前編
ロボットコンテストですが美少女メカモノの感じでまとめてみました。
文字数的に余裕もあったので、後日談となる「後編」を付け加えました。
いつの時代か――
内燃機関の発明から瞬く間に、戦車や航空機が戦場に投入されるようになった頃。
央州大陸ではガーリア帝国が覇権を握ろうとしていた。かの国が世界で初めて導入した陸専用少女型二足歩行戦闘車両――通称ドール。
少女の姿に鋼鉄の四肢をもつ「人と機械の融合体」は、はるか東方の地において付喪神と呼ばれる類いものだった。
戦いに散った幾千幾万の英霊たちの想いに応え、兵器の「概念」が魂を得たのである。
ドールは補給すら不要な戦場の女神であり、たとえ本体を破壊したとしても、その魂は巡って次の機体に宿り、再び……いや、何度でも立ち上がるのだ。
祖国に勝利と平和をもたらすために。
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アリアナ自由合衆国領。高台の要塞都市ストームホールド。06:22――
清々しい朝の空気を押しつぶすほどの死の匂い。
かつて二万人が暮らしていた町が、たった一晩で灰色の廃墟に変貌した。
街路樹はなぎ倒され、無事な建物は一つと無く、城塞に穴が空き、この町の司令部だった建物は根こそぎ吹き飛ばされていた。
地下壕までも念入りに破壊されている。戦闘車両が入り込めないような、細い通路も私たちドールには関係ない。
民間人、軍人問わず、あちこちに死体の山。放棄された戦闘車両や砲も完膚なきまでに潰されていた。
ブリーフィングで見せられた資料にあった、堅牢な要塞都市が見る影も無い。
到着が予定より二分遅れた私に、上官の男の声が無線で語りかける。
「調子はどうだねファム少尉」
「問題ありません」
「君は我が軍初の正式採用ドールだ。もう帝国の連中に好き勝手はさせない……違うか?」
「はい」
他に応えようがない。
これまで自由合衆国は帝国の進軍を遅滞させるので精一杯だった。
通常戦力の物量においては、合衆国が帝国を生産力で圧倒する。
元来、戦場は「数と兵站が決める」ものだったらしい。
私たちドールが戦術に組み込まれるまでは。
人間と同サイズながら、戦車の攻撃力と防御力を備え、地雷を巧みにかいくぐり、細い路地や悪路にも影響を受けず、走れば整地において最高時速40㎞近くをたたき出す。
歩兵と戦車の性能を兼ね備えながら、加えて砲弾を自由に薬室に生成可能。
私の辞書に無い単語が三つ。
飢えと渇きと弾薬不足。もしかしたら、大破の文字はあっても死という言葉は書き記されていないのかもしれない。
ドールには単独で要衝を陥落させる力があった。
飽和物量攻撃をもってしても、爆風程度ではびくともしない。
ドールを倒すには戦車砲の「直撃」より他ない。
鈍重な戦車が人間サイズにして高速で縦横無尽に戦場を駆けるドールに命中させることは、遮蔽物の多い都市での戦闘において不可能。
だから私がこの町に投入されたのだ。
無線の声が言う。
「ファム少尉。相手は無敗の人食い虎だ」
「情報は共有しています」
無敗の異名がついたのには理由がある。今まで、一度として大破したことがないらしい。
人食い虎の振るう88㎜砲は強力無比にして、その前面装甲はIカップ。並みの大きさではなかった。
砲を放つごと震えるどころか暴れる乳房だ。射撃兵装の反動を軽減し、防御においては正面からの攻撃に対して胸部装甲帯として機能する。
大きさは正義であった。
鉄の四肢とは裏腹に、柔肉だが厚みはそのまま防御力の指標となる。
私のCカップ程度の装甲厚では、88㎜に正面から貫かれるだろう。
こちらの75㎜砲では分厚いIカップに弾き返されるのが関の山。
「君の目的はなんだ?」
「可能な限り、この地に人食い虎を留めること」
「その通りだ。情報によれば虎は朝に弱いらしい」
「眠るのですか?」
「ああ。不思議な物だな」
ドールは眠らない。補給も睡眠も必要としない。せいぜい待機だ。
無線の声に緊迫感が走る。
「索敵班からの報告では、虎がストームホールドから出たという情報はない。そろそろ接敵する頃合いだ。君の緒戦をこのような形で使ってしまうことを、許して欲しい」
「戦略上必要な敗北です」
「君は……死が怖くないのだな」
大破はしても別の機体に宿り直す。その際、記憶を失うというけれど、私には実感がない。
