第十八話 文化祭⑧ 文化祭終わり
「凛たんお疲れ~~」
吹奏楽の片づけで、帰りのホームルーム中に帰ってきた凛を、
ホームルーム後にわたしと優愛が労わっていた。(わたしがカタモミ担当・優愛が手もみ担当・凛が王子様の如く座る担当)
「ホント疲れたわ~~
あとたんはやめろ~~」
凛は、極楽極楽ぅ…………、と言わんばかりの平坦な口調でそう言った。
優愛は何も聞いていないかのように笑顔を変えなかった。
怖いくらい変えなかった。
「ほんとお疲れ様
いろんな意味で、お互いにね」
わたしは優愛を横目に見つつ少し皮肉気味にそういった。
「ほんとにな、どっかのだれか
ああ、確か今私の手をもみながら笑顔を崩さんとしているが、冷や汗で前が見えなさそうな
確か苗字を四栁とかいう…………」
凛がそう言って、わたしと凛は視線を落として、優愛のほうをぎろりと見た。
「い
いやぁぁぁぁ
誰のことだろうな?あはは…………」
「「はっ倒す」」「よ?」「ぞ?」
わたしと凛は声のトーンを変えずにそういった。
「いや、そんなこと言われても…………
ん?待てよ
葉菜ちゃんに倒される…………
それもまたそそるものが…………」
「お前はほんっと葉菜のことになると無敵だな」
少しずつ気持ち悪くなっていく優愛に凛はやっと声色を変えてツッコんだ。
「人間、想像力がはかどる方が楽しいものだよ…………!」
優愛は決め台詞っぽくキリっとそう言った。
「これ以上ふざけるならちぎるよ~~?」
そう言ってわたしは肩の筋肉を持ち上げるようにつまんだ。
それはもう力いっぱい。
「いだいいだい!!
なんで私!?
痛い゛っで…………!」
わたしは肩をもむのをやめて手を離した。
「ったく乱暴にしやがって…………
ん?
なんか肩軽いな」
凛は腕をまわしながらそう言った。
「前、テレビで見たんだよねこのもみ方」
「凛たんばっかりず~る~い~!
わたしも葉菜ちゃんの柔い手で肩ほぐされたいぃぃぃ!」
優愛は凛の手をもむのをやめて立ち上がり、そうせがんで地団太を踏んだ。
「ちぎるよ?」
「うぐ…………」
優愛はわたしにそう言われると押し黙った。
ちなみにわたしの手は確かに華奢だが、多分クラスの中で一番握力が強い。
おっとそこの君。
今わたしのことをゴリラだとか思ったなら…………
ひねりつぶすよ?
「さ、二人とも帰ろ」
わたしは机にかけておいたバッグと、例の段ボールを抱えた。
ーー晴斗視点ーー
俺は帰りのホームルームの後、
その体育館裏に足を運んでいた。
「ふう…………」
俺はそのまま陰になった体育館の壁に寄りかかって、
滑るように座り込んだ。
ふと、隣を見ると置いたはずの段ボールがなくなっていた。
よかった、ちゃんとあいつらが持って行ってくれたらしい。
俺はぐるりと首をまわして、空を見上げた。
これでやっと終わった。
俺の中学から続いたおおよそ五年間の片思い。
その終止符だ。
俺は結局、なんであいつに惚れたのか、そもそも本当に好きだったのか。
それらを知らずに恋を終えた。
ただ、優愛に俺の恋を馬鹿にされたとき、無性にイラついた。
きっと、俺はちゃんとあいつのことが好きだったのだろう。
俺は太陽がない青空に向かってこぶしを掲げて
「優愛…………がんばれよ」
と呟いた。
「俺は邪魔だったかな?」
横からいきなり翔太の声が聞こえた。
見ると俺の隣にしゃがみこんでいる翔太がそこにいた。
この巨体がしゃがんだところで小さくは見えないな。
「別に…………」
俺はそっと、そのこぶしを下ろして、
手の甲をそのまま目をふさぐように顔に置いた。
「…………恨みとやらは晴れたかい?」
翔太は俺のほうではなく空を見上げてそう言った。
「…………まあな」
「それはよかった」
翔太は優しい声でそう言った。
「なあ、兄ちゃん」
俺は手を下ろして兄ちゃんのほうを見ながらそう言った。
兄ちゃんはかなり驚きつつ
「な、なんだい?」
と返してくれた。
「帰ろうぜ」
俺は柔らかい声でそう言った。
すると兄ちゃんは少し笑顔になった。
「そうだな」
ーー影視点ーー
俺と影は吹部の発表を聞き終えた後、
速攻で帰路についていた。
「じゃ、僕はここらへんで」
駅まで来ると夕はそう言って俺から一歩離れた。
「ああ」
俺はそう、行って立ち止まり、夕を見送ろうと少し待った。
