今を生きた優しい君へ
中学に入学した時、教室の端にいた男の子に目が行った。
彼は車椅子に座っていて、顔は青白かった。
一目見た時、「病気なんだ」と思った。
本来なら一年生は一棟の3、4階を使うのが普通らしい。
しかし、私たちは二棟の1、2、3、4階を贅沢に使っている。
本来は二年生がそうなるはずだったけど、その男子がいるからこちらの棟になったのではないかと先輩が言っていた。
彼の名前は葉山玲夜と言った。
◇◆◇
「おはよ〜!」
私は元気よく挨拶をして教室に入った。
入学式から一週間。
全体的に授業も始まって、クラスの人とも馴染むことができた。
私は荷物を机にしまって、鞄をロッカーに入れた。
そして、小学校から仲がいい瑠璃ちゃんの元へ行った。
「瑠璃ちゃんおはよう!」
「まっちゃんか。おはよう」
「今日の授業何があったっけ?」
「後ろ見れば?」
あ、確かに後ろに大体書いてあるわ。
私は後ろを向いて今日の授業を確認した。
「うわっ、漢字小テストじゃん。終わった」
「え?マジで?本当じゃん」
「ねぇヨッシー助けて〜」
たまたま近くを通った同じ小学校だった男子に声をかけた。
ヨッシーはあだ名だ。
本名は熊井義雄だ。
ヨッシーはかなり渋い顔をして言った。
「勉強しろ」
この野郎。
頭いいからって他人事みたいに。
そうこうしてる間に玲夜くんが登校してきた。
玲夜くんが登校してくる時間は少し遅めだ。
二棟の横には体育館とプール、武道場がある。
そして何より一棟との間には駐車場がある。
だから二棟が何かと都合がいいんだろう。
玲夜くんは体育や移動教室はずっと教室でリモートで受けている。
「……大変そうだな」
「まっちゃんなんか言った?」
「何でもない」
◇◆◇
ある日、私は給食の準備時間に玲夜くんの布巾を見た。
あ、これ有名なアニメのやつだ。
若干オタクな私はすぐにそれがアニメだと分かった。
「玲夜くん、それ、あのアニメだよね」
「え……?あ、うん」
「それ私も見てるんだー。誰推し?」
「んー、推しはあんまりないかな。みんなかっこいいから」
玲夜くんは照れたように言った。
確かにこれは戦闘系のアニメで、全員かっこいい。
「そうなんだ。私はこのキャラが好きだよ」
「かっこいいよね」
「うん」
それから私は、玲夜くんとたまに話すようになった。
◇◆◇
「あー!牧島さん!こんにちは!」
「真夏ちゃん。こんにちは」
「玲夜くんもやっほー!」
牧島さんは玲夜くんの様子を見る人。
テストの時やリモートで移動教室の授業を受ける時、給食の時に玲夜くんについている。
最近は仲良くしている。
本当は支援室の人みたいだけど、発作とかの対処法とかに詳しいのかな?
