託す者、残す物
企画で書いて、支部にだけ投稿してました。普段はミルドって名前でやってます。なろう……一次創作も悪くないなーと思い投稿するだけしてみる姿勢。
―西暦2XXX年、2月4日。
いつも通り、私は未だ送電されている地域を探して、荒廃した都市を巡っていました。それと同時に、残存人類を探してはいるのですが……人の痕跡はこんにちも見つからず、対話用ロボットとしての使命は果たせないままです。それに、最近は人影どころか足跡すら見つからず、本当に人類はまだ現存しているのか。それすらも定かでは無くなってきたようでした。
というのも、あまりにも寒いのです。私は対話用ロボットとしては格安なので、感温機能は付いていません。しかし最近、そんな私ですら、寒く思えるような雪景色なのです。人は凍えてしまったのか、それとも食べ物が無くなっていなくなったのか。私が稼働し続ける意味は果たしてあるのか。明日も目的も定かじゃないまま、迷える旅人……の真似事をしています。食べ物に困る事も、移動手段に困る事も。寒さも空腹も、疲れもさして感じていないので、所詮は真似事ですが。
ごとごとごと、ごとごとごと。
履帯である脚パーツは最近調子が悪くて、ところどころ崩壊した道を、ごとごと異音を立てながら走っていました。私は人間じゃありません。この終わった世界をどうこうする力も、終わらせた事に対する責任もありません。ただ、私達は人類の子供なので……終わりは、一緒に背負ってあげようと思っています。私だって充電切れ等、終わりをほんのり感じてはいるのです。
ーーー
ー西暦2XXX年、2月20日、10時05分
今日はとても珍しいことに、人を見つけました。著しくバイタルが低下しており、足が落下してきた建物の瓦礫で押し潰され身動きが取れていないようで、もう今日中には潰えてしまいそうな命でした。
「珍しい、稼働してるロボットか」
視覚情報としては、歳は35歳くらいの髭がもじゃもじゃと生えた男性。満足にご飯を食べれて居ないのか、頬は見るからに痩せこけており、やつれているようです。
「貴方こそ、珍しい。生きている人間さんです」
「ああ……そりゃあ、この辺の奴はだいぶ前に殺しあったからな」
俺はその生き残りだ。と低い低い、地の底に響くような声がします。掠れていて、何もかも諦めたような声音。きっと彼自身も、自分の命が掻き消えて行くのを分かっているんでしょう。皮肉と諦念混じりの声が、なんとも静かな世界に響き渡ります。
「殺しあった、ですか」
「食料の奪い合いさ。全員分まだあったのにな……耐えられなくなったんだ、恐怖に」
彼は過去を思い出して、ひとつ身震いをしたようでした。明日があるのに、なぜ怯えたのか。私にはあまり理解できませんでしたが……そりゃそうです。飢え死にの苦しみというものを、私は知りません。数年稼働してきて、空腹と言うものを理解できないままです。彼が、彼の周りの人間が何を恐れたのか。本当の意味では理解できないんだろうと思います。対話用ロボットでありながら、私は彼に共感出来ませんでした。
「怖いですか、飢え死は」
飢えも寒さも、分かりません。対話用ロボットに求められるのは、共感と傾聴なのに。そんなものを知らなくても、生きていける人類の中で生まれた私に、飢えは分かりません。私は人間と違って、環境に適応するとか、そういう柔軟性は持ち合わせていないのです。いつも平和だったあのころにシステムは合わせられていました。
「……お前、対話用ロボットっぽいのにそんな事もわからんのな」
「人から大事にされただけで、安物ですから」
彼から言われた言葉に、悔しいながら何も言い返せないでいます。そうです、私に課せられた使命は対話でした。人々の心を癒すことでした。今でもその使命は、強迫観念は、私の脳みそ……電脳に埋め込まれたままです。それでも私には、その固定観念を破壊する事も、その通りにする事も出来ないままです。
「そうか……古臭いもんな、お前」
「……それは貴方もでしょう。この世界で、貴方のような老いた者が生きているなんて」
そうか、老いてるのか、と。私の前で男はしみじみと呟いて、ため息をつきました。私も古臭いと言われたことにムッとしつつ、その事実を飲み込みました。彼だってそりゃあ、5年ほど前なら……おじさん、程度だったでしょうけど。その歳は若者すら死に絶えるこの世界において、重たい重たい35年です。
「なあ、死ぬよな……俺」
「……はい、残念ですが」
今も尚、彼の命はすり減り続けているようです。私の忌々しい電脳には、彼を助けなさい!と。とてつもなくけたたましいアラームが鳴り響き、私の体を駆り立ててきます。
「殺して、殺されて。その末にやっとの思いで生き残ったのに。最後は孤独死か、はは」
