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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第一章 初桜(高二春編)
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間話第七.五話 絵を描く理由

「ただいまー」


 私、こと水尾 凛は葉菜と別れた後、マンションの三階にある我が家に帰ってきていた。


「お帰り、なさい」


 靴を脱ごうとすると、同居人?恋人?こと私の隣の席の青羽(あおばね) (ゆう)が奥のドアからひょっこりとそう答えた。たぶんエプロンを着ている。

 私は靴を脱いで上に上がった。


「ちゃんと靴そろえてね」


「…………わあってるよ」


 夕はそのまま奥のほうに行ってしまった。

 私はかがんで靴をそろえなおしてからリビングのほうに向かった。


「今日の夜ご飯何?」


 ドアを開けてリビングに入るのと同時にそう聞いた。


「パスタの麺が余ってたから、クリームパスタ、かな…………」


「やったぜ」


 そう言いながら私はソファの横にバッグを置いて、ソファにダイブした。


「ふう」


「手、洗ってないでしょ?」


「はいはい、洗えばいいんだろう?」


 私はゆっくり立ち上がって手洗い場に向かった。


 夕と私は高校に上がるのと同時に同棲を始めた。

 理由は、私の親の長期海外出張によるものだ。

 それを言われたのは中二の時で、すでに夕とは付き合っていた。

 私はどうしても、海外に行くことが嫌だった。物理的な距離は絶対に心理的にも影響するはずだし、海外でうまくやっていける自信もない。

 だから私はまず夕に、同棲の話を持ち出した。

 すると夕は、努力するよ、と言ってどうやって親を納得させるか考え始めた。

 まず私たちは親に付き合っていることを言っていなかったので、とりあえず言うことになった。

 そこからはびっくりするほど同棲の話が進んでいった。

 何かというと、私たちの親が昔馴染みらしく、私たちのことを許嫁的なものにでもしてしまおうかとも話していたらしい。

 今聞くと何ともとんでもない話だが、おかげで私たちは同棲できることになった。

 出張は私たちの高校進学とかぶっていたので時間もあり、マンションの一部屋まで用意してくれた。

 あの時の私は本当にうれしかった。

 そのあと、私たちは行きたい高校を決めて(偶然にも被ったという体のだが)、同棲が始まった。

 小学校六年の初め、私が夕に告ってからもう五年になる。

 大人たちがどれくらいで結婚まで至るのかは知らないが、今の私には夕から離れた生活がどうしても想像できない。


「お風呂沸いてるから、入りたいときに入っていいよー!」


 手を洗っていると、台所からそんな感じの声が聞こえてきた。


「わかったー!」


 私は濡れた手をタオルで拭いてもう一度リビングに向かった。


「夜ご飯あとどんくらいでできる?」


「さっき作り始めたばっかりだから、三十分くらいかな」


「じゃあ、先風呂入ってくるわ」


「うん」


 私は再び手洗い場のほうに戻って脱衣所に行った。

 羽織っているブレザーをハンガーにかけて、黒の靴下を洗濯機上の籠に投げ入れた。



ーー夕視点ーー



 僕の名前は、青羽 夕。

 彼女と同棲をしている最近不登校気味の低身長馬鹿者である。

 そんな僕は今、エプロンを着て袖をまくって、クリームパスタとサラダ、つまみの枝豆、ホウレンソウのお浸し、お味噌汁を作っている。

 凛は僕とは違って、学校にも行って、部活も行って、いつも帰ってくる頃には疲れ果てている。

 だから、できる限りのことを彼女にしてあげたい。

 僕にはできることが少ない。だからせめて、今だけは、彼女の家族のように。


「あ…………」


 ドレッシング、何味がいいか聞くの忘れていた。聞きに行こうかな。

 僕は切りの良いところでコンロの火を止めて、落ちてる服とかを回収しつつ風呂場に向かった。



ーー凛視点ーー



「ふう…………」


 私は体と髪を洗い終えて、ゆっくりと風呂に浸かっていた。


 今日の部活は少しばかし大変だった。

 新しい一年は、人数が多いのはいいが、いかんせん初心者が多い。

 三年の先輩と一緒に教えていても、いかんせん手が回りきらない。

 だっていうのに、本番前にして盗難事件でせっかくの時間が削られてしまったし。

 何より、吹部はただでさえ金のかかる部活だ。

 私の使っているホルンという楽器も、なんだかんだ七十万~百何十万ぐらいはどうしてもする。

 ゆえに人からの信頼による支援が必須なのだ。

 その信頼を失ったり、盗難事件が続くようなら部活に未来があるかも怪しい。

 ただでさえ多忙だというのに、こんな事件が起こったらこちらもお手上げだ。

 

