28 胸の内では言い放題な私
キリアンが来てくれた。
それだけでホッとしてしまう自分の弱さに、情けなくなってくる。
彼がこれまで私のことを〝婚約者〟として扱いながら、貴族家の〝ご令嬢〟としてしか扱わなかったのは……きっと、こういう部分が、足りないからなんだろうなって今の私には理解できていた。
それはきっとすぐにはどうにもできないことで、私も結婚して彼の妻になってから市井に下りて暮らし、家庭教師をしながら自分で稼ぎ、家政を切り盛りして学び、擦り合わせていく。
時間が、とてもかかることに違いない。
それができて初めて彼にとって『対等のパートナー』になれるんじゃないかなと思うと、途方もない話のようにすら思えてため息が出そうになる。
それをぐっと堪えてキリアンを見ると、彼は何故か一度座ったのにまたすぐ立ち上がったではないか。
「フィリア、済まないがすぐに店を変えてもいいだろうか」
「え?」
「連れて行きたいところがあって……遅れてしまったのに急かして申し訳ないんだが」
「いえ、大丈夫」
キリアンが薄く笑みを浮かべて、手を差し伸べてくれる姿に周囲から小さな声が上がる。
こんなところでも彼の人気っぷりを知って、そりゃあ嫉妬もされるわよねと自分でも思った。
でも、彼の行動は普段と違って、なんというか……わざとらしい?
そう思ったら彼の鋭い視線が奥まったテーブルにいる一団に向けられていることに気づいて、ああ、なるほど彼女たちに対して『自分は婚約者を大事にしている』ってアピールしているんだと理解した。
「ありがとうキリアン。楽しみだわ」
だから私もこれに乗っからなくては。
だって婚約者として求められている……なんだったかしら、露払い? であってるのかしら。
とにかく、私は堂々と振る舞って彼女たちがお呼びでないと態度で示さなくちゃ。
キリアンは少なくとも婚約者としての私のことを信頼してくれているはずなのだから。
だから私は〝お飾りなんかじゃない〟って顔で彼の手を取った。
彼は忙しかっただけだ。
私と同じだけの身分を手に入れるため、奔走して……それから私と向き合おうとしていただけ。
頭ではきちんとわかっている。
「ああ、ありがとうフィリア。愛しい貴女が喜んでくれるよう、努力する。……見捨てられないように」
あら、キリアンったら凄いことを言うのね!
思わず驚いて彼を見てしまったけれど、これもまた周囲の女性に対する牽制のためなのかしら?
だとしたらキリアンって実は演技派だったのかしら。
ふふっ、また新しい一面を知れて良かった。
(……こうして積み重ねていく関係ってのも、きっと悪くないもののはずだもの)
そうして積み上げるものがきっと私の胸の中にできた空虚を、きっと埋めてくれるに違いない。
私も周りを見る。
キリアンの言葉に、驚く人たちの目がこちらに向いていた。
それに対してちょっと複雑な気持ちが生まれたけれど、奥まった一団だけは鋭い目で私を睨み付けていて、それが逆におかしかった。
(そんなに私が妬ましいなら、キリアンに声をかけていれば良かったのよ)
私の家よりも高い身分の女性たち。
彼女たちの家からすれば、当時騎士爵を得る可能性のある若者程度では令嬢たちの婚約者候補として相応しくなかったのかもしれない。
だけど、本当に彼が恋しくてたまらなかったのなら、まず願えば良かったのだ。
そうしたら彼女たちは失恋に苦しむこともなかっただろうし、私だって失恋しなくてよかったのだから。
まあ、なんにせよ言っても仕方のない話。




