14.雪に恋して(2)
想定外の正月休みには第二弾があった。
「せんぱーい! きゃっ!」
車を降りた会社の後輩が、早速雪道で滑りそうになっている。
今年は曜日の並びがよく、企業によっては年末年始の休みがとても長くなることが前から話題になっていたが、まさに春鹿の会社もそのとおりで、A子から会社の後輩と「白銀村に遊びに行く」と連絡があったのは二日前のことだった。
急に決まったことらしいが、時同じくして「A子さんさ遊びに来るっで」と晴嵐からも知らされた。
どこでどんな連絡を取り合っているのか。三滝工房で白銀細工体験までするらしい。
晴嵐とA子、そして率は、先日の東京で偶然会ったそうだ。
そんな偶然があるわけないことはわかりきっているのだが、晴嵐に聞いてもA子に聞いても『いやそれが本当に偶然で』と言い張るし、率がデパートの実演販売を見にきたという話は千世から聞いていたので、コミュ力お化けの率のことだから『春鹿の友達は俺の友達』くらいの軽いノリで飲みにでも誘ったのだろう。困った晴嵐がA子に助けを求めたと春鹿は踏んでいる。
その時に、晴嵐がこの時期、スキースクールのインストラクターのアルバイトをしているという話になり、それならば是非習いたいと話が弾んだそうだが、結局今回は時間的にスキー体験は難しく、そちらは次回に持ち越しになった。
白銀村から遠くないところに、全国的に有名な温泉地があり、しかもその中の人気の旅館を伝手で押さえることができたと聞かされた。
A子にしても、ウインタースポーツに興味があると聞いたことはまったくなく、ビールや温泉の方が好きだろうと思ったら案の定「実はそっちがメインだったりして」と言っていた。
「なによ、勝手に計画してくれちゃってさ。何で私はスルーなのよ」
口を尖らせた春鹿に、
「おめが村さ来てもらうの嫌がってるがら、おめに言っでも埒あかねってA子さんに頼まれで」
確かにこれまでも何度も遊びに来たいと言われていたが、のらりくらりとかわして逃げていた。
「ド田舎なのがバレねよう、隠しでたんだろうが」
「それは……」
あらためて人から言われると、なんとくだらないことに執着していたのだと自分を恥じる。
「……まあ、正直そう思ってたこともあったけど、今はそんなことないくらいには、白銀を嫌いじゃないよ。工房も見てもらえてよかったじゃん。晴嵐、見直されるかもよ」
「見直されるって、そったらに俺の評価は低ぇのがよ」
ワクワクの方が大きいことに春鹿は自分のことながら驚いていた。
「お昼はさ、ここで食べるよね。あんたが撃った猪肉でお鍋でもする?」
「山なんか入ってる暇ねえよ。俺も忙すいんだ」
と言いつつも、晴嵐はどこかから新鮮な猪肉を調達してきてくれ、春鹿はA子たちの到着を待つ間、鍋の準備していた。
車が三滝工房の庭に停まり、後輩とA子が雪国に降り立つ。
「せんぱーい!」
「春鹿ー! 久し振り!」
「二人とも遠いところわざわざありがとうー!」
「寒い! 雪すごい! 自然すごい!」
「田舎で驚いたでしょ?」
「想像してたよりずっと素敵なところだよ! 想像してたより田舎だけどね」
抱き合って再会を喜んでいたのも束の間、助手席から降りて来た男に、春鹿は心底びっくりした。
「り、率!?」
「来ちゃった」
スタイリッシュな雪山仕様で、白い息を吐く。
「来ちゃった、じゃないよ! 何してんの!?」
「俺も雪の白銀村は初めてだ」
「どういうこと!? 晴嵐、知ってたの!?」
しれっとポケットに手を突っ込んで、再会の風景を眺める晴嵐に詰め寄ると、
「あー。この人がおめの元ダンナとは知らねがった」
「そんなわけないでしょ!」
「ランくんと仲良くなったんだー」
率は晴嵐と肩でも組みそうな勢いで、
「ちょっと何企んでんの!? おかしいでしょ! 率ってこんなにデリカシーない人だった?」
「別にランくんにケンカ売ったりしないからさ。まあまあ、今日はイチ友人としてよろしく。楽しみにしてたんだから」
「……マジで信じられない!」
どちらかというと空気を読んで引く男だったのに。
工房の中は変わりない作業風景だったが、いつもより暖房が効いていた。
千世も戸田も昨日帰省から戻ってきたばかりなのに、休日返上で東京からの珍客をもてなしてくれる。
体験キットは、ちゃっかり三人分準備されていたので、率の来訪は計画的だったということだ。
器用な率は、初めてにしては凝った意匠のキーホルダを作った。A子と後輩はほとんどを千世と戸田に手伝ってもらっていた。
晴嵐の実演と、人間国宝である晴嵐の父・晴男の作品にはみんな感動していた。
その後、春鹿の家に移動し、戸田と千世も参加して鍋を囲んだ。
吾郎はもうスキー場の仕事が始まったので不在だ。
日が暮れる前に、軽自動車と軽トラックに分乗して、戸田と晴嵐の運転で旅館まで送ってもらう。
春鹿も東京組と一緒に一泊する。
明後日が仕事始めで、春鹿も出社しなければならないため、明日A子たちと一緒に東京に帰ることになっている。
誰が考えたのか、なかなかにコンパクトにまとまったスケジュールだ。
晴嵐運転の軽トラックの助手席に乗るのは春鹿だ。
旅館まで、片道一時間強のドライブの途中で晴嵐が言う。
「宿は二部屋押さえであるがら。部屋割りは任せる」
「……任せるって、率が男一人部屋でしょ」
晴嵐は何も答えなかった。
「晴嵐も戸田君と泊ればいいのに」
「俺らは東京のセレブ御一行様とは違うんだべ」
確かに全国区で有名な高級旅館だ。一泊の宿泊料金はけっこうする。
東京と白銀村では貨幣価値がずいぶん違う。春鹿はどちらにも慣れているので金銭感覚を柔軟にスイッチできるが、白銀レートで考えれば今日の宿はなかなか勇気がいるお値段と言えた。
「会社には二、三日出勤するのが?」
「うん。白銀村に帰るのは木曜日くらいかな」
「迎えに行ぐから連絡しろ」
「うん。ありがと……」
素直に頷く。
「帰ってくるの、待っでるから」
「うん」
春鹿の家で食事の後片付けをしていた時に、率と二人になるタイミングがあった。
その時に、率が晴嵐とA子にカミングアウトしたことを聞いた。
先日の東京で。
だから、二人は無理矢理であっても誤魔化していたのだとわかった。
晴嵐がそれを知ったからと言って、春鹿の何かが変わるかといえば何も変わらないが。
ただ晴嵐には思うところがあっての、今回の率同伴の白銀ツアーだっただろう。待っているという言葉に含みがあった。
また雪が降り出して来た。
「帰って来るよ。私の家はここだもの」
晴嵐が伝統工芸芸術賞の大賞を逃したのを聞いたのと、春鹿が昇進とその条件に職場勤務の打診を受けたのは数日後の東京で、同じ日だった。




