。

田中が続けた。


「労働環境改善法第15条『労働者の人格を否定する行為の禁止』、第23条『性的な接客要求の禁止』、第31条『詐欺行為への労働者の強制参加の禁止』…すべてに違反しています」

「ま、待ってくれ…」

「これらの違反が発覚した場合、教会の認可取り消し、さらにはあなた個人への刑事告発の可能性もあります」


グレゴリウスは椅子にへたり込んだ。


「しかし、ルーラさんは寛大な方です」


田中は優しい表情に戻った。


「彼女の退職を認め、これまでの未払い賃金を支払い、今後の労働環境改善を約束していただければ、この件は穏便に済ませることができます」

「み、未払い賃金?」

「はい。ルーラさんの3年間の労働に対する正当な報酬です。計算すると…」


田中は電卓を叩いた。


「月給50万ゴールド×36ヶ月=1800万ゴールド。さらに残業代と慰謝料を加えて、合計3000万ゴールドです」

「さ、3000万!?」

「教会の年間収入5000万ゴールドから考えれば、妥当な金額です。それに、ルーラさんが告発した場合、教会が失うのは金額だけではありません。信用と認可も失います」


グレゴリウスは長い沈黙の後、深くため息をついた。


「…分かった。すべて受け入れよう」


こうして、ルーラの退職が正式に決まった。

しかし、退職の日、予想外のことが起こった。


「聖女様! 辞めないでください!」


大聖堂の前に、数百人の信者が集まっていた。


「聖女様がいないと、私たちは…」


老婆が涙を流している。


「聖女様に話を聞いてもらって、生きる希望が湧いたんです」


病気の男性が叫んだ。

ルーラは胸が痛んだ。彼女は確かに奇跡を起こしていない。でも、人々の心には何かを与えていたのだ。


「みなさん…」


ルーラは群衆の前に立った。


「私には、皆さんが思っているような『奇跡の力』はありません」


どよめきが起こった。


「でも、皆さんの話を聞いて、寄り添うことはできます。だから、これからは『心のセラピスト』として、皆さんの力になりたいと思います」

「セラピスト…?」

「はい。もっと自由に、もっと誠実に、皆さんと向き合いたいんです」


群衆は静まり返った後、大きな拍手が起こった。


「聖女様、応援します!」

「新しい道でも頑張ってください!」


ルーラは涙を流しながら、深くお辞儀をした。


三ヶ月後。


王都の静かな通りに、小さなカウンセリングルームがオープンした。


『ルーラの心の癒し処』


看板には、穏やかな笑顔のルーラのイラストが描かれている。


「いらっしゃいませ」


ルーラは、今度は露出度の低い、落ち着いた服装で来客を迎えた。胸元もしっかり隠れているし、スカートも膝下まである。


「あの、聖女様…」

「もう聖女じゃありませんよ。ルーラと呼んでください」


来客は、かつて教会で会ったことのある女性だった。


「実は…夫との関係に悩んでいて…」


ルーラは優しく微笑み、話を聞き始めた。

奇跡は起こさない。でも、寄り添い、理解し、アドバイスする。それがルーラの新しい仕事だった。

一時間後、女性は晴れやかな表情で帰っていった。


「ありがとうございました。話を聞いてもらえただけで、心が軽くなりました」


その報酬は、教会時代よりずっと公正だった。

窓から外を見ると、かつて働いていた大聖堂が見える。


「田中さん、セレスさん、ありがとうございます」


ルーラは心から感謝していた。

扉が開き、新しい来客が入ってきた。


「すみません、予約したルシアです」

「はい、お待ちしていました。どうぞ」


ルーラは微笑みながら、新しい一日を始めた。

奇跡はないかもしれない。でも、誠実に人と向き合うことはできる。

それがルーラの新しい「聖女」としての生き方だった。

ある日、田中とセレスがカウンセリングルームを訪れた。


「ルーラさん、調子はどうですか?」

「最高です!」


ルーラは輝く笑顔で答えた。


「毎日が充実していて、お客さんにも喜んでもらえて…本当にこの仕事を選んで良かったです」

「それは良かった」


セレスも微笑んだ。


「あ、そうだ。田中さん、セレスさん」


ルーラは少し照れくさそうに言った。


「実は、新しいサービスを始めようと思っているんです」

「どのようなサービスですか?」

「『元聖職者のためのカウンセリング』です」


ルーラは真剣な表情で続けた。


「私みたいに、教会で辛い思いをしている聖職者って、きっと他にもいると思うんです。そういう人たちの相談に乗りたくて」


田中は感心した。


「素晴らしいアイデアですね」

「それに」


ルーラは窓の外を見た。


「私、気づいたんです。本当の『奇跡』って、魔法の力じゃなくて、人と人とが支え合うことなんだって」


その言葉に、田中もセレスも深く頷いた。


「ルーラさん、あなたは本物の聖女ですよ」


田中が言った。


「奇跡を起こす聖女じゃなくて、人の心を癒す聖女です」


ルーラは涙を浮かべて微笑んだ。

窓の外では、夕日が優しく街を照らしていた。

かつての「金のなる木」は、今や本当の意味で人々の心を照らす存在になっていた。

「聖女編」をお読みいただき、ありがとうございました。

今回のルーラは、他の編とは少し違った「詐欺の被害者であり加害者」という複雑な立場でした。本人に悪意はないのに、システムに組み込まれて詐欺に加担させられる…これは現実世界でも起こりうる問題ですね。

「奇跡を起こせ」という不可能な要求、露出度の高い衣装の強要、セクハラの日常化…これらは残念ながら、現実の接客業でも見られる問題です。「伝統」や「お客様のため」という言葉で正当化される理不尽。

でも、ルーラは気づきました。本当の価値は「奇跡を起こすこと」ではなく、「人に寄り添うこと」だと。

プラシーボ効果で「治った」と信者が思い込むのは、ルーラが誠実に話を聞いていたからこそ。その技術こそが、彼女の本当の才能でした。

元聖女のセラピスト。

奇跡は起こせないけど、心は癒せる。

それが、ルーラの新しい生き方です。

次回作もお楽しみに!


暁の裏

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