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銀に白鹿、春嵐  作者: 佐久間マリ
番外編・雪月花
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「重がっだぁ!」


 自転車のカゴから、レジ袋いっぱいのさつまいもを地面に乱暴に降ろした。

 この野菜をどこに置いておけばいいかわからないけど、家の中に持って入るとママに怒られるのはわかる。泥が落ちるって怒るはずだ。家の中って言ったって、玄関は土間だから目立たないと思うけど。

 だから、庭の、いつもちょろちょろ出っ放しの水道のところに置いておいた。

 近所の人が持ってきた野菜はいつもそこにおいてあるから。


 木枯らしプラス自転車の向かい風で冷えた鼻奥からゆるんだはなみずが垂れてくる。女子にあるまじき醜態。

 だけど、そもそもが自転車通学生徒が絶対に被らないといけない白のヘルメット姿がダサすぎるのでどうでもいい。それにもう家だし。


 ガレージのすみに自転車を停めていると、兄の月が同じく自転車で田舎道を帰ってきた。

 そのカゴを見て、私の顔が歪む。


「月にぃ!」


「なに」


「まさかそれさづまいも?」


「そうだけど。シモタのばあさんさ、呼び止めらぃで、くれだ」


 月の自転車かごには、袋にも入れられていない泥付きのさつまいもが入っていた。

 畑で農作業をしていたおばあちゃんから直接もらったのだろうが、直接にもほどがある。


「やばい。私も今日いっぱいのさづまいも持って帰ってぎだんだよ。幼稚園どの交換交流で園児と一緒に堀っだやつ」


 昨日の晩御飯は、さつまいもご飯にさつまいもの味噌汁、さつまいもの天ぷらに、さつまいものレモン煮だった。

 というか、もうここ数日、さつまいもが食卓に上がらない日はない。


 夏は、キュウリ、ししとう、なす、トマト祭りだった。

 食べても食べても、毎日近所からもらう。特に夏野菜は一日立てばもう新たに収穫ができるらしい。無限。


 どこの家でも同じものが採れているので、お裾分けもできず。

 ここ白銀村には、スーパーもないし、野菜は買ったら高いらしいので、パパもママもありがたいことだって言ってるけどさ。


「今度は芋祭りがぁ……。芋、嫌いじゃないげど、あ、私さづまいもごはんは嫌い」


「俺は弁当に蒸かし芋入れるのやめでほすい」


「蒸かし芋ももう飽きだぁ」


「俺も。あ、ばあさんに栗ももらった」


「栗ももういらね! 皮むぎすんのいやだぁー」


 つい最近まで、栗ご飯も連続記録を更新する勢いだった。

 同時に毎日硬い栗の皮を向がなければならなかった。私は少し手伝っただけだけど。


「あ」


 突然、思いついた。


「月にぃ、焼き芋したい」



 兄と言っても高校生。

 子供二人だけで火を使うのは危ないと、母方の祖父を頼ることにした。

 山火事には気をつけるように子供の頃からきつく言われているのだ。


「焼ぎ芋すてー」


 歩いて5分のところに住んでいる祖父に頼む。


 おじいちゃんは、家の中にいるのにキャップ(と呼んでいいのかわからないけれど)をかぶっていて、行ったらタバコを口に咥えながら庭に出てきた。

 この辺りならどこにでもいる田舎のおじいちゃんスタイルだ。でもパパ方のおじいちゃんはちょっと違う。上手く言えないけど、この辺の人っぽくない見た目。ちょっとした有名人だからかもしれない。


「最近はなぁ、燃やしでだら通報されるべ」


「そうだったー! そえで焼ぎ芋大会なぐなったんだ」


 なんでも火事じゃないのに、煙を見ただけで通報する人がいるらしい。

 だから焼き畑は禁止になったって聞いた。 

 神社のとんどは焼畑の比じゃないくらいすごい火力なのに今も毎年やってる。あれは神様の行事だからいいのかな。


「げっちゃん、落ち葉集めんべ」


「お前ら、落ち葉でやる気が?」


「え、焼き芋といえば落ち葉だべ?」


 おじいちゃんは落ち葉集めは手伝ってはくれず、納屋からボロい割れそうなプラスチックのカゴを持ってきて、それを逆さにして椅子がわりにした。

 私たちが落ち葉を集めてくるのを見ているだけだ。


 芋に作業が及ぶと、裏の川でさつまいもの泥を落としてくるよう言い、濡れた新聞紙で包んでからホイルで巻くと教えてくれた。


「栗さ、爆ぜるでな。切り込み入れねどまいね。包丁で手切ねように」


 切れ込みを入れるくらい、栗ご飯の皮剥きよりは全然マシ。


 落ち葉がある程度集まったので、ライターで火をつけてもらう。タバコ吸う人、便利だ。私は怖くてマッチで火をつけられない。


「花、制服さ煙の臭いさつぐべ」


 おじいちゃん、臭いなんて気にしてたら(臭いのはヤダけど)女子中学生なんてやってられないのよ?