「一応、私がいますが」
私にはどうすれば良いのか、分かりません。融通の効かない脳みそは助けろと囁いてきますが、どこからどう見たって彼は死にます。助かる方法なんてありはしません。科学文明は滅んだのですから、それこそ魔法でもない限りは。
「お前みたいな薄情者、いてもいなくても一緒だ」
「……そうですか」
ポンコツは今日も役目を果たせないまま。彼の機嫌は、損ねられてしまったようです。ふっ……と、そんな不出来な私を許してくれた、今は亡き主人を思い出して、ずんと心が落ち込みそうになります。どうせどこも終わるのに、ここに居ることを許されたいのは、存在意義を見出したくなるのは、どうしてなんでしょう。半端に情緒を持ってしまった、己が嫌になるばかりです。
ーーー
ー西暦2XXX年、2月20日、20時56分
「まだ、いるん、だな」
「貴方が怪我人なので、私はここから逃れられません」
彼はもう息も絶え絶え、話すことすら辛そうにしています。視線は会話相手のはずの、私ではなく。崩壊した建物から垣間見える星空見つめていました。
「あー……ルール、か。なんぎ、だな」
「まあ……対話用ロボットとして、貴方を看取るのも仕事のうちではあるのですがね」
彼と中身のない会話を続けること数時間。終わった世界でも変わらず、顔を見せた星々は美しいままでした。むしろ滅んでからその輝きを取り戻し、夜空を煌々と彩っています。無常な自然が、命を奪う厳しさが。しかし、私達の癒しでもあるのでしょう。地球にはもはや、心を癒してくれる相手も、道具も無いのですから。
「そ、うか。昼間は、すまなかった、な」
「………どうしました、突然」
「お前は、思ったより、も……人間、臭い」
お前に看取られるのも、人間に看取られるのも、そう変わらないかもしれない。そもそも、お前が見つけてくれなければ。孤独と後悔を抱え、死んだだろう。だから、ありがとう、だな。はあ……まったく。最高の気分だ。ああ……父さん、俺はやはり貴方の言う通りになった。孤独になった。友人と恋人を殺され、その仇を打ち。遂に周囲の人間は絶えた。ひとりぼっちだ、寒くて痛くてたまらない。ただ……悪い気持ちではないよ。後悔ももうしない。俺は人助けをして逝くよ。世界はクソッタレだけど、人はまだ人らしくいられるらしい。俺は俺の言葉を託すんだ。尊い愛を、その言葉を。世界に。今際の際だから。
ぶつぶつと、もはや宙を見ている事しかわからない男が。言葉を、ぎりぎり聞き取れるか聞き取れないかの音量で呟いています。あれは……なんだったけ。人間の信仰する……天国、と言ったんでしたっけ。あれに居る彼の父、に語りかけているのでしょうか。私はなんだか少し、悲しい気持ちで彼の死に際を見つめるばかりです。
「お、い」
「はい、なんでしょう」
「名を、お前にやる。お前が、世界最後の、人間に、なるんだ」
リーベだ。リーベ。お前の名。お前は俺にしたように、孤独な人々を看取ってやってくれないか。それが愚かな人類に残された、たったひとつの善なんだ。俺達が作った、お前のようなロボットが。愚かな親であった俺みたいな人間に。慈悲という名の、あいを。
「……貴方に愛を与えられたとは思えませんが」
文句のひとつでも言おうと、そう呟いて。気づきます。彼は最後の息を吐ききってしまったようで、その命はピタリと呼吸ごと止まっていました。まだ喋るのではと期待してひたすら待っても、男から返事は帰ってきません。頭の中で鳴り響いていた警鐘は鳴り止んで、怖いくらい静かな世界が私の周りに現れます。彼は静かになって……私に、まとわりつくような孤独が襲来して。私と彼は、人間とロボットだったけど。確かに孤独を癒せていたのだと実感しました。
「りーべ」
名を呟きます。そうして少し思案して。彼が何を私に見出して、期待したのか。……考えても、理解できそうにありません。死を見て、私は悲しみより寂しさを覚えただけでしたから。そんな薄い感情を、愛と呼んでいいのでしょうか。
ああ、ただ、しかし。名前を通じて。私は、ほのかに孤独が和らいだような気がして。失っていた人との繋がりを取り戻したように思えてしまって。
「……仕方ないですね、私が稼働する限りは守りますよ」
ごとりごとり。人の気配を探して、ロボットリーベは走ります。名前も知らない彼が言うに、私は彼らを看取らなきゃいけないようですから。対話用ロボットとしての、新たな使命と言った所でしょうか。
悪い気はしないのです。彼が私のした事で、少しでも幸せになれたのなら。なにより、私は元々、そういう風にプログラムされたロボットでした。私に宗教はよく分からないですが……もし彼が、少しでも幸福を得られるなら。祈っておきましょう。
ご冥福をお祈りします、リーベより真心をこめて。