―――でも、夕は何も言わず、その上げかけた腕を静止して、気まずい顔をした。
「…………ねえ影」
手を体の横に下ろして、寂しそうな声でそう言う夕に、俺は
「…………なんだ?」
と夕の目を見つめて返した。
「僕たちまだ友達?」
「さあな」
夕の問いかけにそう答えると、そうだよね、と向こうはつぶやいた。
「もう、会うことはないかもしれないけど…………」
そう言いつつ夕は後ろに振り返りながら、
「音楽だけは、諦めないでね。
僕みたいに、惨めには」
と涙ながらに、悲しそうに言って、人ごみの中へ紛れていった。
「…………もう、やめれるような立場じゃねえよ」
俺はそう、強く呟いて、拳を握った。
俺はそのまま、下を向きながら、墓場のほうに歩き出した。
ーー葉菜視点ーー
わたしたちは、学校から出てきて、駅に向かっていた。
「今まで無視してたけどよ
その段ボール…………どうしたんだ?」
凛は困惑交じりにわたしにそう聞いた。
今のわたしは肩にバッグをかけて、段ボールを抱きかかえながら歩いていた。
「ちょっといろいろあって、家で処分しようかなって」
わたしはその段ボールに目線を落としつつそう言った。
「葉菜ちゃん、重くない?
私持つよ!」
優愛はそう言って、わたしから段ボールを奪い取った。
「ちょ、ちょっと」
「ダイジョブダイジョブ~!」
優愛はそのままさっきのわたしみたいに両手で抱きかかえた。
その…………
あの…………
いわゆるたわわなものに、段ボールが当たって、
少し体と段ボールの間が空いている。
それを少々ガン見したわたしは
「よいしょ…………っ」
その段ボールを奪い返して、
胸に強く強く
さらに力強く押し当てて抱きかかえた。
「葉菜…………
大丈夫だから…………」
凛は憐れみと優しさのような煽りを添えてそう言い、わたしの背中をさすった。
「葉菜ちゃんの膨れほっぺ…………!!!!」
優愛はそう言ってわたしをスマホで写真をすばやく大量に撮った。
「二人ともうるさい!!!」
わたしはそう言って少し速足で二人を追い越した。
「ちょ、拗ねるなよ」
「葉菜ちゃんの照れ…………!!
久しぶりの照れ!!」
二人はそう言いながらわたしを駆け足で追いかけた。
ーーーーー
優愛たちと別れて、18時頃、わたしは家に着いた。
「ただいま~~」
そう言っても何の返事も帰ってこない。
ああ、今日は二人とも遅番だったけ。
わたしはそのまま靴を脱いで、段ボールを抱えつつ二階に上がっていった。
部屋に入って、その扉を閉めた瞬間、私はその扉に背中をつけて、そのまま滑って床に座り込んだ。
隣に段ボールとバッグを置いて、私は結んでいた髪ゴムを取った。
今日はいろいろありすぎた。
思い出すのも面倒だ。
私の記憶力は確かに便利だけど、あんまり刺激の強い記憶が続くと普通に疲れる。
「ふう…………」
私はため息をついてから段ボールのほうに目を向けた。
足を伸ばして、その上に例の段ボールをのっけた。
なぜ、
私がわざわざこの段ボールを持って帰ってきたのか。
それはこれを持ち上げた時、あることに気づいたからだ。
コロッ
私は段ボールを手で持って傾けると、
やはり、中に何もないはずの段ボールから何かが動く感触が手に伝わってきた。
私は胡坐をかいて、その段ボールを床に置き、ふたを開けた。
少し段ボールの底を押すと、沈んでいく感触があった。
そのまま押すと、二重底、という奴だろうか。
その底は取れて、本当の底と、小さな箱が出てきた。
「何これ」
私はその箱を手に取って開けてみた。
中には不当と紙がひと切れ入っていた。
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好きに使え
あと、すまなかった。
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紙にはそう、短く添えられていた。
私はポケットから優愛から奪い取った紙を取り出して、その筆跡が晴斗のものであることを確認した。
私はそのまま封筒の中身をのぞいた。
おそらく一万円札が入っていた。
厚みからして複数枚。
「あいつもホント
こういうところは真面目でいい奴なんだから
だから、あの時の私は自分でフれなかったんだし…………」
私は立ち上がってその封筒を、クローゼットの中にある缶に詰めた。




