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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第一章 初桜(高二春編)
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第六話 弱いはかわいい


 影の家で雨宿りをした日の翌日、わたしはいつもと同じように学校に来ていた。


「やっぱ、優愛は休みか」


 わたしが席に着いてカバンを机の上にあげると凛が前の席からそう言ってきた。


「昨日はだいぶ具合悪そうだったからね」


「体調悪くなくてもあの親だったら学校休ませるだろ」


「それもそうなんだけどね~」


 わたしはカバンから教科書とかを取り出しながら歯切れ悪く答えた。


「ん?なんかあんのか?」


 凛が隣の机に乗っけてた足をおろし、足を組みなおしてそう聞いてきた。

 わたしは一つ溜息を吐いた。


「昨日の夜にさ、優愛から連絡あったんだけど

 なんか看病しに来てくれみたいなこと言われたんだよね」


「ああ、まあ、そうなるか」


 なんか予想通りという反応だな。


「?、なんで?」


「いや…………あいつのことだからそうなるだろうなと思ってただけだよ」


「まあね~」


 なんだかんだ優愛の行動は複雑そうで単純なのだ。


「で、行くのか?看病」


「今日の放課後に行こうとは思ってるよ」


「風邪もらわんように気ぃ付けろよ」


「うん」


 そうしているとあのゆるふわ教師が来て学校が始まった。


ーーーーー


「…………で、なに?この状況」


「うゅ、必然的状況ってやつぅ?」


 わたしはなぜか、優愛のベッドの上で膝枕をして頭をなでていた。


ーー遡ること数時間前ーー


 わたしは放課後、優愛の家に向かった。

 途中で一応ゼリーとかを何個か買いつつ家に着いた。

 優愛の家は影と同じようにお金持ちだ。

 なんかどっかの企業を創立した家系だとかなんだとか。

 ゆえに、家もなかなかお屋敷のような感じだ。館といってもいい。

 

 ピンポンを押すと、優愛のお母さんが出迎えてくれた。


「あら、優愛ちゃんじゃない!久しぶりね~、今日はどうしたの?」


 手を合わせてまぶしい笑顔でそういう姿は、the美人ママという感じだ。


「お久しぶりです。今日は優愛に用事があって」

 

 わたしは少し頭を下げながらそう言った。

 あえて優愛に呼ばれたことは言わない。

 なぜなら


「そうなの。でも~今ちょっとぉ、優愛ちゃん体調悪いのよね~」


 やっぱり。

 優愛のことだ、きっと親に私を呼んだことを言ったら叱られると思って、何も言わなかったのだろう。

 この人はだいぶちょろい。適当な理由と勢いさえあればなんとか家に上げさせてもらえるかもしれない。


「知ってます。学校のプリントを渡しに来たんです」


 わたしはバッグの中からプリントを出した。


「あら、ありがと~」


 でもこれだけでは家に上がる口実には足りない。


「あと」


 わたしはプリントを渡さずにもう一回バッグをあさって


「ゼリーも買ってきたので優愛と食べようかなって」


 と続けた。


「そうなのね。でも~、葉菜ちゃんに風邪うつしちゃうかもしれないしぃ…………」


 そうして、優愛のお母さんは口ごもった。

 攻めるなら今だ。


「大丈夫ですよ。ほら、わたし一回も風邪ひいたことないですし、優愛から聞きましたよ?

