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11.白銀東京スクランブル(2)

 いつもの格好、いつもの姿勢、いつもの作業。しかし場所は東京のど真ん中。

 工房の自席の座布団を四方で切り取られ、圧倒的な都会のデパートの中に移植された違和感は間抜けな見世物のようで好きではない。

 しかし物販だけの催事よりも実演は興味を引くらしく、足を止める客が多い。

 物珍しさだけで、購入に至らずないことも多いが、白銀の銀細工の存在を知ってもらえれば、それだけでも出張ってきた甲斐がある。


「伝統の花簪の枠にとらわれない、ウエディングシーンでヘッドドレスとしても最近は人気なんですが、普段使いのモダンなアクセサリーもございますよ」


 銀を梳かした銀線を依って、すべて手作業で、まばゆい光沢と、〇〇ブランドのAWコレクションにもアクセサリー提供していて、ええ、白銀で検索してもらったら、インスタもやってまーす、ネットからも買えますよ、青山のセレクトショップで委託販売もしています……


 作務衣姿で売り子をしている千世が、流ちょうなセールストークを繰り広げている。

 それを聞きながら、手元に集中していると、男の声がした。


「こんなふうに作るんですねー」


 こういう趣向の催事で、若い男性客の存在は珍しい。


「そんな大きな手でこんなにも緻密で精巧な飾りが作れるんですね」


「銀線は細いものだと0.2㎜くらいなんですよ」


 千世が据え置きのチラシを広げる紙の音がする。


「妻が花簪にお世話になって」


「えっ、そうなんですか」


「妻と言っても『元』ですなんですけれど。簪に、職人さんの呪いが込められてたのかも」


「えー、はは、そんなことは……」


 晴嵐はなんとはなしに顔を上げて、千世と話をする客を見た。

 いかにも都会風の洗練されたスーツ姿の男。購買目的ではなく、仕事で来ているのか。

 見覚えがあるようなないような。

 誰だったかと思うより早く、男が名乗る。

 

「三滝さん、はじめまして。ハルちゃんの元夫です」


「え」


 千世が固まっている。


 千世はSNSで積極的に工房の近況を投稿している。

 当然今日の催事も告知され、晴嵐の実演があることも事前にアピールされていた。

 そして、春鹿のSNSに元夫が反応していることも知っていた。知っていたけれども。



 晴嵐も臆することなく入れる庶民的な居酒屋は騒がしい。


「なに、この状況」


 二人の男が顔を突き合わせて座るテーブルまで来たA子は、真顔でツッコミを入れた。

  