「はあ…………ブクブク」


 私は口元をお湯の中に入れてブクブクと音を立てた。


「凛?」


 夕の声がドア越しに風呂場に響いた。

 私はばしゃんとお湯から肩を出した。


「あい、なんかあった?」


「サラダのドレッシング、和風と中華、どっちがいい?」


「和風で」


「は~い」


 夕はそういって脱衣所から出て行った。


 彼は本当に大人だ。

 考え方というか、生活力というか。

 もう付き合って五年くらい経つけど、夕にはかなわない。

 学校に行くいかないの問題じゃない。

 彼はちゃんと自分の道を進んでいたのだ。

 そう、進んでいたはずなんだ。


「よし」


 私はそういって風呂から出た。


ーーーーー


 モコモコの寝巻に着替えたり、ドライヤーかけたり、スキンケアしたりしてから、私は脱衣所からリビングに出てきた。


「凛。もう夜ご飯食べる?」


 テーブルにはもう夜ご飯が並んでいた。


「食べる」


 すると夕は椅子に座って、おひたしに醤油をかけたりし始めた。

 私も椅子について手を合わせた。


「いただきます」


「はーい。じゃあ僕もいただきます」


 そう言った夕はよく見るともうエプロンを脱いでいた。

 私はフォークを待って、パスタを一口食べた。


「美味い」


「よかった」


 夕はそう笑って、一口パスタを食べると、もうちょい粘りが…………とかつぶやいていた。


「今日はごめんな。せっかく迎えに来てくれたのに友達と話しちまって」


「全然気にしてないよ。凛が友達と楽しくやってるみたいでよかった」


「にしても、どうやって後ろから消えたんだ?」


「住宅街の裏路地に行ったんだよ。あそこ近道だしね。おかげで一本早い電車に乗れた」


「だから私よりも早く家についてたのか」


「うん」


 私は味噌汁を一口飲んだ。


「しょっぱくない?」


「丁度いいと思うぞ」


「そっか」


 私はそのあとも夕としゃべりつつ、夜ご飯を食べ進めた。


ーーーーー


「お前も髪伸びたよな」

 

 私は風呂から上がってきてソファで胡坐をかいている夕の髪を、くしでとかしていた。


「後ろ髪はそれなりに長くないと落ち着かないんだよね」


「顔も小せえからな、髪長いのも似合うよ」


「そうかな~」


 夕はそういって少し上を向いた。

 なんかこうしているとあんまり身長差があるせいで小動物みたいでかわいいな。


「今なんか失礼なこと考えた?」


「別に~?」


「ほんとに?」


「ほい、もういいぞ」


 私はそういってくしを動かす手を止めて、立ち上がろうとした。

 すると、夕が袖をつかんできた。


「いま、感じたこと、率直に」


「…………小動物みたいでかわいいなと」


「小動物もかわいいも余計だよっ!」


 そう言って夕は私のことをソファに引っ張り座らせて、こちょこちょしはじめた。


「ちょっ、あは、悪かったから、ごめんてえ、あはははははは!」


 私は夕に馬乗りになられながら、のたうち回っていた。

 少しすると私よりも夕の体力が尽きたようで、こちょこちょは終わった。


「ふう…………なあ夕。今日も一緒に寝るか」


「う、うん…………いいよ」


 夕は疲れ果てた様子で、息を切らしながらそう答えた。


ーーーーー


 歯磨きやら、明日の準備をした後、ベッドの上で夕が私の胡坐の中に入る形で座っていた。

 どうせすぐ寝るので枕横のランプだけ点けて、二人ともスマホをつついていた。


「なあ、夕」


「なに~?」


「ほんとにもう絵は描かないのか?」


「…………今、描く気はないよ」


 夕は明るめに声をとってそう答えた。


「なんで?」


「何回も言ってるでしょ?僕の絵は人を不幸にしたんだよ」


「…………」


 夕は小学生の頃からずっと、絵を描いていた。

 その年には合わない上手できれいな絵だった。

 そんな夕は、私たちが付き合い始める少し前から一緒に活動していた音楽家のMVイラストを描いていた。

 そんな中三の夏に、突然夕は絵を描かなくなった。

 それに高校に上がるのと一緒に、不登校気味になっていった。

 夕は私が何を聞いても、僕の絵が人を不幸にした、としか言ってくれない。

 夕がどんな人とどんな名義で活動していたのか私は知らない。

 だからこそ何があったのかわからないし、今となっては調べるのもそれはそれで失礼な気がしたので、していない。

 

「僕は、僕の絵を見て笑ってくれる人のために、絵を描いていたんだよ?

 そんな僕の絵が人を傷つけたのなら、もう絵を描く理由もないし、描く気も起きなくなっちゃった」


「私のためじゃダメなのか?」


「言ってるでしょ?もう描きたいものがないんだよ」


「そうか…………」


 これ以上踏み込むのは、なんというか、タブーな気がする。

 

「それにさ」


 そう言って、夕はこっちに振り返って、私の首に腕をまわし、私と一緒にベッドに横になった。

 すると夕は私の頭を胸に寄せて抱きしめてきた。


「僕は今で十分幸せだよ」


「…………それならよかった」


「もう電気消していい?」


「いいよ」


 夕は私を離して、ランプのひもを引っ張って、電気を消した。

 すると夕は再び身を寄せてきた。


「大好きだよ」


 夕は私の耳元でそうつぶやいた。


「…………えい」


 私は夕の脇に手を入れてこちょこちょをはじめた。


「ちょっ、ちょ、やめ、うぐ、あは」


 夕はなんか声を抑えながら、さっきの私と同様のたうち回っている。

 私はそのまま夕に馬乗りになった。


「さっきの仕返しだ。

 えい、」


「ちょお、悪かったってーー!」


 一通り満足した後私はこちょこちょをやめて、夕の横に寝て、夕を抱きしめた。


「私も大好きだよ。

 おやすみ」


「…………おやすみなさい」


 夕は私に身を寄せて、二人とも眠りに落ちていった。

青羽 夕(16歳)

 誕生日7月30日

 身長は学校の男子の中では一年生より低い。

 髪は長めで、ゴムで縛ろうとすれば縛れる。

 男子にしては声高め。

 肌白い。

 力は強くない。

 ちょい内気。

 かなり人見知り。友人とか知ってる人がいるなら大丈夫。

 凛の恋人。

 元イラストレーター。

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