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16.祝福

「ランさん、すびばせん……」


「いいがら、寝でろって」


 額には冷えピタを貼り、マスクをしていてもわかるほどに真っ赤な顔をした千世を追い返す仕草をする。

 千世はひと冬に一度、大風邪を引く。倦怠感にはじまり喉から咳、鼻、発熱して全快するまでがセットでだいたい一週間だ。

 昨夜発熱したらしく、戸田に連れられて行った隣村の診療所で薬をもらって帰ってきた。


「ブライダルフェア、無理がもです……」


「いや、絶対に無理だべさ」


「初めでの機会だったのに、行ぎたがったー」


 明日、県内の観光地に最近できた洋館風のホテルがあり、そこで『雪のウエディングフェア』が予定されている。


 銀世界が会場装飾のテーマなので、このたび三滝工房からも様々なアイテムを提供した。どちらかというと「和」のイメージが強い白銀細工を洋物として認知してもらういい機会として工房一丸となって満を持して臨んだ。特に千世が全般を仕切っていたので落胆するのはよくわかる。


「まだ次さあるように頑張っで来る。戸田に一緒に来でもらうがら」


「ランさん、明日俺、市内に納品あるんすよー」


 背後をくるりと振り返っただけで、「わは留守番で」と杉林にすげなく言われた。

 実演の仕事は渋々行っても、渉外や営業にはさっぱり向かないので杉林に外向きの仕事を頼まないのは工房の暗黙の了解だ。

 ましてや明日は、フェア自体に納品や現場仕事があるわけではなく、様子を窺いに行くだけなので、仏頂面の職人気質が行ったところで場の雰囲気にそぐわないのは間違いない。


「すたっきゃ、一人で行ぐべ」


「でもホテルまでけっごー距離ありますし、雪道で何かあっだどき一人だと心配ですぅ」


「千世がいだとしでもたいしで状況さ変わらねと思うけど」


「近くの民家に人を呼びに行ぐぐらいはでぎまずよー」


 戸田がスマホで天気予報をチェックしながら、

「確かに明日も雪予報だし、とくに撮影班が……」


「そうなんでず、ランさんのカメラテク、全然信用でぎない」


「……ホテルの人に頼んで撮っでもらうわ」


「『写真撮ってくださーい』ってそれお客さんのセリフですから。てゆーか、そもそもブライダルフェアに一人ってなんか寂しくないっすか?」


「いや仕事だべ。別に結婚するわげでねし、一人でも……」


「春鹿ぢゃん、誘えば。ちょうどいいべや」


 杉林が言う。


「いや、なんで……」


「確かに! カップルっぽいし、まあ、杉さんと二人で行くよりは断然! それにレイクフォレストガーデン、春鹿さん行ったことないんじゃないですか?」


「……春鹿ざんのカメラテクなら私もゆるせます」


「春鹿さん、最近雪かきも上手くなってきたし!」


 大雪で立ち往生やスタックしたとして、雪に慣れていない春鹿がいた所で千世より役に立たない気もするが。

 それでも確かに最近の春鹿は、家から人一人分くらいなら自分で道を作っているし、怖がりながらも雪道も運転して出かけている。



 白銀から車で二時間。有名な観光地である湖のほとりにある人気のホテルが会場だ。

 フェアに行かないかと晴嵐が誘ったとき、以前そこが雑誌に掲載されていたと言って、春鹿はテンションをあげていた。

 大手リゾート開発会社が手掛けて建てたホテルは、白い洋館風の外装で、写真映えするのでウエディング会場としても人気らしい。


「きゃー、めっちゃおしゃれ!」


「おい、滑るぞ」


「わかってるよ、子どもじゃないんだから」


 雪のついた靴で大理石の床を歩くのは危ない。

 しかし、ホテルに足を踏み入れた瞬間の都会の香りに春鹿は興奮冷めらない様子だ。


「すごい、超景色いいね!」


 確かに、ロビー一面の窓から湖が見渡せて眺望は最高だ。

 晴嵐はこんな大きなガラス越しに山に雪の降る様子を見るのは初めてで、一面の絵画のように窓枠に切り取られた雪国のは、日々くらしと共にある雪国とはまるで違って見えた。


 案内に従って、会場に進むと、そこはまた別次元のきらびやかさがあって、春鹿が目を輝かせている。

 眩しいくらいの作られた銀世界だ。

 雪の城をテーマにしているとかで、会場装花もテーブルコーディネートもすべて白と銀、差し色にパウダーブルーを少し用いて統一感を出してある。


 三滝工房からはテーブルウエアとペーパーアイテム、会場装飾、そして花嫁のティアラも数種、納品している。ティアラは別として、あとのものは数量がいるので大変な仕事だった。


 開始時間は過ぎていたが、会場内に人はほとんどいなかった。

 試食会や模擬挙式、衣装試着の予約は満席だと聞いていたが、あいにくの天気で今も外は結構な勢いで雪が降っているし、幹線道路からはかなり山道を走ってこなければならない立地なので客足は延びていないのかもしれない。

