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【再】16.祝福(3)

「こったごどは、ひと冬に二、三回はある。見づがらねで次の日に捜索さ持ぢ越さぃるごどもあるし、ダメな時もある。今日はツイてだ方だ」


 バックカントリー滑走とは、スキー場の管理下ではない自然の山に入って滑ることで、立入禁止エリアへ入るのとは違って、違法でも違反でもない。

 今日も十分な装備で入山したグループだったので最悪の結果は免れたようだ。


「あー、腹減っだべー」


 吹雪の中を車で走り抜ける。

 パシパシと音を立て、フロントガラスに当たってへばりつく雪を除けるワイパーが忙しない。


「春鹿? どうすた? 疲れだが?」


 春鹿は無言で首を振った。

 晴嵐こそ疲れているはずだ。


「……小学校の時のスキー授業でさ、ジロちゃんたちが遭難しかけたことあったじゃん?」


「ん? あー、確かにあっだな、そったなごど」


「レストハウスで待機させられてた時の事、思い出した」


 外は吹雪で、視界不良で山頂付近は雪と空の果てに見えない。

 停止しているリフトは無人で、雪に積もられ、等間隔でつられている椅子が上へ行く順に雪に隠されて霞んでいく。


「それまで楽しく滑っててさ、そもそもスキー場って楽しい遊び場なわけじゃん? 人工的なさ、巨大なリフトが山のてっぺんまで建ってるのに、人の手で整備されて管理もされてるのに、それなのに、ひとたび雪が降りだしたらそれまでの山とまるで別人なの。大人も何もできない。子ども心に、それがすごく怖かった」


 晴嵐は、「そうか」と呟くように言ってから、

「俺は雪崩さ怖い。特に春、天気のいい日に起ごる雪崩は、仲良ぐしでいた友達とか懐いていだ動物に裏切られたような気分になる。ま、仲良ぐとが懐いてだとか、自然と同じ目線でモノ言っでるこどがそもそもの間違いだけどな」


 そもそも山は怖いものだ。

 そして、冬山はもっと怖い。

 

 しばらく走ったところで闇と降雪の中に車のライトが見えてきた。

 進んでも近づかず、すれ違いもしないということは、相手が停まっているということだ。


「あーあ、こっだなとごで」


 こちらに向かって放たれるヘッドライトの光の前を、無数の雪が斜めに横切り影を作っている。

 どうやら車がスタックしてしまったらしい。

 タイヤが雪に埋もれて、前にも後ろにも動けなくなっている。


「前言撤回。今日はツイでね」


 ため息交じりにサイドブレーキをギッと引いて、晴嵐はジャケットのフードをかぶると車から降りた。


「おい、大丈夫だがー?」


 相手は乗用車で男女の二人組だった。格好からするとどうやら観光客のようだ。


 春鹿は一人、助手席で待つ。

 山間の道は民家もなく、街灯もない。二台の車のライトがなければ真っ暗だろう。

 スマホを見ると雪のせいか電波状況が悪い。それでなても、氷点下での使用は動作も鈍くなるし、充電の減りも速い。


 目の前のヘッドライトに照らされた晴嵐のシルエットさえ半分くらい隠されてしまうくらいの視界だ。


 雪国の素人なのか、おもに晴嵐が救助活動をしていて、這いつくばってタイヤ周りの雪を掻きだしたり、車体を押したり、最終的には晴嵐が軽トラックの荷台からロープを出してきたそれでけん引をして、ようやく相手の車が吹き溜まりから脱出できた。

 

 すべてが終わって運転席に乗り込んできたとき、晴嵐は髪も顔も水に濡れて、鼻と頬は真っ赤だった。


「悪ぃ。たげ時間食っだな」


「あんたこそ平気……?」


「あ? 俺?」


 尋ねた春鹿に逆に問い返した。

 不思議そうに、何でもないことのように、まるで自分のことなど問題ではないように、心配されたことを逆に驚かんばかりに。


 やがて、ふっと表情を緩める。


「俺は慣れでる」

 

「さ、帰るべ」そう言って、ぐいと晴嵐が拭ったのは、おそらく汗だ。

 凍るようなこの寒さの中で。


「腹さ減っで限界」


 ギアのシフトレバーを握る濡れた袖をつかむ。

 春鹿は、なぜか泣きそうだった。


「なんだ? どうすた?」


「行こ……」


「行ぐ? ってどごさ?」


「ホテル。山の」


「は?」


「寄って」


「なすて」


「なんでもいいから。寄って!」


「いやいや、どうした? 寒いのが? 気分でも悪ぐなったが?」


 峠に着くまで何度も尋ねられたが、春鹿は寝たふりをして何も答えなかった。

 何か話せば泣いてしまいそうだった。

 そんな寝たふりを、晴嵐はますます体調不良と勘違いして、病院に行くかとも言われたが、それも無視した。


 トンネルを出たところに、ピンクのネオンが光っている。

 何十年も前からあって、リニューアルは繰り返しているにしても決して潰れないラブホテル。その名も「雪の宿」。よって、同名の米菓は、この辺りではなかなか手に取りづらかったりする。

 

「なあ、こごまで帰っで来たんなら家で休んだ方がよぐねが?」


「いいから! 入って!」


 ようやく口を開いた春鹿に一蹴され、渋々と言わんばかりのため息と共にウインカーが鳴る。


 ゆっくりと左折してビニールカーテンをくぐると、空きを探さなければいけないくらいにすでに車が停まっていた。おそらくあと一、二台で満室のランプが点灯する。

 軽トラックがちらほらある。それらは十中八九周辺住民の所有で、ナンバープレートは隠されているものの、晴嵐などが見れば同じ白でもどこの誰の車か一目でわかるらしい。それは逆もしかり。

 乾いた佇まいで隠れるようにして眠っている車たちの中で、晴嵐の軽トラックは降りたての雪を積んだまま、ギヤを唸らせ、駐車を終えた。


 晴嵐はエンジンを切った。

 運転席と助手席だけの空間は一瞬でしんとなる。


「……降りるのが?」


「降りる」


 言うや春鹿はドアを開け、車を降りる。それを見て、晴嵐も軽いため息をついて、その後に続いた。


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