 最近お母さんが大変そうだって。ここは一つ、わたしに看病を任せてくださいよ!」


 わたしは胸を張ってそう答えた。

 看病という言葉はこういう時に使うのである。

 すると、優愛のお母さんは少しうなって


「んぅ。じゃあ、任せちゃおうかしらね~」


 許可っぽい言葉が出た。

 ちょろい。

 優愛のお母さんが少し後ずさった瞬間にわたしは家の中に入った。

 靴を脱いで上に上がり、振り返ってしゃがんで靴を整えた。


「ちなみに私はそろそろ仕事に行くのだけれど」


 わたしは立ち上がり、優愛のお母さんを見た。


「帰る時は勝手に帰りますから大丈夫です」


 「あら、そう」という言葉を聞きつつわたしは洗面所に向かった。


 影の家もなかなか広いけど、優愛の家はお城。

 トイレも何か所かあるし、ふろ場も二、三か所ある。

 昔から来ているから迷うことはないけど、なんでこんな広い家に住むのだろう?やっぱり金持ちの宿命なのかな。


 手を洗い終わって、わたしは優愛の部屋に行くために階段を上った。

 確かこの建物は四階まであったはずだけど優愛の部屋は二階だ。

 さすがにエレベーターが設置されているけど、階段を使ったほうが早い。

 二階に上がってわたしは優愛の部屋まで歩いた。

 部屋の前に立ってコンコンとノックをして中に入った。


 中は、暗くてカーテンも閉め切っているようだ。

 奥のほうにある、いわゆるお嬢様ベッド(ぬいぐるみだらけ)には優愛の寝ている姿が見えた。

 わたしはソファに腰を下ろし、バッグの中からゼリーとかを取り出して机に置いて行った。

 影の部屋ももちろん広かった。けれど優愛の部屋はそういう広さじゃなくて、あまりにお嬢様の部屋って感じで逆にびっくりしない。いったいなんでこんな田舎に建てたんだか。


「んぅ」


 そんな声が聞こえたと思い、ベッドのほうを見るとピンク色の寝巻の優愛が寝返りを打って、仰向けで無防備に寝ていた。

 わたしはバッグとかをソファにおいて、優愛のベッドに向かった。

 ベッドに座って優愛の顔を見た。

 やっぱ、なんか、こう、弱ってるって、めっちゃかわいい。

 髪が広がっていて、ふわっとした顔で、口もなんだか崩れていて、いつもの優愛とのギャップがすごい。

 わたしは優愛の顔に手を差し伸べ


ガチャッ


 ようとした時、小さくドアの開く音が聞こえた。

 もう仕事に行くのかな。

 なるほど、いつもなら家に来るとインターホンで対応されていたのに、今日は玄関だったのって、仕事に行こうとお母さんが玄関の近くにいたからか。


「それじゃあ行ってくるわねー」


 わたしは駆け足で部屋から出て、


「はーい!」


 と叫んだ。

 よくもまあこんなに離れてるのに音が聞こえるものだ。

 