 晴嵐たちもここに到着するまでに、すでにスタックして往生していた車を二台助けている。


 二人がテーブルセッティングをまじまじと見ていると、担当者に声をかけられた。

 晴嵐も何度か会っている女性だ。

 一通りの挨拶を済ませたあと、「今日は大切な方とご一緒ですか?」とにっこり笑う。


「いや、幼馴染で」


「お邪魔してます」 


 春鹿もぺこりと頭を下げた。

 さすがに春鹿はキャリアウーマンらしく、仕事の口調で世間話からみるみる会話を盛り上げていく。


「結婚式ってどちらかといえば勝手に南国の方のイメージがあったんで、雪とのコラボレーションは意外にも新鮮ですね」


「そうですね。リゾート婚イコール海という図式があるのは事実ですね。ドレス自体も肌の露出が多いのと、ゲストに開放的な気分で盛り上がってほしいという要望もあってどうしても暖かいシーズン、暖かい場所になってしまいがちで。雪って地元の方にはけして盛り上がる要素ではありませんし、かといってわざわざ遠方からお越し頂くにしても足元が悪いと敬遠されがちなので」


 それでも、純白のウエディングドレスと銀世界が相まって、輝くような美しさが演出できるのは雪国ならではだ。それを大自然のレフ版と担当者が呼んだのに、晴嵐はとても共感した。

 スキー場でも山でも、晴れた日の雪原はダイヤモンドの輝きだ。


 展示されたウエディング衣装に場を移す。


「某アニメ映画の影響で、ファーケープやボレロを羽織るデザインも人気なんです」


「こういう長袖に襟の詰まったかっちりしたデザインも雪国ならではの、厳かさというか神聖というか、なんかこう奥ゆかしくて慎ましくて……すごくいいかも。新鮮です」


「お客様、よかったら着てみられませんか?」


「は? いやいやいやいや」


 春鹿が、あまりに勢いよく首と手を振って拒むので、担当者は困った笑顔を見せた。


「ご予約されていたお客様が軒並みキャンセルなんです……」


「いや、ほんとにムリです! ムリムリムリ! 私、結婚してたし……」


「ご結婚されておられましても、通常ですと冷やかしはご遠慮頂いておりますが、今日は特別に。いかがでしょう?」


「あ、ごの人、今は独身なんで」


「でしたら、なおさら問題ございません! 三滝さんのティアラ、つけてみられませんか」

 

 百回は「無理」と言った春鹿だったが、晴嵐と担当者の圧に負けて着てみることになった。



「え!? は!? なんで晴嵐も着てんの!?」


「予定調和だべ」


 担当者に「お互いに、角の立つ方がおられないのであれば、三滝さんもどうですか」と意味深に言われたら、着るしかない。

 晴嵐にとってはただの着替えと同じだ。大したことはない。

 しかし、衣装室から出てきた春鹿を見て、軽い気持ちで話に乗ったことを少し後悔した。

 春鹿はおろしていた髪も結い上げて、即席などではない十分に本物の花嫁姿だ。

 妙な感慨があった。嬉しいとも寂しいとも、悲しいとも幸運ともいえない、ただの着替えでなかったことを痛感する。


「めんごいぞ」


 ありがと、と恥ずかしいのか俯きがちに春鹿が言う。


「ウエディングドレスは初めてだから、ちょっと嬉しいかも」


 率との式は白無垢姿だった。

 写真なら何度も見た。


「俺は全部はじめてだ」


 それでいて、最初で最後だろう。


 春鹿が頭頂部に飾るティアラを見て、

「……おめがつげるなら、もっといいのを作ればよかった」


「なにそれ。常に最高を目指しなよ」


「次におめが嫁さ行ぐ時は、もっといいの作ってやる」


 春鹿は苦笑した。


「もう行かないって」


 新郎新婦の装いをしただけではなく、模擬挙式も体験させられることになった。

 ここで少しお待ちくださいと言われて、待機中の手持無沙汰に春鹿が口ずさんだのは村のわらべ歌だ。

 村に子供が少なくなった今では歌うことも耳にすることもない。


『おらがおよめにいくときにゃ しろがねざいくのはなかんざし』


「白銀師と白銀生まれの女が、ドレスにタキシードで結婚式して白銀細工のティアラをつけて……って、村の年寄りが見たら怒りそうだね」


「だべな」


 時代は変わっていく。

 パイプオルガンの音が鳴り始めて、介添え人役の担当者の指示を受け、春鹿が晴嵐の腕に手を添える。

 新婦の父役はさすがにいないので、バージンロードの最初から二人が腕を組んで歩いて行く。

 ロビーから見えた同じ景色がチャペルにもあった。

 祭壇の向こう、正面がガラス張りになっている。


 雪が激しく降っている。すべての景色の輪郭が、白で濁っている。

 

 誓う神のいない祭壇の前で立ち止まる。

 飾られたリングピローには展示用の指輪があって、手に取ることはない。

 手空きのスタッフに見守られて、その場限りの祝福を受けた。


 それでもよかった。本当に、それで十分だった。


 ガラスの外のずっとずっと向こうの山にも、無数の白があとからあとから、音もなく永遠に舞い落ちている。


「雪のフラワーシャワーみたいですね」


 担当者が笑う。


 今日の雪はとても寂しい。額縁の中の景色に降る雪が、晴嵐にはそう見えた。

 



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