第八十五話 トリックおあトリート?
「なんですかこれ」
「…………ひ、必然ンんんんんんん゛」
わたしは正座しながら真っ白い服を着て長髪のウィッグを被った影の姿を見て、優愛たちの前で捧腹絶倒していた。
周りの人たち(凛夕優愛夜西)が口を手で押さえながら爆笑を押さえている中、わたしだけは台パン(床)しながら転げまわり、チラッと影の顔を見上げては「…………なんですか」と返されるのがツボ過ぎてやばい。語彙がなくなるくらいやばい。
何があったのかは、今日の昼から振り返ることとしよう。
ーーお昼ーー
「今日って何日だっけ」
お昼を食べ終わった私は影の部屋でいつものようにベッドの上でスマホをいじりながらそう聞いた。
「10月31だっけか」
「そう」
私は足を組みなおして影のほうを見た。
「もう学校に来なくなって一週間ほど経つけど?」
「…………言わんとすることがわかるのなんかやだな」
私は組んだ足の上で頬杖をついた。
「ホントに学校来ないの?」
「行かん。というか嫌でも三年から行くんだし」
ここまで断言されてしまうと居心地が悪くなってしまう。
この人は卒業をどのように思っているのだろう。
「卒業するなら勉強しなきゃじゃない?」
「赤点とっても補習受ければいいんです。余裕です」
「駄目な方に思考が行ってる…………」
今更ながら、この人何なら当主とかになって勉強した方がいいのでは?なんて思えてきてしまった。よく考えたら影はずぼらではないが意外と人間として、社会の歯車としてどこか厳しい感じがある。
「ニート…………」
「今何か言ったか?」
「何でも」
私は焦ってスマホの画面をつけた。決してニートの人に対してマイナスの感情を持っているわけではないのだけれど。
するとそこには見慣れて、というか見飽きたアイコンからのラインが来ていた。もう動かないと思っていたあのグループラインが早速動いている。
内容は…………
「ねえ影」
「何?」
「ちょっと付き合って」
わたしは半ば無理やり影の腕を引っ張りなんだかんだ初めて一緒に外に出た。
ーーーーー
「ちょ、あの、どこに行く気なんです?」
外に出て森を抜け、しばらく歩いてから影がやっとそう聞いてきた。
わたしは影の腕をつかんで引っ張り、若干早歩きで進んでいた。
「いいからいいから」
「いや、そういうんじゃなくて…………」
わたしはそれ以上喋らせないように腕を勢いよく引っ張て体制を少しだけ崩させた。
影は少しこけかけた後、持ち前の体幹で何とかして、素直に黙ってくれた。
ちょっとつまらない。
ーーーーー
「あの、これ買うんですか」
「そう、買って」
店に立ち寄ってからわたしは速攻で選んだウィッグと長くて大きめの真っ白なワンピースを影の胸あたりに差し出して、無理やり手に渡して買わせた。
影は戸惑いはあれどレジに並んでくれた。
ーーーーー
まもなくしてわたしたちは例の豪邸に到着した。
「何ですこれ」
影は驚きつつも冷静にわたしに尋ねた。
目の前には館のような大豪邸。柵の向こうに見える中庭は以上に広く、確か向こうにはバラ園もあったはずだ。
壁に沿って植えてある植物は煌びやかで、木もしっかり整備されていて、向こうの人影はおそらく庭師だ。
そんなthe金持ちなその家の持ち主は。
「葉菜ちゃーん!!」
まだ開いていない柵をオリンピック選手顔負けの跳躍力で飛び越しわたしに向かって、腕を大の字にして落ちてくる、優愛だ。
「…………」
わたしはサッと一歩引いて優愛の落下地点からズレた。
すると優愛は「あれ、うわあぁぁぁ!」と叫びながら空中でジタバタしながらも地面に顔面から突っ込んだ。
「いだーい!!」
半泣きで叫ぶ姿は駄々を捏ねる子供のそれだ。
「なんで避けたのさぁ」
「あれだとわたしの方が死ぬからだよ…………」
普通。数十キロの物体が落ちて来たら、避けようと努力する物だ。だというのに地面で足を崩して座りなぜか頬を膨らませている優愛に、わたしは若干の恐怖を覚えるのだが。
「何してんだお前ら」
後ろからそんな声が聞こえて振り返ると、凛と夜西さんが立っていた。
夜西さんはいつも通り顔の表情筋が死んでいるが、凛は一歩後ろに引いて顔を引き攣らせていた。
「通常運転じゃない?」
そう、まるで当たり前化のように優愛が言うのは、極めて場違いであって、その場の夜西さんを除く全員がため息をついた。
凛の後ろからひょこっと顔を出した夕君は飼い慣らされてる小動物感が漂っている。
徐に柵の門が開き、奥にいた東さんがわたしたちを招き入れてくれた。
ーー今ーー
でこう言う状況な訳。
「もうちょいちゃんと言ってください。なんもわかりません自分も含めて」
「今心読んだ!?」
心の中の回想だったと言うのに、なぜそんな的確なツッコミが来るのだろうか。
「その、つまり」
「私が!修学旅行のグループラインに『ハ〜ロウィンparty!!開催!!場所は…………』って送ったのです!
