今だけは
カラン。LINEの通知が鳴った。
彼からかな、それとも広告かな。
少しだけドキドキしながら、軽く深呼吸してアプリを開く。
──彼からじゃなかった。
胸の中に、落ち込みと安心が同時に広がる。
彼と出会って、もう1ヶ月と2週間が経った。
きっかけは最近流行りの某マッチングアプリ。
正直、アプリで恋人ができるなんて半信半疑だった。でも、短いながらもマメな彼のメッセージが嬉しくて、気づけば彼のことばかり考えていた。
まだ一度しか会っていないのに、「好き」なんて思うなんて、やっぱりおかしいかな。
LINEのことは忘れて、料理に集中しよう。──と思った矢先、
「痛っ」
人差し指を包丁で切ってしまった。
いけない、上の空だった。
たった一度会っただけの人に、私はこんなにも囚われてる。
パチン、と頬を軽く叩いて自分に喝を入れる。
ピロン。──また通知だ。
絆創膏も貼らずにスマホを開く。
今度こそ、彼からだ!
嬉しさと安堵が一気に押し寄せた。
けれど届いたのは、
「今週はちょっと厳しい…」という、素っ気ないメッセージだった。
思わず肩が落ちる。
コンロの火を止めて、エプロンのリボンをほどいた。
もう現実逃避する必要なんてない。
ソファにドカンと横になって、天井を見つめる。
──別に、今週会えるなんて思ってなかった。
彼は今週末から9日間の旅行に行くって分かってたし、次会うとしたらその後だってことも、ちゃんと分かってた。
でも、期待してた言葉とは違っていて、どうしようもない気持ちになってしまった。
瞬きをすると、あくびの涙か、落ち込みの涙か分からない水が頬を伝う。
“次”はちゃんと来るのかな。
それとも、あの1回が始まりで、もう終わっていたのかもしれない。
そもそも──
いくら毎日メッセージしてたって、1ヶ月に1回しか会ってくれない人と付き合って、私は楽しいのかな。
ふっ、と自分に呆れて笑いがこみ上げてくる。
もしかして既婚者なのかな。他にも女の子がいるのかな。
悪い想像ばかりが浮かんでは、脳をかき乱してくる。
次に会えたら、私はきっと身体の関係をもってしまう。
断れない、いや、たぶん断りたくもない。
その時だけでいいから、彼に私だけを見ていてほしい。
きっと彼の未来に私はいない。でも──
今だけは「彼は私の彼」だと、錯覚させてほしい。
無意識のうちに、どんどん彼にのめり込んでいく。
私は、あなたが思うより、ずっと思ってるよ。
でもそんなこと、きっと彼は知らない。──知らなくていい。
彼との永遠なんていらない。
それでも今だけは、私を忘れないで。
次の約束は、まだ決まっていない。
今だけは彼といたいです。
あわよくば彼の未来にも存在できたら嬉しくて泣きます。