終
春鹿が家の庭に車を停めると、縁側の沓脱石に座っている男がいた。
作務衣で頭にタオルを巻いている。
バンと音を立てて軽自動車のドアを閉める。
すっかり雪はない。
今あるのはむせるような草木の萌える匂いだ。
「なにサボってんの」
「出がげぢゃーのが?」
「ちょっと市内までね」
「ああ? 市内まで行ぐだら俺さ言えよ。乗せていぐだろが」
「あんたばっかり頼ってられないでしょ」
トランクを開けて大量に買い込んできた食料品をおろす。晴嵐が手伝ってくれる。
「で、何してんの? 仕事中でしょうが」
「ああ、それが」
晴嵐はポケットに手を突っ込んで、
「俺の作っだ月桂樹のティアラさあっだだろ。あれが外国の王室行事で使われるそうだ。今さっき連絡さ来で。それを言いに来た」
「えっ! すごいじゃん!」
「ああ……、うん。そうだべ、すごぇごどだべ」
ようやく事態を理解したのか、照れたように笑みをこぼす晴嵐の背中を叩く。
「よかったね! すごいよ! おめでとう!」
「へば、ハル……」
晴嵐を手で制す。
「待って。私からも報告」
「報告? 仕事決まったのが?」
「ううん」春鹿は首を振る。
「できたよ」
「なにが」
「子ども。妊娠してるって。4か月」
「……へ、あ……、ああ!?」
春鹿は腹にそれらしく手を当て、
「ティアラと子ども、どっちが嬉しい?」
「そりゃ、どっちって……比べられるが! どっちもだべ……!」
鞄から出したエコー写真を見せるが、きっと何が何だかわからないだろう。
春鹿もまだ実感はない。ただ、紛れもなく存在する生命の点。
「やっぱり花簪かなって思ってたけど、こうなったらティアラがいいかぁ」
「は? なにがだべ……」
小さな画像写真を両手で持つ大きな男。
「私をもらってよ。お嫁に行くから」
白黒の波状に夢中で、春鹿の言葉を話半分できいていた晴嵐は、虚を突かれた顔になった。
「おめ、俺が言おうと……なんで先に……」
愛情と自然の恵みと伝統。
重くて、厳しくて、美しいもの。変わらないもの。
それらをここでめいっぱい注いで、また次世代につないでいく。
まばゆく輝く白銀の糸とともに。
終
後日談が続きます