そしたら意外と皆来てくれる感じだったけど満月君にだけ連絡できなくて…………」
「偶然道端で会ったわたしが、ここに連れてきたというね」
ここで、自分でもかなりこじつけの理由だなと自覚したが、仕方ないし優愛は特に疑いの目を向けていないので、まあいいだろう。
「それでなんでこんな格好させられてるんでしょうか自分は」
先も言った通り、影はウィッグと真っ白のワンピースに身を包んでいる。もちろんそんな高い物じゃない。なんならセールで安売りだった。
なんの格好かはご存知の通りである。
「ハロウィンだよ?仮装ぐらいさせるでしょ」
「そんな当たり前みたいに言われましても…………
これ貞子じゃないですよね?」
「それ以外に何があるのか聞きたいな!」
優愛が明るい声とは裏腹に、影に高圧的に有無を言わせぬようそう言った。腹黒だ。
影も押し黙ってしまい、少し沈黙。
「それと…………」
優愛は影の顔から目線を外して周りを見渡した。
全員言い出した優愛のことを見て不思議そうな目を向けている。
「なんでみんな突っ立ってるの?」
そう、首をかしげて満面の笑みで笑いかけてくる優愛と後ろに気づいたらいた東さんと、その手にある何着科の服を見て、みんな目が恐怖に変わった。
優愛の性格を全員失念していたのだろうか。
これはハロウィンパーティーである。
優愛にあの思惑がないわけなかろう。
ーーーーー
というわけで、優愛は早速今回のハロウィンパーティーについて説明を始めた。
「まずぅ、ここにいる全員分のコスプレ衣装を私と東で選びました!
それをあちらの試着室で来ていただきます!」
優愛はリビングから出た廊下の先の部屋を指さした。部屋の前には東さんがいて「こちらです」と言わんばかりに手の先を部屋に向けている。
みんなの様子は、なんというかツッコミどころが多すぎて追いつけていない。
「…………まず、わたしたちコスプレなんてしようと思ってないんだけど」
「さっき言ってたよね?『ハロウィンだよ?仮装くらいさせるでしょ』」
記憶しているとも全部。だから言い訳ができずわたしは何も言えなかった。
「それとよく自分の前でコスプレしたくないなんて言えましたね」
影にも釘を刺されて悟った。今日は無理だと。
優愛だけのわがままならまだ何とかなろう。
だが今わたしは反論の手立てを失い、優愛の側に影が寄っている。
「満月君もコスプレすべきだと思うよね?」
「報いは受けるべきです。笑うのならば笑われる覚悟を持つべし」
「だよねーー!!」
影も優愛みたいなタイプには慣れているからか悪ノリをうまいこと手玉に取っている。というかいつの間にか二人とも仲良くなってる?
ふと後ろを見ると、凜がすごくワクワクしていて隣にいる夕君が口を開けて呆けていた。夜西さんはいつも通りのポーカーフェイスだ。
つまり。優愛影凛がコス賛成で、葉菜夕が反対。夜西さんが中立。
圧倒的!圧倒的、不利である。
「んふふ。じゃ!説明再開!」
そう言って優愛はクルクル回って後ろにいつの間にか用意されたステージを指さした。背景にこの昼間に似つかわしくないハロウィンらしいかぼちゃやら幽霊やらのイラストが描かれた紫色のパネルがあって、そこには小高い台があってなんだかテレビみたいだ。
「ここでみんなコスプレを見せて!東とその知り合いの明さんが!激写していくというものになっております!」
「「待て待て待て待て」」
影と声が被ったわたしはなんだか高そうで重そうなカメラを構える仮面をかぶった明さんのもとに行った。
「なんでここに…………」
「仮面をつけているので大丈夫です。それよりも早く着替えてきてください」
明さんは、かなりの早口でしかもちょっと期待の籠った声色で囃し立て、私達の肩に手を置きくるっと回して背中を押した。
咄嗟に足を前に出してとどまり、顔を上げると、そこにはもう誰もいなかった。
いたのは満面の狂気の笑みをした優愛と相変わらずな東さんだった。
「えっと…………」
「葉菜ちゃんはこっちね!!」
わたしは一歩下がろうとしたが、東さんに手頸を掴まれてそのまま引きずれてしまった。
「満月君はそのままでいいよ!!」
優愛は部屋に入る前に置いてけぼりになっている影に大声で叫んでから部屋の扉を勢いよく閉めた。
ーーーーー
仮装ナンバー1「満月影」
テーマ:貞子
影はそんなアナウンスとともに、どこから来たのかわからないスポットライトになぜか暗い部屋の中で照らされ、指定されたであろうポーズをとった。