ガチャッ


 ドアの閉まる音が聞こえた。

 おそらく優愛のお母さんが出て行ったのだろう。

 そう判断してわたしはパタンとドアを閉めた。


「ん」


 突然、そんな声といっしょに誰かから抱き着かれて、わたしの背中に何か柔らかいものが当たり、体重が傾いてきた。

 わたしの肩を見ると見慣れた顔が乗っかっている。


「おはよう、優愛」


「ん、おはよ」


 優愛の顔は少しけだるそうで、ふわふわしていた。

 わたしは優愛の膝裏に手をまわしながら少しかがんでおんぶをした。


「んぇ?」


 そのまま優愛をおんぶしたまま、ベッドに向かってベッドの上に優しくおろした。

 わたしはベッドに座って優愛の顔を見ながらおでこに手を当てた。


「熱はなさそうだね」


「寝起きだし、風邪薬も飲んでるから」


「ずっと具合悪いの?」


「昨日の夜には熱は引いてたけど、まだちょっと体だるい」


「そっか」


 治りかけに向かってるって感じかな。でも、まだまだ声もテンションも本調子じゃない。

 わたしはベッドから立ち上が


「ちょっと」


 ろうとすると首に腕をかけられて、ベッドの中に引きずりこまれた。

 そのまま優愛は、寝転んだ私に身を寄せてきて胸に顔をうずめてきた。

 …………めっちゃかわいい。

 弱ってるって、やっぱかわいいのかな。

 少し驚いて、わたしの動きが少し止まったのちに、体の力を抜いて優愛の頭に手を乗せた。


「…………ゼリー買ってきたけど、食べれる?」


「食べ……させて」


「はいはい」


 わたしはポンポンと優愛の頭をたたいてから、起き上がった。


「少し寝てから食べる?」


「今食べたい。おなかすいちゃった」


 すると優愛もゆっくり起き上がって、ランプのひもを引っ張って明かりをつけ、顔にかかった髪を上を向いて後ろに回した。

 なんか、こう、きれい…………なかんじ?がする。

 わたしたちはそのままソファに向かった。


ーーーーー


「あ~~~ん…………おいし」


 わたしは、予定通り優愛の看病?を遂行すべく胡坐をかいた優愛にランプの光のみがついた部屋でゼリーを食べさせていた。

 優愛は起きているようで完全に覚醒していなくて、だいたい目をつむっているか、開けていてもすごく細い。


「もしも足りなかったらおかゆとか、うどんとか作ってあげるけど」


「心と腹の底からあらゆる病原体が飛び出るほど食べたいけど、ゼリーで十分かな」


「そ…………はい」


 わたしはスプーンでゼリーを全部すくった。


「あ~~~む」


 別にこういうことをすることになるのはわかっていたが、滅多に体調を崩さない優愛の弱ってる姿があまりにギャップ過ぎて、なんかすごい。


「もう一個食べる?」


「…………たべる」


「ブドウとリンゴ、どっちがいい?」


「リンゴ」


「は~い」


 わたしはビニール袋からリンゴのゼリーをとって、ふたをはがした。


「ねえ、葉菜ちゃん」


「なに~?」


 ふわっとした声できいてくる優愛にわたしはゼリーをすくいながらそう返した。


「葉菜ちゃんはいつまでいれるの?」


「う~ん」


 わたしは手を止めて少し間を開けた。


「まあ、夜ご飯までには帰りたいしさすがに七時くらいには帰るかな」


「そっか」


 なんか、今の優愛の声だと、ふてくされてるのか何なのかよく感情が読み取れない。

 わたしはゼリーを優愛の口元にもっていった。


「はい」


「はむ」


 優愛はパクっとスプーンを加えた。

 少しスプーンを引くと優愛の顔が後ろに行ってスプーンが抜けて、なぜかもぐもぐしながらゼリーを食べていた。

 するとわたしの肩に優愛が頭を寄せてきた。


「どしたの」


「食べさせて」


 わたしはもう一口、二口と優愛の口にゼリーを運んで行った。

 五口くらいでゼリーがなくなった。


「ゼリーのカップ捨ててくるね」


「何分で帰ってくる?」


「五分くらい?」


「…………待ってる」


 そう言って優愛は目をつむったままわたしの肩から離れて元の姿勢に戻った。

 わたしは立ち上がりながらゼリーのごみを集め、部屋から出て行った。


ーーーーー


 一階に降りてきたわたしはゼリーのふたをはがしたり、少しゆすいだりしてごみの処理をしていた。


 今日の優愛はなんだか素直だ。

 いつもみたいな癖も若干残ってるけど、テンションのせいかな?すごく自然体な感じがする。

 まあ、昔からの付き合いだしこういう優愛にあったことがないわけじゃないんだけど。


 そんなことを思いつつごみを片付け終わったわたしは、棚から一つコップを取り出した。


ーーーーー


 だいたい五分ぐらいして部屋に戻ってくると、さっきまで薄明りだったはずの部屋に電気がついて明るくなっていた。

 優愛はというと位置と体勢は変わらずスマホをつついていた。

 

