謀反を起こしたら贈り物ぜめでもう置くところがない
謀反を起こして、その後死ぬつもりで終活していた令嬢が、
なぜか、新皇帝に寵愛される話です。
世は不可解。
新しい皇帝が即位して、宮廷も後宮も一新した。
というか、一新したていを取り繕った。同じ城だし、同じ建物だし、皇帝がかぶる宝冠も錫杖も同じはずである。
実際のところ変わったのは皇帝の名前くらいで、大臣の首がいくつかすげかわった、んだかどうかもよくわからない。
なにせ、外に出る機会がない。なぜなら、わたしはいちおう謀反を起こし前皇帝の治世を終わらせた張本人なので、まだ命を狙われる恐れがあるといって、皇帝が外に出してくれないのだ。
「いや、こっちは死ぬ気だったから、そんなに気にしなくても」
わたしは何度も新皇帝に申し入れたが、かのお人は頑として聞き入れてくれなかった。
結果私はここに閉じ込められ、毎日運び込まれる贈り物や褒美(褒美ってなんだ??謀反を起こしたのに??)の量にうんざりしている。
わたしの退屈すぎる余生はこのようにしてはじまった。
「あーー、もう、ひま、ひま!」
わたしの住んでいる場所は王宮の奥の奥、たったひとつの鉄の扉に到達するのに何度も回廊をうねうねとまわらなければならない大河の中にぽつんとある中州のような宮だ。
かつて百年ほど前の異民族の王朝の王が人質同然にさらってきた王女を閉じ込めたと言われる場所で、ここだけ異文化というか、変わっているというか、ぶっちゃけ夜になると王女の霊が故郷に帰りたいと泣いてでるとかいわれているいわくつきの場所なのだった。
かれこれわたしはここに滞在して半月ほどたったが、いまだに王女のおばけには出会えていない。
「あーー、ほんと、ひますぎて死ぬ」
わたしが王女なら、死んで自由になったのにこんな場所にとじこもっていなどしない。
さっさと生まれ変わっていまごろバザールで買い物を謳歌するか、レモンのアイスクリームを頭がきんきんに痛むまで食べるかしている。
(ひますぎて、アイス食べたくなってきた)
死ぬつもりですべての財産を処分し、縁も切ったわたしだったが、意外なことに生きてるので腹は減る。
さらに、ここ数年は謀反を起こすことだけしか頭になく、すべての行動や生きる意味は謀反を成功し皇帝を殺し、王朝をぶっつぶすことに集中していたため、いざその本懐をとげてしまうと、わたしの人生にはなにも残らなかった。
もともと趣味はない。
弦をはじいて音楽をたしなんだり風雅さをよしとする感性は死んでいる。
絵は描くが、それはすべて計画を実行するため。主に似顔絵を書いて人を操るためにのみ磨かれたスキルであり、風景画を描いて気分がはれるなどといったよろしい趣味はない。
詩はそらんじない。
あれは韻をふみ字数をそろえて愛の恋だのを表現するパズルゲームだと思っているので。
いつだったか謀反を起こすために詩会に出入りし詩をいくつか作らざるを得ない状況に陥ったことはあるが、すべてわたしの作品は見事なまでにすべてがパクリであった。人間はすぐ忘れる生き物なので幸いパクリで炎上したことはない。
まあ、もっと派手な国家を炎上をさせてここにいるわけだけれど……
(うう、こんなことならもうちょっと考えて謀反を起こすべきだったかも)
「ああ、アイスぅ」
朝風呂ですっきりするかと思いきや、もやもやを抱えた心を持て余してそのへんに転がっていると、
「お嬢様、お嬢様、大変ですーー!」
また大変が聞こえてきた。時報より頻繁に聞いているきがする。どうでもいい。
「お召し替え、いや、なにか着ていらっしゃいますか!まさかまだガウン一枚で」
「いるよぉ、だってめんどうくさいもの」
どうせだれも来ない宮廷の奥の奥、化粧したり着飾っても無駄である。どういうわけだかここには鳥も来ない。庭の木が少なくて石でおおわれているせいかもしれない。
「だめです、急いでなにか着てください!」
「えー、なんでよ」
まだ濡れた髪のまま、どうせほっといたら乾くと櫛もいれずにふかふかの絨毯の上に転がって泡の出る水を飲んでいたわたしは、
「おや、今日はずいぶんご機嫌ですね。聖女聖下」
「ひっ」
急に視界に現れた男の顔に、思い切り顔をひきつらせた。
「お、おまちを。どうかお待ちを、こ、皇帝陛下ーーーーーー!!」
侍女たちの悲鳴が朝から住人の少ない後宮にこだまする。
(出た)
諸悪の根源。
わたしをここに閉じ込め、救国の聖女になれといってはばからないずうずうしい男。
タリスマニア帝国第43王朝9代皇帝、に、つい一週間前になった男。
私が殺した皇帝の甥で、生まれたときからここに閉じ込められてきた不運な男。
そして、なぜだか叔父を殺した私を聖女と呼んであがめ始めた男。
「……なにしにいらっしゃったのですか、皇帝陛下」
「なにって聖女のご加護を得に」
わたしは、そうして気楽な朝のごろごろタイムすら、この迷惑な男のために奪われたのだった。
「朝議の時間でしょう。いいから早く帰ってくださいませ」
「では、遠慮なくご加護を得ますね」
言うがはやいか、わたしの足下に跪き、まだちょっと塗れている素足をもちあげ、そっとその甲に口づける。
もう何度目だろう、このなんか変態的なよくわからない儀式は。
「ああ、これで加護を得られた。今日もためらいなく汚職大臣たちの首をとばしてこられます」
「……あなたが処刑命令を出すのと、わたしの足とはなんの因果関係もないはずですけど」
「そんなことはない。だってあなたは救国の聖女ですから」
皇帝になったばかりの男は、分厚い貂の毛皮で作られた上着をそっとぬぐと、ねそべったまま一瞥もしないわたしにふわっとかぶせた。
「朝寝がきもちいいのは同感だが、風邪を引きますよ」
「…………」
鼻歌まじりに機嫌良く部屋を去った男のあとには、入れ違いにまたもや大きな長持ちが運び込まれた。
「お嬢様、な、な、なんと、ながもちいっぱいの毛皮が!お嬢様のお風呂上がりのためにと、皇帝陛下が」
「……置いておいて」
「もう置く場所がございません!」
「売ろうかな」
なにしろ謀反を起こしたらすぐ殺される予定だった(n回目)ので、財産というか手持ちの金がゼロもいいところなのである。
(皇帝の服ってどれくらいで売れるんだろう)
「た、たいへんです、お嬢様、お嬢様ーー!」
もはやその呼びかけには粒ほどの大変さを感じていないわたしだったが、続いた言葉はいままでにない新鮮な驚きに満ちていた。
「お嬢様にお目もじ願いたいと、お客様がいらしておいでで」
「えっ、客?? わたしに?? だれ!?」
なんと、謀反を起こすために絶縁していた親戚が、やってきた。