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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第一章 初桜(高二春編)
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第一話 桜が咲く墓で


 高校2年生の春、わたしは親戚達と墓地に来ていた。


 おばあちゃんの一周忌を迎えると同時に、家にあった遺骨をお墓へ納めに行くためだ。


 この墓地は桜の有名なところで、おばあちゃんの遺書には "お墓はここにしておくれ" と書いてあったらしい。


 今日は運良く花見日和だ。

 見渡す限り桜の色が溢れ、まるで桜の海に浮かんでいるように思える。

 桜の木に近づくと枝が少し垂れていて花がよく見えた。

 ピンクとも白ともいえない色合いで、可愛い気がする。


 ふと足音が聞こえて一段上の道に目を向けると、花束を持った1人の男性が歩いていた。

 上も下も黒い無地の長袖長ズボンを着ていて、なかなか身長も高い。

 お墓参りだろうか?

 それにしても前髪が長くないか、前が見えているのか不安になる。


「葉菜~~!」


 そう思っているとお母さんに呼ばれ、そっちへ向かった。


 今からお坊さんと一緒に、みんなでお墓に向かうらしい。

 お坊さんがお墓まで案内してくれるらしくみんなで後ろをついて行った。



 ―――今日は親戚全員が集まっている。

 みんないつもは仲が悪く、ギスギスとした空気を作り出している。

 それでも、おばあちゃんのいる前ではみんなそういう雰囲気を作るまいと頑張っていた。

 今だって、みんな話すことはなくても、喪服を纏い、お供え物を持ち、おばあちゃんが選んだこの場所の景色を眺めながら歩いている。

 静かすぎて鳥の鳴き声だけがやけに耳に響く。


 おばあちゃんは誰にも気さくで、優しく、わたしたちの知らないところで努力しているような人だった。

 いつだって周りには人がいたし、おじいちゃんが亡くなってからも異常なほどに元気だった。

 そんな人だからか、みんなに好かれ、尊敬され、慕われている。

 あれほど不仲な人たちがこうやって集まっていることが、おばあちゃんのその偉大さを物語っている。



 そんなことを考えていると、お墓に着いたようだ。


 お墓は思いのほか大きく、大理石のような白い石で作られていて、後ろにある黒い石には色んな名前が彫ってあった。

 積もっている桜の花びらをみんなでどかし、水をかけ、お供え物を置いた。

 花びらをどかすのに、墓場の管理者が送風機を持ってきた時は驚いたが、みんな終始喋ることはなかった。

 管理者がお墓のふたみたいな石板をずらし、骨壺から白い布の上に骨を移して、その白い布を縛ってお父さんに渡した。

 お墓の中は暗すぎて何も見えなかった。

 お父さんが布に包まれた遺骨をお墓の中に置き、管理者が石板をもとの位置に戻した。

 管理者の話によると、布は数年で風化して無くなり、骨も十年そこらで砂のようになるらしい。どうやらさっきのが、おばあちゃんの最後の姿みたいだ。


 その後、お坊さんが木魚などの準備をして、古い本を見ながら南無南無とお経を唱え始めた。

 すると、お母さんが数珠と火がついた線香をわたしに手渡した。どうやら線香をお墓へ置きに行くようだ。やり方もよくわからないので親戚たちをお手本に見よう見まねでやってみようと思う。


 ――――無事、線香を置き終えると、全員で南無阿弥陀仏と3回ほど唱え、お経が終了した。

 何気に今日初めて、親戚たちの声を聞いた。


 その後、

 お母さんとお父さんは、向こうの事務所で親戚の人たちとお墓の管理やお金の話をしてくるらしい。

 お母さんは車にいていいと言ってくれたけれど、せっかく桜がきれいだし散歩でもしてくると言って断った。



 お母さんたちと別れた後、誰もいない、ただただ桜の咲くこの場所を歩き始めた。

 お墓に刻まれている苗字は、大体旧字体で読めても知らないようなものばかりだった。

 ところどころ十字架があるお墓もあった。日本らしいといえば日本らしいのだろうか。


 手入れの行き届いているお墓。

 何年も放置されたようなお墓。

 お花が添えられているお墓。

 たくさん名前が彫ってあるお墓。

 いろんなお墓があるけど、桜の雰囲気がどんなものもきれいにしていく感じがした。

 おばあちゃんも同じ景色を見て、同じようなことを考えたのだろうか。それでここを選んだのかもしれない。お墓を悪いものにしないように…………なんて。


ーーーーー


 歩きながら桜を眺めていると、木々の隙間に人影が見えた。

 もしかして………と思い、桜の木を抜けて、一つ上の道へ草道を上った。

 すると、一際大きな桜の木の下にあるお墓に、手を合わせてしゃがんでいる男性の後ろ姿が見えた。

 お墓は、よく手入れされたきれいなお墓だ。


「あれは…………」


 あの髪の長さ、間違いないさっき見かけた人だ。こうしてみると前髪だけでなく後ろ髪もそれなりに長い。ウルフカットという奴だろうか。

 何気なく気になるし、知らんふりして隣を通り過ぎてみようか。


 そうして、草道を抜けて舗装された道に出ると同時に、あることに気がついた。

 髪が長くて、歳の割に背が高い男性……どこかで見たことがある、たしか…………。

 でも、人違いだったらかなり気まずい。……まあいいか、一期一会というやつだ、違ったら違ったでもう会うことはないだろうし……意味違うけど。


 そうしてわたしはその男性の隣に立った。

 男性はさっきからずっとお墓に向かって手を合わせながらしゃがんでいるので、全然わたしに気づいていない。

 