「一応お水汲んできたよ」


 わたしはソファの前の机にコップを置いた。


「ありがと」


 優愛はそういうとすぐにお水を一口飲んだ。

 やっぱり喉乾いてたのかな。

 わたしは優愛の隣に座って、スマホを取り出した。


「ねえ葉菜ちゃん」


「なに~?」


「昨日って一人で帰ったの?」


「まあそうだね」


「雨降ってなかった?」


「降ってた~。傘忘れちゃってやばかったよ」


「じゃあどっかで雨宿りしてたの?」


 一応影の家にいたが、言うときっとめんどくさいことになるな。


「したけど…………見切りをつけて結局、雨の中走って行っちゃった」


「にしてはライン返してくる時間早かったね」


「え?」


 悪い予感ってだいたい当たるのは何なのだろう。

 すんごい悪い予感がする。


「帰りのホームルームが終わったくらいに送ったはずなのに、四十分後くらいに帰ってきたよね

 ギリギリ家についてないくらいの時間じゃない?葉菜ちゃんの家から学校まで歩きで三十分ぐらいかかるよね」


「走ってたからね、少し早めについたんだよ」


 優愛は少し黙り込んで


「…………まあ、ならいいんだけど」


 と、今度は明らかに拗ねている声でそう言った。


 そこからはしばらく静かな時間が続いた。

 だいたい一時間くらいたって、六時を回っていた。

 いつの間にか優愛はわたしの腕に引っ付いてきていた。気づけなかったんだけど。


「ねえ、本当に七時くらいに帰るの?」


「まあ、そうだね」


 優愛はスマホの画面を閉じて立ち上がった。


「じゃあ、膝枕して」


「…………え?」


ーー今ーー


「いきなりなんで膝枕なんか…………」


 わたしは引き続きベッドの上で優愛を膝枕しながら頭をなでていた。


「このまま寝落ちしちゃえば、葉菜ちゃんが帰っちゃっても寂しくないじゃん」


「でもそれだと起きた時にやばいんじゃない?」


「それはもう仕方ないよ。膝枕には代償がいるから」


「結局目的それじゃん」


「えへ」


 頭をなでられながらそう言う優愛はなんか中犬的な感じがする。


「じゃあ、電気消す?」


「うん…………ランプはつけといて」


 わたしは照明のリモコンを机に手を伸ばしてとって、電気を切った。


「えへ、暗い部屋の中、膝枕…………えへ」


「優愛、ちょっと気持ち悪くなってきてるよ」


「ん」


 そう言って優愛は目を閉じて寝る態勢に入っていった。

 優愛はすぐに寝息を立て始めた。

 ほんと昔から寝つきだけはいいな。

 わたしはしばらく優愛の寝顔を眺めていた。

 いくら寝つきが良くても、いきなり膝枕やめたら起きちゃうでしょ。


「むにゃむにゃ」


 何分経ったか知らないけどそろそろ大丈夫そうだな。


「はなちゃーん…………むにゃ」


 この人の夢の中どうなってるんだ。わたしが出てくるのか。


「んぁ、愛してる…………」


「っ…………」


 わたしはそれを聞いた瞬間に優愛から少し距離をとるため、優愛の頭の下から膝を引き抜いた。

 そのままわたしはソファから自分のバッグをとって、部屋から出た。

 玄関で靴を履き替えて優愛の家を後にした。オートロックって便利だな。


 …………ああいう記憶を忘れることができないのは、この体質の結構きついところだ。

 誰にも言うべきではない記憶ほど忘れたいものなのに。


 ふとバッグのポケットを見ると、一封の封筒が入っていた。

 わたしは立ち止まって、封筒の中身をのぞいた。

 しっかりと確認はしてないけど、たぶん千円入ってる。

 優愛とわたしはなんだかんだ昔から関わりがある。

 同時にわたしの家の貧乏さも知ってる。

 だから今回みたいにわたしがお金を使ったりすると、さらっとお金を渡されることがある。

 最初は一万円くらい入っていたのだが、さすがにわたしは友人に乞食するつもりはないので逆に私がこっそり返したりもしていたのだ。

 …………こういう記憶は、できれば忘れたくないな。

 そう思いつつ私は再び歩き始めた。



四栁 麗子(43歳)

 優愛のお母さん。

 髪はちょっと茶色に染めてて優愛に顔が似ている。

 夫さんと一緒の会社で働いてるらしいけどだいたい家にいる。

 なんかお金持ちの家の優しいお母さまって感じ。

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