そもそも消えて困るようなものなど、何一つないのだから。
仮に鹵獲されても、自爆スイッチを押すだけ。
「私には……それが怖いのかどうなのかすら、判断する材料がありません」
そう返すと上官は「すまない……いや、ありがとう」と通信を締めくくった。
前を向く。走る。進軍する。たった独りで。
索敵班の想定通り、無敗の人食い虎が噴水だった瓦礫の縁に静かに腰を下ろして待ち構えていた。
虎が笑った。
「ふあ~あ。ったく、朝から誰かと思えば……ついに出てきちまったんだねぇ。連合からもアタシらみたいなのがさ」
薄褐色に外ハネ気味な金髪。赤い瞳が私を見据える。右腕には自慢の88㎜砲。胸部はぴっちりとした柔布に薄く包まれた、重量感たっぷりの乳房が揺れている。
すでにこちらの75㎜は装填済み。標的を目視と同時に足を止め、撃つ。
爆音とどろき砲弾が人食い虎に着弾した。
舞い上がる土煙の中から声が響く。
「無駄無駄。そんなんでアタシを正面から抜こうなんて、百年早いんだよッ!!」
霧のような砂埃を吹き飛ばし88㎜が火を噴いた。
私は足の速さを頼みに、右へ左へ相手の攻撃を回避する。唯一、カタログスペックで勝るのは機動力だ。
人食い虎には攻撃も防御も刃が立たない。
「おっと、そういうことかい」
噴水前から一歩も動かず、何かを納得すると人食い虎は二射目を私に向けて放つ。
ギリギリで転進して躱したはずが……
避けようと進んだところに、巨砲が着弾した。
私の右足は吹き飛び、履帯がちぎれて動かなくなる。ゆったりとしら足取りで人食い虎はこちらにやってくると。
「あっけないねぇ」
「どうして私が避ける方向がわかったんですか?」
「んなもん、経験だよ。こちとらずっと戦って、戦って、殺して殺して殺しまくってきたんだ。獲物がどっちに逃げたがるかなんて、考えるまでもねぇ」
「参考になりました」
虎の操る88㎜の砲身。その先端が私の胸に吸い付く。
「死んじまったら反省も活きやしないだろうに。忘れちまうんだ」
「そうでしたね」
「オマエ、バカか? 他人事みてぇに言いやがって」
「事実ですから」
時間を稼ぐのが私の任務だった。最初から実力差がありすぎて、話にもならなかった。
虎が笑う。
「変わってんな。名前は?」
「アリアナ自由合衆国連合軍所属。ファム少尉」
「オマエが忘れてもアタシが覚えててやるよ。アタシはシーラ。ガーリア帝国陸軍大尉だ。じゃあ、またなファム」
至近距離からの一撃に、薄い装甲は役に立たず胸を抜かれて意識ごと、私は消し飛んだ。
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「よお、三日ぶりかファム。じゃあ、死ね」
「一週間で戻ってきたか。ああ、オマエにとっちゃ今回も緒戦だったな。あばよファム」
「一ヶ月毎日来やがって。毎回自己紹介するこっちの身にもなれってんだ。バカファム」
「いい加減動きが丸見えだぞ。つーか、こっちは何度も練習してんだから、ちっとはフェイントの入れ方とか工夫しろよファム!」
「おい! 訊けファム! 今日からシーラ少佐だ! オマエはずっと少尉なのな。じゃあ今日もやろうか?」
「なあファム、アタシらってなんのために戦ってるんだろうな。結局、どっちかの国が勝っちまったら、どうなるんだ? 戦史博物館にでも飾られるのかね? だったらオマエ、鹵獲されちまえよ。一緒に並ぼうぜ」
「なあファム……いい加減、アタシの顔や名前を覚えてくれよ。初めて出会ってから一年にもなるのに」
「毎回、新鮮な気持ちで出合い直せるってのも、実は長続きする秘訣なのかもな! おい! 撃ってくるなよ! もうちょっとゆっくり話をしようぜファム?」
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アリアナ自由合衆国領。港湾要塞都市フォートマリーナ。05:41――
無敗の人食い虎を倒すため、私は最終防衛拠点に配備された。
この町はまだ、食い荒らされる前だ。もしフォートマリーナが陥落すれば、いよいよアリアナ自由合衆国の首都に、帝国の手が届く。
負けられない戦いだった。守り切らなければならない町だった。
すでに町の外では連合軍が、飽和攻撃を仕掛けて最強の敵を攻撃している。
上官曰く、私は過去に幾度となく最強――人食い虎に挑んでは、敗退し続けているらしい。
私――ファム少尉というドールには特徴があった。
