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12.白と銀の国(3)

 再び晴嵐が来たとき、夕方は止んでいた雪がまた降りはじめていた。

 土間で上着の雪を払っている。

 さすがにここに住んでいると、「ホワイトクリスマスだ」などと思う余裕はなく、都会にはそんな感動があったことさえ、春鹿はすっかり忘れていた。


「こえ飲んべ」


 日本酒の一升瓶のように、首を握りしめて差し出されたのはスパークリングワインだ。


「え、どしたの!」


「ジャリさんの店にあっだ。どいうが、売れ残ってらった。冷やすてねばって冷えでらわ」


「……たしかにすごい埃かぶってる……。わざわざクリスマスだから買いに行ってくれたの?」


「あった店に売っであっだの奇跡だ」


「え、ごめん。ごはん、全然クリスマスじゃないし、品数も全然……」


「工房でケーキさ食べで来たがら、そんなに腹入らね」


「クリスマスケーキ? 職場でそんなイベントあるの?」


「ああ、ツリーも飾ってあるす、ケーキは毎年お客さんが送ってけるのが届ぐ。冷凍のやづ」


「冷凍……。それ、美味しいの?」


「……かだいな」


「ケーキが固いってどうなのよ」


 ツリーは千世が来てから飾り出したらしい。主に広報用だそうだ。

 オーナメントは工房で作った銀細工で、アドベント方式に一日一つずつ、SNSでその飾りを紹介したりもしているという。


「その写真見で注文も来る」


「千世ちゃんって商才あるよねー」


 キャンティ型のワイングラスのペアを東京から持って帰って来ていたので、それにスパークリングワインを入れる。いつも吾郎が使っているビールメーカーのロゴの入った小ぶりのガラスコップを使う羽目にはならなかったが、セッティングされたテーブルはこたつ、照明は蛍光灯。晴嵐にいたってはどてらを着ている。

 唯一ストーブの火にかけたル・クルーゼの赤い鍋だけがクリスマスらしいともいえたが、鍋敷きは小学校の野外活動で春鹿が作った焼き板の工作だ。


「おめ、まだこったの使ってらのが」


「私じゃないよ。父ちゃんがまだ捨ててないんだもん」


 クリスマスムードは皆無と言えたが、話と食は進んで、結局、冷凍していたピザをストーブの上の網で焼いて、その次は同じ場所でめざしを炙って、サバの味噌煮の缶詰も開けたころには二人ともいい具合に酒が回っていた。


「ハル」


 晴嵐が名前を呼んで、小箱が差し出される。


「えー、なに? くれるの?」


「クリスマス」


「えっ、マジ? あんたが?」


 誰もが知る有名ブランドのリボンがかけられた箱に、春鹿は目を見開いた。

 きっと晴嵐でも知ってたはずの有名なブティックだ。


「え、どうしたの、どこで買ったの!?」


「ネット」


 おずおずと受け取って、「開けていい?」と尋ねると、晴嵐は無言で頷いた。顔が赤いような気がするのはきっと酒のせいではない。


「すごぇよな、銀座どがデパートにすかねようなブランド物がこったド田舎にいても買えるなんてなぁ」


「香水だ」 


「おめには珍すくもねだろけど、おめが喜ぶものどが俺はわがんねし、一番人気さあるっで書いであったはんで……」


「……全然あんたらしくないけど、嬉しい」


 自然と弛む頬を隠したりせずに、

「ありがとう。あんたにこんなおしゃれなもの、もらえると思ってなかったよ」


 春鹿は手首にワンプッシュして、うなじにこすりつけてみた。


「どう? イイ女の香りする?」


「……東京のデパートの匂いさする」


「うん、それ間違いない!」


 台所に用事で立ったり座ったりしているうちに、いつの間にか二人はこたつに並んで入っていた。

 春鹿のスマホの画面で千世のSNSをチェックして、紹介されている銀のオーナメントを一つずつ見ていく。


「これかわいいー!」


「そりゃー雪の結晶。杉林さん作だべー。ほがにも雪だるまとかソリとが」


「意外にかわいいもの作るんだねー、あの人。てか、この、ぐるぐるしたオブジェみたいなのは……?」


「千世の」


「千世ちゃんはさすがというかなんといか、芸術は爆発系……?」


 千世は写真にも拘っているらしく、プロ顔負けの商品写真に仕上げて投稿している。

 背景を白でズームと引きでブツ撮りしたものと、ツリーに飾った時の写真と。

 購入を検討できるように価格も書いてある。


「こぃは戸田が作っだザクだぁ」


「ザク?」


「シャア専用」


「ああ、ガンダムね。まあそういうのがあってもいいかもね。晴嵐の作ったのはないの?」


「俺は忙すくてあったはんで、あまり作れでねばって、一個だけ」


 呟くように言うと、スマホの画面から視線を外してこたつ布団を肩まで引き上げた。


「これ……?」


 昨日のイブの日に、投稿された今年の最後の一つ。


「これって」


「鹿だ」


 銀細工でできた鹿。銀色に光る鹿だ。


「綺麗……」


 心から出たその感想は惚けた口調になってしまった。

 体長のしなやかな筋肉の隆起と、すらりと細い脚と、立派な三叉四尖(みつまたよんせん)に分かれた角。


「今年の冬、何つぐるべーがど考えだ時、やっぱり鹿だった」


 そう言って、「小便」とこたつを出て行った。




 春鹿が目覚めた時、晴嵐はいなかった。

 カーテンの隙間から日が差し込んでいる。外は晴れていて、そしてもうそんな時間らしい。


 振り子の止まった居間のボンボン時計を見ると、朝の七時半すぎだ。

 こたつで寝るとだいたいが風邪を引くものだが、そうならないように春鹿の上半身には毛布と布団がかけられていて、どうりで寒さを感じなかったはずだ。


 いつの間にか寝落ちしてしまったらしい。結構な量を飲んだはずだが、二日酔いになっていないのは幸いだ。


 起き上がるとテーブルの上はきれいに片付けられていた。

 そしてそこには、クリスマスプレゼントにもらったピンクの香水の瓶と、その隣に自立する銀の鹿がいた。

 オーナメントとして吊り下げられるように輪にした白いリボンが通してある。


 煙草の箱ほどの大きさの銀の鹿。

 昨日、写真で見たものだ。

 他のオーナメントは価格が書いてあって購入画面に飛べたが、この作品だけは非売品と書いてあった。


「きれい……」


 ほとばしる生命力を感じる見事な造形美なのに、細い線が繊細さと儚さを、そして光を跳ねるような銀が神々しさを。

 山の鹿はこの辺りでは神の使いと言われている。


 これももらっていいのだろうか。

 暖かいこたつに入りながら、春鹿はそれを長い間、眺めていた。


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