【再】16.祝福(2)
7/1 23:00更新分の祝福(2)~(4)の内容が、重複していたり順番が逆になっていたりし、大変失礼いたしました。もう一度投稿しなおしました。読んでくださった方には申し訳ありません。
小雪が降る昼時に、珍しく千世が田部家を訪ねてきた。
春鹿もちょうど昼休憩中だったので、上がっていく? と聞いたが、あっさり断られる。
「写真ありがとうございました」
ブライダルフェアの資料写真は千世のお眼鏡にかなうものが撮れていたようだ。
ホテルのスタッフが撮った模擬結婚式の写真もあったはずだが、それについては触れられなかった。嫌味の一つでも言われるかと思ったが、特に責められることもなかったのでホッとした。
春鹿とそのスタンスを、千世には相変わらずよくは思われていない。
風邪が治った報告をしに来てくれたらしかった。
まだマスクはしているが、ひどい声だと聞いていたそれは元通りだ。
「春鹿さんのSNS、チェックしてます」
「ああ、うん。いいねしてくれてるよね。ありがとう」
春鹿は作った料理の写真を投稿している。
手抜きの時短ズボラ飯とはいえないがだからと言って特別凝ったものでもないし、日記とも言えないくらいの記録用で更新頻度も低い。
「……盛り付け方とか、食器とか、センスいいと思います」
「本当? 器を集めるのが好きで。千世ちゃんにそう言ってもらえると自信つくな」
「春鹿さんが好きそうな作風の友人を何人か知ってるので、個展がある時また言いますね」
「え、嬉しい! 楽しみ」
千世からこんなに歩み寄った話をしてくれるのは初めてだった。
立ち話だというのに、まだ帰ろうとしないので、本格的に家の中に誘おうとしたとき、
「……フェアにも出してましたけど、ランさん、イギリスで銀食器とか見てからテーブルウエアに銀細工も取り入れるようになって」
「この前、初めて見たけどなかなかいいよね。いかにも工芸品って感じでダサくなくて」
「春鹿さんって、ホント、白銀細工が好きじゃないんですね」
「うーん……小さい頃からの刷り込みっていうか。いかにもな簪とかに対しては確かにイケてるのって思うけど、最近の晴嵐や千世ちゃんたちが作るものは、普通に綺麗だしデザインもいいなって思うものがあるよ」
「そうですか」と、千世は目を逸らしながらも頷いた。
「……これ」
白い小箱がいくつも入った紙袋を手渡された。
「ナプキンホルダーとか箸置きとかコースター、テーブルランナー、いろいろあります。春鹿さんのテーブルコーディネートに合うものがあれば写真に入れてアップしてもらったら……」
「私、フォロワー全然多くないけど……」
「それでも、工房のSNSを見てる人とはまったく違う人が見ると思うので。銀は陶器でも磁器でも合います。呉須の染付もマイセンや北欧食器なんかとも相性いいと思います!」
「確かに……そうかも。想像しただけでいい感じ」
顔を上げた千世は、ほっとした顔をしていた。
「春鹿さんの写真見て私もイメージ広がって……。作ってもらうごはんもおいしいし……」
「ありがとう。そうか、私も、力になれるかもしれないんだね。頑張るよ」
千世が帰って、春鹿は食器棚を見渡した。
また率に連絡を取らなければならないが、マンションに置いてきた食器を全部送ってもらおうと決意する。
承認欲求などとは程遠く、自己満足ともいえないくらいのモチベーションで作っていた料理だが、久し振りにワクワクした気持ちになる。
波佐見焼のカップを手に取る。
青藍色の呉須で絵付けされたそれにコーヒーをいれて、昼からの仕事に戻った。
*
園子にふもとでの用事を頼まれて、春鹿がもみの木からリフトで下っていると、キッズパークでレッスン中の晴嵐をみつけた。
飴休憩に現れないと思っていたら、リフトに乗れないレベルの幼児を担当していたようだ。
子どもの脇を後ろから抱えて、ボーゲンで大きく蛇行しながら滑っている。
晴嵐が、まるで高校生の時のような無邪気な顔で笑っていて、春鹿もつられて知らずと微笑んでいた。
一番下の平らなところまで滑り降りていた晴嵐がめざとく春鹿に気づく。
だんだん地上に近づいているとはいえまだ空中で宙ぶらりんの状態だ。もっとも下りのリフトに乗っている人間は珍しいので目に付くのも無理はない。
少し驚いた顔をして軽い合図を送ってきたので、手を振り返したが、すぐに「よそ見しちゃダメでしょ」と身振りで伝えてみた。
晴嵐は男の子の頭をがしがしと撫でてから、おんぶで滑って来たばかりの緩い傾斜をまた登っていった。
しっかりと圧雪されたゲレンデはいつにもまして太陽の反射が眩しい。
午前中はすぎるほどに晴天だった天気も、午後からは雪だった。
風も出ている。