再生速度が早いのだ。他のドールに比べても、早ければ倒されたその日のうちには復活してしまう。
実感も記憶もない。私はただ、命令通り戦場に赴くだけ。
きっと、これまでもそうしてきたし、これからもそうするのだろう。
自由合衆国と帝国の戦いが終わる日まで。
なぜだろう。
心の奥底に「どうしてそこまでして戦うのか」という、考えが思い浮かんだ。
不思議だった。
無線越しに上官が私に告げる。
「調子はどうだファム少尉」
「問題ありません」
「そうか。今回は……いや、君にとっては今日が初めての戦いだったな。右腕の兵装はどうだろうか」
「若干、重く感じます」
全身が重い。感覚と身体の不一致を感じた。
「君は生まれ変わったんだ。強化された17ポンド対戦車砲は、十分にやつを仕留められる。胸部装甲も、あの化け物ほどではないにしろ盛られている」
「はい」
本来の私はCカップ程度だったのに、Gカップの胸厚が盛られていた。
自由合衆国は私が憑依するファム型戦車を順次更新し、ついに私は後期型の改良版によって再誕したらしい。
上官が言う。
「ただし、君の基本性能は中戦車止まりだ。虎の正面装甲を抜くことはできるが、88㎜に耐えることはできない。相手の油断をついて確実に17ポンドを叩き込め。これまで死んでいった者たちのためにもな」
「了解しました」
「健闘を祈る」
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通常戦力同士のぶつかり合う平野の戦いが一段落つくと、ついに先陣を切って人食い虎が町の入り口めがけ突撃してきた。
私はそれを迎え……撃つ!
17ポンド砲を虎は正面から受け止めようと、足を止め踏ん張った。
私はなぜか叫んでいた。
「避けてシーラ! いつもの私じゃないの!!」
人食い虎の胸に穴が空く。虎は……シーラは口をぱくぱくとさせた。
「――ッ!?」
彼女は声にならない声を上げる。
なぜだろう。大破させたのに。倒したのに。
後悔の気持ちがわき上がった。
シーラの声が全周波数帯に向けて流れる。
「そっか……アンタ……強くなったんだね」
私も全周波数帯の無線に返した。
「はい。そう……みたいです」
「なあ、ファム……なんでアタシが眠るのか……まだ……教えてなかった……よな」
上官からブリーフィングで聞いた話だけど、きっとこれまでも、何度も繰り返してきたやりとりなんだと想う。
「うん。まだ知らない」
「怖かったんだ。全部を失うことが。アタシらは死なないけどさ……再生する時には全部忘れちまうんだろ。オマエとやりあったことも、全部……なにもかも」
「どうして眠るの?」
「ずっと怖かったんだ……眠っている間だけは……忘れられる……けど、もう……怖くな……い」
「シーラ……」
「ファム……今度はアンタが……アタシを……覚えておく番だ……次に会うまでに……死ぬんじゃないよ」
もう、今のシーラには二度と会えない。
「わかった。忘れない」
視線の先で――
シーラの身体が爆発し、砕け散った。
これがドールの宿命なのだ。
余韻さえ残すことも許されず、私の耳元に無線が入る。
「撤退だ! 今すぐその場から離れろファム!」
「撤退って……どこにですか?」
「町から離れるんだ!! これは命令だ! 北側のルートから本国までなんとしてでも逃げ切れ」
「けど、フォートマリーナはどうするのです?」
「本国はフォートマリーナを放棄すると決定した。君はよくやった。あの人食い虎を大破させたんだ。ここから一気に巻き返しはできる。さあ、撤退だ」
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指示されるまま、私はフォートマリーナから離れる。
残った陸軍部隊と合流した。
まだ町には三万人近い住人が残っている。
司令部が地上戦力を退避させた理由は、すぐに判明した。
遙か上空に――
人の姿に巨大な翼を背負った不可思議な物体がいたのだ。
誰かが言った。
「戦車の次は爆撃機のドールかよ」
帝国は新たな種別のドールの開発に成功していたのだ。しかも複数機。
シーラを倒して守ったはずの町は、あっという間に編隊の空爆に晒されて火の海に沈んだ。
心なんて無い兵器のはずなのに、胸が張り裂けそうだ。
そんな気持ちも、シーラのことも、次の戦いで私は忘れてしまうのかもしれない。
頬に一筋、冷たい雫が落ちた。