「お疲れー」


 飄々とした率の一方で、晴嵐は軽く頭を下げる。


「急に呼び出しですみません」


「いやいや、何このメンツ。ねえ、率。あんた、春鹿のストーカーなの?」


「A子ちゃん、最近俺へのアタリきついよねー」


 付き合いの長さからか、A子は率の隣を選んで椅子を引いた。

 足元の荷物かごに乱暴に鞄を放り入れて、

「だって率のせいでなーんか歯車が狂った気がしてんの。春鹿も実家帰っちゃったし。なんで離婚したのかもわかんないし。擁護も応援もできないっつーの」


「あながち間違いではないかも」


 困ったように笑う率を睨んで、

「いやいやそれより。なんなのこれ、修羅場? 春鹿は? 二、三日前、出社してたよね? 帰るって言ってたけど」


「俺と入れ違いで、春鹿は白銀さいます」


「だったらどうして? 面識あったっけ?」


「ううん、俺たちは今日はじめましてだよね? インスタをチェックして俺が会いに行ったの」


「あの、東京のデパートの催事で……」


「率、あんたマジで怖いよ!」


 A子は距離を取るためのポーズとして大げさに体を引いた。


「いや、実演あるんで良ぇば立ぢ寄りけってインスタにあげであんで率さんは悪くない……かと」


「メシでもどうですかって誘ったら警戒させちゃったから。A子ちゃんと三人でならって言うし」


「……勝手にアテにしですみません」


「いやいいけどさぁ。二人きりで会ってるくらいならむしろ立ち合いたいけど。てか、春鹿は知ってるの?」


「言ってないよ」


「だろうね、知ってたら全力で止めるわ、私が春鹿なら」


 A子の登場によって、それまでは遠慮し合ってなかなか注文できなかった食べ物がどんどん運ばれてくる。

 二人の男に気を遣うふうもなく、箸をすすめながら、

「何が目的? あんたたちに親交を深める意味はないからね」


 率はA子をスルーして、

「ハルちゃんは元気にしてる? って、実は数日前に俺も会ったんだけどね」


「だから何なのよ! あんた一体何がしたいの!?」


「いや、あの……」


 晴嵐はA子の矛先を逸らすべく、当たり障りのない世間話を挟むことにした。

 さすがに意味もなく率が晴嵐を誘うわけがない。

 何か話があるのだろうと思う。予想はつかないが込み入った話なのだろう。


「それが、白銀はもう腰のあだりまで雪が積もっていで」


「ええっ、もう!? やっぱすごいねぇ」


 A子は目をぱちくりさせた。


「初めでの雪かぎ、頑張ってるど思います」


「あの子、戦力にならなさそー」


「白銀はこぃがら深い雪さ閉ざされだ暮らすになる。春鹿の元気もいつまで持つか。豪雪地帯の冬はみんなふさぎがぢになるはんで」


「そうなんだ……厳しい土地なんだね」


 雪は寒く大変なことだらけで楽しい事なんて何一つない。

 これからの時期、積雪はどんどん増えていく。

 外出もままならない時もあるし、閉塞感に押しつぶされそうになる時がある。


 そんなことを考えていると、

「三滝くんはさ、ハルちゃんのこと好きなんだよね」


「もー、唐突なんだから」


 A子がため息をついて、大皿の刺身を率の小皿に取り分けた。

 これでも食べてちょっと黙りなさいと言い加えて。


 直球すぎて探りではなさそうだが、挑発か勝利宣言か。


 晴嵐はぐっと腹に力を入れてから、

「好ぎだ」

 と答えた。


「でも、この先春鹿が応えるごとはないと思います」

 

 A子が咀嚼を止めて、

「あら、好きって伝えたの?」


「いんや、告白すたわげでねばって……こぃがらのごど少す話すただけだけんど。春鹿はいろいろとこっぢに未練があるようで」


「未練って東京に対して?」


「……いや、多分俺のことだよ」


 率がいつになく真面目な声で会話に入って来て、空気が瞬間的に緊張した。

 和ませるようにA子が肘で率をつつく。


「なによ、自意識過剰ー」


「そうじゃなくて。俺は離婚するにあたってハルちゃんに重荷を背負わせた。しかも重いからって簡単に下ろせるようなものじゃなくて、呪いに近い」


「呪い!? 何やらかしたの!?」


 詰め寄ったA子に、率は口角を無理やり上げた不自然な笑顔を作った。


「俺、バイセクシャルなんだよね」


「……え」


 けして静かな店内ではないのに、確かに一瞬しんとなる。

 率は表情に穏やかな笑みをたたえて、しかし視線は下を向いて、淡々と続ける。

 

「離婚とそのことは直結はしていない。浮気したとか、好きな人ができたとかそういうのでもない。結婚する前もしてからも好きなのはハルちゃんだけだ。でも事実として、ハルちゃんに出会う過去にまで掘り下げると、ハルちゃんの前には彼女もいたけど、男とつきあったこともある。俺は男も恋愛対象になる」


「……同じことを春鹿に言ったの?」


 率は「言った」と頷き、

「既婚なんだから、女であれ男であれ、ハルちゃん以外に恋愛感情を持つ機会は基本的にはあってはならないんだから、言う必要はないと言えばなかった。言っちゃったんだけどね」




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