長い前髪で顔が見えない、のはいつものことだ。今日はさらに前髪が長く恐らく腹の前あたりまであり、おまけに後ろ髪も腰ほどまである。わざと髪が少し乱されており怖さが増している。着ていた白のワンピースもいつの間にか少し調節が施されており、もともとスタイルのいい影にはよく似合っているとも言えた。ポーズは言うまでもなく、台の前にテレビの枠のようなものがくくられており、いつ作ったのかわからない井戸の中からこちらに手を伸ばしている。かなり役者魂が光っているように見える。
「あの…………助けてくれませんか」
どうやら手を伸ばしていたのは助けを求めていたからのようで、舞台袖にいる我々は反応を示さず唯一カメラマン以外で観客として座っていた優愛は「いやだ!」ときっぱり切って捨てた。
因みに、助けてほしいのは恐らく、様々な角度からカメラを向けられて連射される(主に明さん)その地獄のような状況にだろう。
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仮装ナンバー2「夜西凪」
テーマ:魔法使い
影は壇上から降りて優愛の隣に座り、また暗転して、例のアナウンスとともに夜西さんがステージに上がり照らされた。
仮装は魔法使い。あまり背の高くない夜西さんは少し見習い感が出るが、顔の整っている感じや髪の藍色がそれを感じさせなかった。は魔頭は法使い、至っては魔女が被っていそうな大きく黒い帽子を深くかぶっていて、その先にはビー玉のようなものが付いている。服は全体的に黒く可愛らしく、後ろにはコルセットのような紐があり締められていて、胸あたりは、少し胸元が露出していて大きくはないけどわたしよか?まあ?ちょっと大きいかなってくらいの?胸が出ているかもしれない。そこから連なるスカートの端と袖の先は黒から一転白くなっている。細かい飾りつけが随所にみられて、東さんがしつけたのがよくわかるし、付いている星やカボチャのアクセとかは優愛が提案したのだろう。ポーズは、後ろのパネルがいつの間にか空からの風景になっていて、夜西さんが吊るされた箒にまたがって客席側を見ている。横顔もいいけれどやはりまあ顔のまま横を向いてもそれはそれで映える。
「そろそろ体制がきついのだが…………」
どうやら放棄にまたがっているように見せているだけで、実は足が限界らしい。
すると、相変わらず激写の明さんは夜西さんの体が心配になったらしく、すぐに夜西さんを下ろして椅子を用意して椅子まで運んで舞台を片付けた。目にもとまらぬ速さで、多分十秒もしてない。
ーーーーー
仮装ナンバー3「夕凛」
テーマ:ドラキュラと少年
観客席に夜西さんも迎えて三回目。照らされたのは何と二人だった。
優愛曰く。「そっちの方が面白い!」との事だった。
凛はドラキュラの仮装で、襟の立った内側の生地が赤く、外は黒一色のマントをかぶり、胸元で紫色のスカーフによって縛られている。中には紳士のようなスーツを着込んでいて、かっこいい。どうやってつけたのかはよくわからない八重歯もかっこよさと可愛さもある。なぜなら若干八重歯にカメラが向くと少し恥ずかしがっているからだ。
夕君は少年、らしい。格好は洋画で見るハロウィンではしゃぐ小学生のようで、黒いのだが、かぼちゃの黄色が服の端々にあってフードの淵も黄色くなっていて、随分深くかぶっているが背景が黒いせいで顔が嫌でも目立つ。持っているかぼちゃの物入れもお菓子をもらいに来た少年っぽい。
二人のポーズは夕君が両手を出してお菓子を欲しがっているところに、凜がしゃがんでそれを聞きつつ、八重歯がむき出しになっているというなんとも怖い感じだった。が、二人とも照れが出過ぎていてちょっと和む。
「もう…………許してくれ」
「…………ほんとに」
二人とも、果てには目を合わせなくなってしまった。
わたしは予め影にスマホを渡して置いていて、おそらく今、この二人を取ってくれていることだろう。本人たちには言わないが、二人とも結構尊い。
ーーーーー
仮装ナンバー4「波島葉菜」
テーマ:黒猫
優愛曰く「文化祭の復活!」らしい。
あの時着たのは柄のあるものだったが、今回はかなり凛々しく鋭い感じの黒猫だ。着ぐるみ形式(上下の区別がなくそのまま履くタイプ)ではあるのだが、生地が薄く、スリムな見た目になっている。フードに付いた耳もふわふわというよりも本物に似ていて、鋭く尖っている。下を見ると嫌味のように足先まで服がまっすぐ伸びていて、何かを猛烈に壊したくなってきた。優愛に言われたポーズは横を見ながら鋭い目線と横顔をちょうだいとの事だった。おそらくはかっこいい刑を求めているのだろうと思い、わたしは片足に体重をかけて姿勢を少し崩し、顎を引き、少し薄めの眼で横をちらっと見る感じにした。いい加減恥ずかしい。
「は~~な~~ちゃ~~ん~~~!