そうなるととたんにゲレンデは人が少なくなる。視界も悪く、気温も下がる。おかげでもみの木は閑古鳥だ。
晴嵐は午後からももみの木に寄ることはなかった。
今日は一日中、初心者用のゲレンデ担当なのか、あいにくの天気で午後からのレッスンがキャンセルになったかだろう。
冬の日暮れは早い。
「ハルちゃん、今日はもう上がれじゃ。こぃがらもっとひどぐなるみだいだす」
「わかりました。ありがとうございます」
園子に言われて、春鹿が帰る用意をしていると、薄闇の中、黄色の回転灯を光らせたスキーパトロールのスノーモービルが何台も下から上って行く。
「何かあったんですかね」
「あー、ほんどだ。遭難がなぁ?」
「バックカントリーさ入っだ客がいるみでだ」
奥から出てきたマサさんがゲレンデを見上げながら言った。
リフトで下りるとき、まだ営業時間内だというのに上に昇っていく客に一組もすれ違わなかった。
もはやゴーグルをつけていないと目が開けていられないくらい雪が降っている。
ふもとのセンターハウスが見えてくる。
赤色灯を回した救急車や消防車が何台も停まり、スキー客ではない人が大勢いて、ものものしい雰囲気だった。
午前中は平和そのものだったキッズパークにも当然子どもどころか人っ子一人おらず、ビビットな色の遊具も雪で白くかすんでいる。
スキーパトロールのオレンジ色のウエアを来た集団と黄色いウエアを来た集団が輪になっている。黄色はスキースクールの揃いのウエアだ。
みな同じ格好をして、さらに雪で視界が遮られても、その中に晴嵐がいるのがわかった。
インストラクターにはおおよそ高齢の男性が多いので、若い晴嵐は背格好でわかる。
なにやら消防隊員の話をみんなで聞いているようだ。
「あ、父ちゃん!」
折しもリフト乗り場の係員が吾郎だった。
スキー板を履いていないので、降りるときスムーズには行かない。
ややつんのめりながらも小走りでリフトの軌道から逃れる。
「ねぇ、あそこに晴嵐いるよね? まさか救助に行くの?」
「ああ、せいちゃんはパトロールの資格も持っでらす、若ぇはんで一番に駆り出される」
「そんな……」
「もうすぐ日暮れだ、時間どの勝負さなる。急がねど」
スキー場のクローズ時間が過ぎれば普段はレストハウスの営業も終了になるが、緊急時の今日は開放されたままだという。
「わも仕事さ終わっだらわも行くがら、そごで待っとげ」
降る雪が頬にあたる。
白で濁る視界に黒い針葉樹がまるで雪山の番人にように林立して、それは延々と今は雪に隠された山の頂上まで続いている。
今は春鹿に気づくことなく、晴嵐はスノーモービルの後ろに誰かを乗せて、無言の山を勢いよく駆けあがって行った。
*
いつの間にかナイター用の照明がついて、オレンジ色のライトが夜の白い世界を照らしていた。
レストハウスの、ゲレンデが見渡せる窓際に座っていた春鹿の隣に、吾郎がやってきて座る。
紙コップに入ったコーヒーを、春鹿の分もカウンターに置いて、
「そっだらに心配するな。せいちゃんなら大丈夫だはんで。遭難客の心配さしでやれ」
「……だって、こんな雪でこんな時間にコース外に捜しに行くなんて……。危険しかないよ」
「警察も消防も、パトロールはもぢろんの事、みんな雪山さプロだ。こっだら状況で二次被害さ出さねように細心の注意を払っでる。絶対無理はすねがら」
大丈夫だ。
もう一度そう言って、春鹿の肩にとん、と手を置いた。
食堂の営業もカフェ・バーチももう閉まっていて、スキーウエアの客もいない。
地元の人間ばかりが集まり、ただ照明があるだけの室内となり下がったレストハウスは事務的だ。
緊迫した雰囲気のなか、時折、連絡や指示が大きな声で飛び交って、静かで、だが、騒がしい。
暖房は十分についているはずなのに、待っている間、ずっと春鹿は寒かった。緊張で身体が冷えている。
吾郎は何も言わず、ずっと隣に座っていた。
行方不明になっていたグループが発見されたという一報が、待機していた関係者一同にもたらされると、安堵のため息とともに拍手が沸き起こった。
「えがった」
どっこいしょ、と吾郎が立ち上がる。
「わも何が手伝えるごどがあるがもすれねはんで行ってくる」
晴嵐が戻るのをここで待つように言われて、春鹿はもうまったく温かくもないコーヒーを手に取り、わずかを口に含んだ。
一時間もしないうちに、晴嵐はレストハウスに現れた。
「待だせだな」
すでに私服に着替えていて、もう帰ることができるようだ。
ポケットから缶コーヒーを出して、「ん」と春鹿に手渡した。受け取るとじんわり温かいのは、差し入れで配られていたものだろう。
駐車場の除雪がされていて、すぐに車を動かせたのはありがたかった。
晴嵐曰く吾郎たちのサポートのおかげらしい。
まだ雪は降り続いている。