 それよりもあの白いヘルメット、どうにかして。


 落ち葉は山のように集めたはずなのに、すぐに燃え尽きてしまった。

 火バサミでついてみるも、明らかにまだ固い。


「そりゃそうだべ。焼ぎ芋になるにはもっど落ち葉がいるべさ」


 大きな声で笑う。わかってて見守るスタイルだったみたい。


「えー」


「……火力的にそう思っだ」


 頭のいい月にぃはどんなときも冷静だ。


「パパにバーベキューの道具さ貸しでもらってごい」


「バーベキューと焼き芋は違うべさ……」


 ちょっとテンション下がる。

 でも焼き芋の口になってるし。


 パパはまだ仕事中だけど、わりと自由はきくみたいだから頼んでみよう。

 あまり仕事場に出入りしないよう言われてるけど、なんだかんだパパは私に甘い。かわいいかわいいムスメだから。私もパパ大好きだし。街に遊びに行くのもいつもオーケーしてくれる。友達は親にうるさく言われてる子も多い。

 

 LINEでパパを呼び出そうと思ったら、

「あれ? 花、お父さん来だよ」 

 と月にぃが。


 仕事場から一本道で繋がるおじいちゃん家に向かって歩いてくる。

 作務衣にジャンパー、長靴姿。大きなパパ。大好きなパパ。花のことが大好きなパパ。


「え、タイミングよすぎー!」と色めいたのも一瞬で、

「おい! 燃やすてらのはおめらがぁ!?」


「えっ、通報されだの!?」


「そうでねばって、どごががら焦げ臭ぇかまりがただよってぎだはんで見に来だ」


「最近はほんにうるさいはんで参るな。ただの落ち葉焚きだびょん、なあ、花?」


「うんうん! 焼ぎ芋すたがっただげだもん」


「消防団さ、連絡しておくべ」


 パパが早速スマホで電話をかけている。


「面倒な世の中だべなぁ」


 おじいちゃんがやれやれと腰を上げて、

「さあさ、終いダァ。おめら、もうこれはストーブで焼げ」


 さらにテンションが下がる。

 でも日も暮れてきたし、消防の人にバレるのも怖いし、と諦めかけたとき、

「いや、ドラム缶で燃やすたら早い。吾郎さ、あったべな?」


 パパがおじいちゃんに言う。


「消防団の団長は今ヨシコのどごの倅がぁ?」


「ああ、だはんで今頼んだべ。せっがくだし焼き芋するがな」


「いいの!?」


「さっさどやれば問題ねんだべ」


 パパがニヤリと笑う。

 大人のおじさんなのに、こういうヤンチャなとこ最高!


「え、そういう問題?」


 常識人の月にぃ。そういうオトコはモテないぞ。


「……そらぁ屋外のが映えるべ、助がるども」


 だけど、月にぃは限界集落アカウントの動画配信なんかもやってるらしいから、映え重要。

 なんだ、月にぃも実はおいしいと思ってやりたかったんじゃん。


 パパはさすが、ドラム缶で上手にほくほくの焼き芋を作ってくれた。黄色のおいも。

 ただ焚火とかいうレベルじゃなくて、ドラム缶からごうごうと火が出てる。とんど焼みたいに。

 ドラム缶の近くはあったかいを通り越して熱い。

 これこそ火事と勘違いされて通報されるんじゃ……?


 そのうちに、誰が呼んだのか(パパしかいないけど)、ママが赤いお鍋を持ってやってきた。


「晩御飯にちょうどおでんつくってあったんだー。今夜はおでんの屋台風で」


「屋台ってドラマとがで見るやづ? 冬の夜に外でとか、何が美味しいだべと思っでたはんで」


 月にぃは甘いものよりしょっぱいものがいいらしい。


「うーん、寒いからこそ身体に染みるって解釈かな。でも、まぁ白銀で食べるのはちょっと寒すぎだし、そもそも屋台っていうかアウトドアおでんって感じだけど」


「焼ぎ栗ど酒がうんめ」


 おじいちゃんは七輪と小さなお鍋を持ってきて、網の上に乗せてお湯でお酒をあっためている。燗というやつなんだって。


「そうだ。月と花で裏の山の栗拾いさバイトしねが? 拾っても拾っても落ぢで難儀しでる」


「私たちも昔拾ったね」


 パパにそう話すママはかわいい。

 こんな山奥の田舎暮らし、私は嫌でしかないけど、パパとママは幸せそうだ。こんなところでもすごく幸せそう。


「ねぇおじいちゃん、それ時給いくら」


「そだな、一個五円」


「やば、安すぎ」


「ハル、焼ぎ芋。好きだべ?」


 熱々のあっついお芋のアルミホイルをご丁寧に剥がしてあげて、火傷するなよってパパがママに。

 ほっこり二つに割ったら、煙かと思うくらい白い湯気が立ち上った。

 

「正直、蒸かし芋に飽き飽きしてたんだよ」とママ。


 ママもかよ!

 まちがいなく、私も月にぃもママの子供だ。


「寒いー」


 パチパチ音を立てて燃える火にあたりにいくと、パパがネックウォーマーを貸してくれた。

 パパの着けてたやつでも全然嫌じゃないよ、花は。


「まあ、こっだなことできるのも雪っこ降るまでの間だべ」


「また冬が来るねぇ」


 ママが真っ暗になった空を仰いだ。



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