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4.横たわる過去(2)

 春鹿が同乗の場合、晴嵐は村中を通らず山から迂回、つまり人目に付きにくい道を使う。

 

 カフェからの帰り道、テイクアウトのケーキをごきげんで膝にのせていた春鹿は、その道の先に、軽トラが一台停まっているのが見えた。


「あ、まずぇ……」


「え、知り合い?」と春鹿は反射的に返したが、愚問だ。

 むしろこんな地元民しか知りえないような道に停まっている車など、地域にとっては知り合いではない方が問題だ。


「ありゃ鯉口のおっさんだべ」


「え、軽トラ見ただけでわかるの!? みんな同じ白なのに!?」


「わがるさ。つまりは、向ごうも俺だってわがっでるど言うごとだな」


「えー、どうすんの!? 引き返すわけにもいかないし、この車じゃ隠れるところもないよ!」


「もうバレてもいんでながったか?」


「いや、まだ、できればもうちょっと……」


「普通にしでろ」


「普通ってなに!?」


 相手の軽トラの持ち主も晴嵐の存在に気づいたらしく、農作業服の老人が、晴嵐を迎えるように立っている。

 すれ違うタイミングで、晴嵐もブレーキを踏んだ。


 開いていた窓から、さらに上半身を乗り出し気味にして、

「ご苦労さんで」


「おう、せいぢゃん。草が延びでらはんで狩っでるべな」


「そらすまんごっだな。みんな助かるべ」


「……あっ? お連れさんが一緒がい。珍すい。どぢら様だが」


 心を無にし、気配すら消しているつもりの春鹿を、農協のキャップをかぶった爺さんは目ざとく見つけた。車内を無遠慮にのぞき込んでくる。


「……ドウモ、コンニチハ」


「どーもどーも。なんだべ、てっぎり千世ちゃんが乗ってらんだと思ってらった。もしがしで、せいぢゃん、彼女か!?」


「ちげーよ。吾郎さとごの春鹿だべ」


 晴嵐はさらっと言った。


「え、ちょっと、あんた、ごまかす気ある?」


 春鹿は抗議するも小声すぎて晴嵐には届いていない。いや、届いているが無視されている。


「帰っで来どるで、俺がアッシー。買い物連れでいっで帰りだ」


 運転席の男を肘で小突きたくなるのを堪えて、こうなったら腹を括って仕切り直しだ。


「ご無沙汰してますぅ。父がいつもお世話になってますぅ」


 助手席から笑顔を作って頭を下げる。


「あんだ春ちゃんがい!? 美人なっでー!」


「ははは、それはそれはどうもありがとうございますぅ」


「それだば、おずさんも気ぃ付けで」


「ああ、春ちゃん、吾郎さ十分孝行しでやりね」


「ハイ、ありがとうございますぅ。失礼しますぅ」


 言葉の途中でもう、晴嵐の軽トラは動き出した。

 春鹿は大きなため息をつく。

 

「こごで会ったが運の尽きだべ。遅かれ早がれバレるんだがら諦めろ」


「そうなんだけどさー。誤魔化せたくない? あ、寝たふりとかすればよかった……」


「こっだな場所で知らん女ど二人でおっだら、俺に変な噂が立つわ。取り返しがつがんぐなっだらどうすんだべ」


「自分だけ保身? 最低ー」


 言いつつも春鹿もさすがに晴嵐を責めるのはお門違いだと思い出して、話をそこで終わらせた。


「はぁ。挨拶回りとかした方がいいのかな。配るお土産買ってきてないよ……」


「今さらいらねだろ」


「めんどくさ……あー、せっかくいい気分だったのに……」


 がっくりと肩を落としていた春鹿だったが、ふいに顔を上げる。


「そういえばおっちゃんさっき『チヨちゃん』って言ってなかった? 何? 誰?」


「ああ、うぢの職人」


「へえ、女の人いるんだ。って、昔もたまにいたっけね。同年代?」


「いや若ぇよ。たしが……二十四が二十五が」


「若っ! そんな子があんたん家に住み込みで働いてんの?」


「うぢと寮とは別棟だの知っでるべ。それに千世の他にもう一人、男の従業員がいる」


「えー。そのチヨちゃんとなんかないわけ? 村公認ぽかったけど」 


「ねぇなー。第一こっだな狭い世界で手なんか出さねえし、出もしねわ。村ん中でややごしいのはごめんなの」


「もったいないー」


「なんももっだいなぐねぇ」


 そのうちに春鹿の家に着いた。


「今日はホントにいろいろありがと」


 車屋への紹介、カフェの会計、お土産のケーキ、もろもろ晴嵐に世話になりっぱなしなので、深々と頭を下げる。


「明日にでも、おばちゃんに挨拶に行くわ」


「うぢか? わざわざいらねけど、ま、おめさ来でぐれだら母ちゃさ喜ぶ」


 晴嵐は、運転席の窓から肘を大きく乗り出して、

「ま、おめが帰っで来でぐれて、俺は正直、楽すい。新しい風が吹き込んだっつうが、なんつーが、ああ、転校生が来だみだいな気分?」


 たとえば、児童生徒が全員友達状態の小中学校時代の毎日に、新しい友達が来ようものなら。

 春鹿は含み笑いをする。

「……それは、かなりわくわくする出来事だね」


「コーヒーまだ行ごうぜ。納車されるまではアシも必要だろ。遠慮なぐ言えよ。おめの作った飯食わしでぐれたらそれでチャラだ。うまがったし、あれなら町に飲みにいぐ必要ねえわ」


「飲み屋代わりに使わないでよ」


「次はスイカとかぼちゃ持って来るべな、あと酒も持参で」


「そういう問題じゃなくて」


 春鹿はのんびりした速度で坂を下って行く軽トラを見送った。

 振っていた手を下ろす。

 傾いた西日が、山と田畑を黄色に染めている。



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