「真夏ちゃんは今日も元気だね〜」
「はい!元気もりもりです!あっ、ねぇ玲夜くん。今日のデザートタルトだって!」
「そうなんだ」
玲夜くんとの話はすごく弾むってわけでもないし、特別楽しいってわけじゃない。
これは私の自己満足。
玲夜くんに少しでも学校生活を楽しんでほしいって言う私の勝手。
「あー!まっちゃんが当番サボってる!」
「やばっ!それじゃあね!」
◇◆◇
それからしばらくして、玲夜くんは学校に来なくなった。
多分クラスが嫌だったとかじゃないと思うけど、家でリモート授業を受けるようになった。
本当にたまに学校に来ていたけど、二ヶ月に一度くらいだ。
それでも私は玲夜くんと関わり続けようとした。
「しーちゃんしーちゃん。玲夜くんにちょっかいかけよ」
「ええよー!」
クラスメイトのしーちゃんに私は話しかけた。
最近はしーちゃんとも一緒に玲夜くんと話してる。
リモートには絵文字を送る機能がある。
私としーちゃんはよくそれで玲夜くんと戦ってる。
私は親指を立てている絵文字を連打した。
しばらくすると、玲夜くんからも攻撃が返ってきた。
「わー!玲夜くんノリ良〜!」
「ノリ良き〜!」
そういうふうに過ごすことが多かった。
チャットやLINEで会話することもあれば、絵文字合戦をすることも多かった。
でも、ある日先生が玲夜くんの席から荷物を取り出してまとめているところを見た。
「先生、何で玲夜くんの荷物をまとめてるんですか?」
「ああ……多分、もう学校しばらく学校には来ないから……」
先生は寂しげに言った。
そうだった。
玲夜くんは病気。
ずっと一緒に学校にいられるってわけじゃないんだ。
当たり前のことなのに、頭を強く殴られたような感覚がした。
◇◆◇
――一年後
私はクラス替えで自分のクラスを確認した。
そして、クラスメイトをざっと見ていたら、玲夜くんも同じクラスだということに気がついた。
ただ、しーちゃんや瑠璃ちゃん、ヨッシーとは別のクラスになってしまった。
教室に行って、ふと玲夜くんの席を見た。
玲夜くんはいなかった。
空っぽな机だけがずっとそこに置かれていた。
担任は去年と同じだった。
「杉本さん、今年も玲夜くんのリモート用のパソコンを運ぶのお願いしてもいい?」
去年からずっと私は玲夜くんのリモート用のパソコンを持ち歩いたりしていた。
今は一緒にパソコンを運んでたしーちゃんもいない。
私がやらないと誰もやらなさそうだ。
そう思って、二年生でも引き続きパソコンを持ち歩いた。
「玲夜くん、今年もよろしく」
『よろしく』
玲夜くんはメッセージで返してくれた。
でも、ある日から玲夜くんはリモート授業を受けなくなった。
すごく心配だった。
けど、体調管理はしっかりしたほうがいいよね。
◇◆◇
――一ヶ月後
私達は野外学習に行った。
当然のことながら玲夜くんはいなかった。
車椅子で山なんて危ないからね。
今は帰りのバス。
みんな疲れ切っていて寝ている人も多かった。
「はい、寝てる人起こしてくれるかな〜?」
片桐先生が言った。
もうすぐ学校につくんだろう。
周りの寝ている人が起きている人に起こされている。
私も隣りに座ってる子も寝てなかったからその必要はなかった。
「皆さんに報告があります」
片桐先生は少し潤んだ瞳で言った。
どうしたんだろ。
「鈴木先生が迷子になったのかな?」
隣の子がふざけたように言った。
私は「そんなわけ」と笑って流した。
先生は長い沈黙の末、涙を流した。
あ、これ重要なやつだ。
「夜会学習の前日、葉山玲夜くんが亡くなりました」
私は耳を疑った。
さっきまでザワザワしていたバスの中が一瞬で静まり返った。
「このあとお通夜があります。行ける人は行ってあげてください」
その後、私は友達とした会話もろくに頭に入らず、家に帰った。
リビングで寝転んで天井を見た。
涙は出ない。
仲は悪くもなかった。
関わりはあった。
悲しいのかな。
最低だと思われるかもしれない。
でも、私は何を思ってるのか分からなかった。
私はふと制服を見た。
行こう、お通夜に。
私は制服を着てお母さんの仕事部屋へ行った。
「真夏?どうしたの?制服なんか着て」
「友達が死んじゃったの」
「え?」
「今からお通夜行ってくる」
「待ちなさい」
