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7.銀と歩む(4)


 結局、春鹿は六ツ美が帰るのを見送って、一人で他のブースを見て回り、晴男のトークショーを聴き、そのうちに終了時間になった。


 明日の日曜日もフェアの日程があり、ブースの設営はそのままにしておくとのことで、晴嵐は春鹿が待っていた外のベンチに意外と早くやって来た。

 それでも日暮れが早くなった季節、辺りには夜の帳が下りかけている。人もまばらで昼間の賑やかさはなく、関係者らしき人達がお疲れ様と声を掛け合って帰っていく。

 ずっと外にいたので目が慣れている春鹿にはまだ夕方の暗さだが、明るい室内から出てきた晴嵐には真っ暗に見えるだろう。


 杉林は自分の車で帰り、戸田と千世はすでに晴男の車で焼肉を食べに向かったらしい。


「これまた、たげ買ったべな……」


 春鹿の足下のプラスチックかごの中を見て目を丸くした。

 エコバスケットとして、スーパーの手提げかごが売られていたので購入し、そこに買ったものを入れているのだが、袋や包装のない裸のままの泥付きの野菜は、まるで畑で収穫してきたもののようだ。

 

「……車で来ればよかった」


 春鹿は肩を落として言った。

 陽が落ちた後の肌寒さと、目を凝らさなければ表情が見えないくらいの暗さが、春鹿の沈んだ心持ちとリンクする。


「無責任なのは六ツ美だ。六ツ美が誘っだんだがら、なにもおめが気に病むことでねよ」


 晴嵐が腰を折って、かごの両手を持った。

 持ち上げようとして、春鹿がまだ腰を上げようとしないので、再び持ち手を離す。

 晴嵐は、ただ春鹿の前に突っ立っているだけの格好になった。


「千世ちゃんにも申し訳なかったな。楽しみにしてただろうに」


「あいつらは肉が食えたらそれでいんだがら」


「……そんな単純な話じゃないって、あんたもわかってるでしょ」


 晴嵐は本格的にかごを持ち上げ、言った。

 荒いプラスチックの目から砂がパラパラと落ちる。


「そのうち、おめの耳さ入るがもしれねがら先に言っておぐ」


 春鹿は晴嵐を見上げる。

 作務衣ではなく、スウェットパンツとTシャツに着替えているが、どう見ても寒そうだ。


「正直、千世を嫁にもらう話は前にあっだ。ばって、二人でそれについで検討しあう前に立ち消えた。千世は銀細工にも詳しいし、白銀のごとも好いでけでる。けんど、千世はこっだなところで終わっでいい才能の持ち主でねぇがら。もったいね。それに千世のごとは妹みてなもので、それ以上には思えね。俺がそう思っでるごとは千世も知ってる」


 二人の仲は、春鹿が考えていたよりもずっと大人で、惚れた腫れたではない現実的な解決をも見ている。


「さ、冷えるべ。もう行ぐぞ」


「うん……」


 春鹿はようやくベンチから立ち上がった。


「なあ」


「……ん?」


「こごさ来だら、いつも湯さ寄って帰るんだげんど、おめも寄っでみるか?」


「湯? 温泉? ってまさか河原で猿とかと一緒に入るやつ?」


「ばぁか。違うわ。スーパー銭湯。あれ、あっぢさ建物」


 晴嵐が顎で指す。歩くには少し遠いところに、サーカスのテントにも似た建物が立っていて、それが温泉施設らしい。


「いろんな風呂があって楽すぃじゃ」


「へぇ」


「洒落てはねぇべ。利用客はジジイとババアしかおらねしな」


「私、何の用意もないけど」


「借りればいい」


「じゃ、行く」


 温泉の区画まで車で移動するというので、軽トラを停めている駐車場に向かう。

 プラスチックのかごの手を、晴嵐と春鹿とで片方ずつ持つ。


「しがし、これさ何買っだんだ?」


「さといもとかさつまいもとかかぼちゃとか」


「こっだな泥の野菜、六ツ美の車に乗せだら迷惑がられるべさ」


「ムッちゃん、新聞敷けばいいって言ってくれたもん」 


「そういえば、銭湯のレストランに猪肉の焼肉メニューがあっだはずだべ。俺らも肉、食うがー?」


「いいねー。でも牡丹鍋でもいいなー、寒いし。てか、あんたその格好、寒くないの?」


「全ぐ」


「あー、やっぱバカだわ、あんた。実演見て、びっくりしたのに」


「びっくり?」


「うん、別人みたいに真剣で、びっくり」


「びっくりの他に何がねのかよ。カッコよがったとか、男前だったどか」


「それは全く」


 薄闇の中を並んで歩く二人の頭上に、一番星が明るく光っている。

 白銀の季節の移ろいはいつも早い。特に冬に向かうときはいっそう駆け足になる。 

 村は冬に差し掛かる秋を迎えていた。

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