こっち見て~~~!!!」
あ、あるジャンあそこに殴りやすいの。
わたしのことを撮り続ける優愛に対してわたしはそう思い、おもむろにステージを下りて優愛の目の前に立ち胸ぐらをつかんで微笑んだ。
「な、なんでしょうか…………」
「なんで一人だけ部屋着なの?」
優愛の後ろを見ると東さんが服を抱えて立っていた。
わたしはそのまま優愛を東さんのほうに突き飛ばした。
ぽふっと東さんの胸に優愛の頭が当たり、優愛が見上げると、そこにはゼロ距離東さんがいて、やる気満々なのが両手の服を少し上げているところから分かる。
「東さん。お願いします」
「はい」
「待って!ちょっと待って!」
「優愛。ハロウィンだよ?仮装くらいするでしょ」
「うぐ…………」
わたしとて優愛とは長い付き合いである。東さんをこちらに付けてしまえば勝ちだ。
というわけで優愛はそのまま東さんに連行されていった。
ーーーーー
仮装ナンバー5「四栁優愛」
テーマ:バニーガール
さて、最近のトレンドに疎い方のわたしだが、バニーガールは知っている。あれでしょ?コンセプトカフェ的なね。奴よね。
優愛の服はパッツパツの黒いビニールのようなもので、まなも戸が開いている、というよりも、結構がっつり出ている。なんか胸を支えているところだけ妙に尖っていて、肩には何もない。どうやってあの胸のあたりの服は支えられているのだろうか。下半身は全部タイツで覆われていて少し透けている。全体的に優愛のボディーラインがそのまま出ているので優愛はかなり恥ずかしそうだ。頭にはぴょんとうさ耳が付いていて、優愛の無邪気さによく似合っている。ポーズは銀色のお盆を右手の手のひらに乗せて、働いている風だ。
「見ちゃいけません」
「ん…………見えない」
わたしの隣では凛が夕君の眼を手でふさいでいた。親子みたい。
因みに影は後ろを見て頭を抱えている。
男子たちよ、すまん。
明さんもカメラを手放して外に出たようだ。
でも東さんだけは、先の明さん同様、激写に激写を重ねていた。
ーーーーー
そんなわけで終わった写真撮影会。
わたしたちは東さんと明さんが用意してくれたお茶菓子を食べて、夕方あたりまで喋った。
パンプキンパイやカワイイ幽霊の砂糖菓子など、季節もののスイーツが多かった。曰く作ったらしい。
途中。東さんは元々メイド姿だが、明さんは私服であることに違和感を持った何人かが、明さんに何かコスをさせようという話になった。
結果的には執事姿に落ち着き、行動と服装がずいぶんマッチした。
因みに夜西さんは顔を背けつつ何枚か写真を撮っていた。かわいい。
ーー影視点ーー
夕日が光り始めて、そろそろ帰ろうとなった。
明日はもうみんな学校なのだろう。学生というのは大変だ。
「影様」
玄関で靴を変えようとすると明が話しかけてきた。
「どした?」
「今日の夕飯はお任せしていただけませんか?」
明は私服ではあるが仮面をつけているので、その真剣な声色と雰囲気のギャップに、俺は若干苦笑しつつ「一回くらいはな」と返した。
明は少し背筋を伸ばして「ありがとうございます」と言って靴を履き替え始めた。
玄関を出て、俺たちはお見送りをしてくれている四栁さんのほうに振り返った。
「バ~いば~い」
四栁さんはそう言って大きく手を振ってきた。
俺と明と夕は深く頭を下げて、葉菜は「はいバイバイ」と淡泊に。水尾さんは「じゃあなー」とこれまた淡泊に返し、夜西さんは「また今度」とこれまたぶっきらぼうに返した。
そして俺たちは門を順番にくぐった。
俺はまあ最後なわけで、全員の背中を見つつ一歩敷地から出た。
すると、ふっと軽く、肩に何かが当たり、顔の横から声が聞こえた。
「葉菜ちゃんに変なことしないでね?」
俺は反射で振り返った。
すると二、三メートル先に四栁さんが後ろに手を組んで立っていた。
怖いくらいの笑顔で「じゃあね」と手を振られ、俺は小さく会釈してからその場を離れた。
いや。色々怖すぎるだろ。