お母さんは立ち上がって私を止めた。
そして微笑んだ。
「どこ?連れて行ってあげるから。お花も買おう」
「……ありがとう」
お母さんはお花を買って来てくれた。
でも、仕事があったから先に仕事が終わっていたお父さんが私を葬式場まで送ってくれた。
一人でいってこいと言われたから私は緊張しながらドアを開けた。
お父さんに言われた「クラスメイトだった」は言わないようにしよう。
受付のようなところにいたお兄さんが私に駆け寄ってきた。
「どなたですか?」
「えっと、葉山玲夜くんのクラスメイトです」
お兄さんは私を玲夜くんの家族のところへ連れて行ってくれた。
すっかり夜だったため、玲夜くんの家族はご飯を食べていた。
会場から出てきた玲夜くんのお母さんはとても優しそうだった。
「こんばんは」
「こんばんは。あの、これ……」
私は花を差し出した。
玲夜くんのお母さんはそれを受け取って「ありがとう」と言った。
そして、玲夜くんのところへ連れて行ってくれた。
棺の中にいる玲夜くんはまるで眠っているかのようだった。
玲夜くんのお母さんは棺の上に花束を置いた。
そして、玲夜くんの話を聞いてから私は口を開いた。
「リモート授業でふざけて送った絵文字に返してくれて、すごく嬉しかったんです」
「……」
「楽しかったです」
「……ありがとう」
静かな会話だったけど、話せて良かった。
玲夜くんのお母さんは帰り際にお菓子の入った紙袋をくれた。
私は会釈して車に戻った。
貰った紙袋の中身を見ると、ウエハースと分厚い紙が入っていた。
開くと、お母さんが書いた作文だった。
読んでいくと、かなり前に玲夜くんが「あそこの遊園地の好きなアトラクションがなくなる」って言っていた話があった。
どうやら、玲夜くんは亡くなる前にそのアトラクションに乗れたようだ。
その他にも病気が流行ってた時の話などが書かれていて、玲夜くんがどれだけ強い人なのかを教えられた。
「……」
そういえば、帰りに友達が言っていたような気がする。
「強くて、頑張り屋で、いい子は神様が自分のそばに置きたがる。だから玲夜くんは早くに連れてかれちゃったのかな」
そんなわけないと思った。
神様なんて信じてないけど、もし神様がいて、友達の言う通りだったのなら、私は神様を心の底から軽蔑する。
だって、たとえ神様だとしても人の命を勝手に奪うなんておかしい。
人間は許されないのに、神様が許されるなんて。
しかも人を選ぶなんて言語道断。
そんな最低な神様なんて私は嫌だ。
だから私はそんな逸話は信じないし、神様なんて信じない。
玲夜くんのお母さんから受け取った作文をもう一度読み返した。
文章の一つ一つが胸に染み込んでくる。
その中には、玲夜くんが病気でも毎日を楽しく過ごそうとしていた様子や、お母さんとの他愛のない会話が綴られていた。
「……すごいな、玲夜くん」
思わず呟いた。
玲夜くんは、いつだって私に弱音を吐かなかった。
そこまで仲は深くなかったけど、弱音を吐いているところなんて見たことがない。
病気なのに普通の中学生みたいにアニメの話もしたし、絵文字でふざけあった。
私はどこかで「玲夜くんは死なない。絶対治る。きっと大丈夫」って、勝手に思ってた。
玲夜くんは小学一年生から中学二年生まで、長い間病気と戦ってきた。
みんなが野外学習に行けると浮かれていた日に命を散らした玲夜くんはどんな気持ちだったのだろうか。
私にはそんなことは分からない。
私に分かるのは、玲夜くんは最後まで精一杯生きたってことだけ。
生きよう。
残された私達は、最後まで力いっぱい生きよう。
玲夜くんや、生きたくても生きれなかった人達の分まで。
話をしてくれてありがとう。
おふざけに乗ってくれてありがとう。
玲夜くんのことは、絶対に忘れないよ。
みなさんこんにちは春咲菜花です!お久しぶりの杉本真夏(実際の友達)のエッセイです!二本目になりますかね?どうでしたか?「溢れる思いは今ここに」の二年前のお話になりますが。「溢れる思いは今ここに」は真夏が嫌いな人へ抱いた感情の物語、「今を生きた優しい君へ」は病気のクラスメイトに真夏抱いた感情。真逆なようで最後には前を向く真夏すごい!私はそう思いました。みなさんはどう思いましたか?良ければ感想で教えてください!