 わたしも同じようにしゃがみ込み、男性の顔を覗き込んだ。

 それでも気づかないので、話しかけることにした。


「ねえねえ、聞こえてますかー?」


 わたしがイタズラ口調に言いながら、肩をつついた。


「えっ……!?」


 やっと目を開き、わたしの顔を見ると男性は驚いて、尻餅をついてしまった。


「あ、ごめんなさい!驚かせる気はなかったんですけど……」


 そう言ってわたしは立ち上がり男性に手を伸ばした。

 男性はわたしの手を取らずに、自分で起き上がり乱れた前髪を手で直していた。


「いや、あの、全然っ、大丈夫です……自分が気付かなかったのが悪いので。

自分、邪魔でしたよね、今帰りますので……」


 早口でそう言いそそくさと荷物を取って帰ろうとする男性を、わたしは腕をつかんで引き留めた。


「待ってください!」


「な、なんでしょう…………?」


 男性は困惑しながら足を止め、こちらに向き直してくれた。


「あのー、人違いかもですけど………今って高二ですよね?」


「そうですけど………」


「やっぱり!名前は確か………満月(みちつき) (えい)くん、だよね」


 わたしはパンと手をたたいてそう言った。

 すると満月さんは心底驚いた様子だった。目は見えないけど、口が少し空いている。当たっているようだ。


「―――な、何で知ってるんですか?」


「覚えてない?高1の時同じクラスだったよね?珍しい苗字だし覚えてるよ」


 満月さんは納得するのと同時に、ええと、と困惑していた。

 わたしのことは覚えていないのかな。まあ満月さん、入学してからしばらくして学校に来なくなっちゃってたし、当然か。


「わたしは波島(なみしま) 葉菜(はな)。よろしくね」


「よ……よろしく?お願いします…………?」


 どこか疑問の残る言い方をされてしまった。

 これからまた会うのかもわからないのに「よろしく」とは少し不自然だったか。


「わたしたち同い年だよね?別に敬語使わなくていいよ。それとも…………わたしのこと嫌い?」


「そ、そうではなくて………癖というか、反射というか…………」


「そっかー」


 まあ、タメ口を強制するのもよくないか。

 というか、さっきから目は見えないのに全く目を合わしてくれてないのはわかるんだよなー。

 わたしはお墓の前にしゃがみ込み、添えてある花束を眺めた。


「お墓参りで来たの?」


 そう聞くと満月さんもわたしの隣にしゃがみ込んだ。


「母の墓参りです」


「そっか」


「………あなたは?」


「おばあちゃんの納骨作業……みたいな感じ」


「そうですか……」


 なーんか話が暗いな…………。

 わたしは見上げて桜を見た。


「この桜きれいだね」


「今年は色が濃いかもしれませんね」


「今年って…………ここにはよく来るの?」


「毎月この日この時間に来るようにしてます。命日なので」


「時間まで決めてるんだ」


 満月さんはよいしょ、と言って立ち上がり後ろを向いた。

 わたしもつられて立ち上がり振り返った。


「この時間はちょうど太陽が山に隠れず、この墓と桜を照らしてくれる時間なんです…………母に暗いのは似合わないので」


 そう満月さんは上を見上げながら言った。

 前髪が長いと太陽直視するの平気なのかな。


「なるほどねぇ…………」


 すると満月さんはこっちに向き直した。


「自分、本当にそろそろ帰りますね」


「うん、引き留めてごめんね?」


「全然、大丈夫です。それではさようなら」


 そう言って真顔のまま満月さんはすぐに後ろへ歩き出してしまった。


「満月くん、またねー!」


 馴れ馴れしく呼んでみたけれど反応がない。嫌われたかな。

 満月くんは風で靡く髪を抑えながら足早に帰っていった。

 姿が見えなくなるとわたしは近くのベンチに座ってお墓を眺めた。


 今思えば悪いことをしたな。

 突然知らない人に話しかけられて自分の名前を知ってたら怖いよね。

 でも、満月くんが名前を言い当てられてあんなに驚いてたのはたぶん…………


 ()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()からだろうなー。


 さすがに、なんで名字がちがうの?なんて聞けなかったけど。

 事情によってはもっと話が暗くなってただろうし。


「……………それにしてもきれいな桜だなー」


 わたしがそんな考え事をしているとスマホの通知が鳴った。

 お母さんから『みんなで夜ご飯食べに行くから、そろそろ戻ってきて』と来ていた。

 はて、あの人たちと夕食なんてどうなることやら。心配というよりも不安だ。

 わたしは立ち上がり満月くんが歩いて行ったほうに背を向けて歩き出した。


 「毎月この時間に、か.................」


 わたしは少し鼻歌交じりにスキップした。


 ふと後ろを振り返ると、散った花びらがお墓の上に乗っていた。

 

ーーーー4月24日ーーーー


満月 影(16歳)

 誕生日9月5日

 髪が長くて顔が見えない。目を凝らせば口元がギリギリ見える程度。

 見た感じスタイルよさげで高身長。

 高校入学初日の自己紹介からして、生粋の陰キャ。

 一週間くらいして学校に来なくなったのでよく知らない。


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