聖女とは、悪女とは
ウィリアム•ヒルズ殿下は、十八人いる王のご子息の一番末の子供でありました。
そんな殿下が、兄姉たちを差し置いて、この国の王として戴冠をすることになったのは、他ならぬ聖女アリスティアと恋仲になったことに由来します。
この国にとって聖女とは貴重な存在です。不浄を浄化し、光魔法で全てを幸福に導く存在。神とも言える存在を手にした彼に、逆らえる者はおりませんでした。
私は、ウィリアムの元婚約者でございました。彼のことを愛していたのに、急に現れたアリスティア様は、私から彼を奪っていった。許せませんでしたよ。私は彼女に思いつく限りの嫌がらせをしました。それの行いが明るみになると、ウィリアムは私を遠く離れた辺境の地に追放しました。
私は彼らに復讐するため、短剣一つもってその地を逃げ出しました。時には人には言えないことをして日銭を稼ぎました。長い時間をかけて城下に戻ってきましたのに、城に足を踏み入れた瞬間に待っていたのは真っ赤な血の海でございました。見張り兵も来賓たちも、ウィリアムの兄姉たちも頭だけが半分潰れた状態で沈んでおります。
その中に、ウィリアム様の姿を見つけた時、私は駆け寄って涙を流しておりました。その胸に短剣を突き刺してやろうと、それだけを望んでここまで戻ってきたのに、今の私にあったのは深い悲しみだけでした。
「あら、誰かと思えば」
血溜まりの静寂の中に、美しい声が響き渡りました。
振り返ると、そこには真っ赤なドレスをきたアリスティア様がおりました。その手には王の首だけが握られております。
「アリスティア様……何がありましたたの?」
震えた声で尋ねると、アリスティア様はゾッとするような美しい顔で笑いました。
「殺したのよ。私が」
「こんな……嘘よ。一人でどうやって……聖なる光魔法でこんなことができるわけが……」
「バカね、何も知らないのね。聖なる力なんておまけで使えるだけよ。闇の魔法だってなんだって使えるわ。莫大な魔力量とどんな魔法でも使える才能。それは一国家の全戦力に値する特別な力……国が囲うのも納得でしょう?」
「なんで…なんで、こんなこと」
「復讐よ」
彼女は楽しそうに語りました。
「私の母もね、聖女でしたのよ?もはや名簿から名前は抹消されてしまいましたけど。それは何故だと思いますか?」
何も答えないでいる私に、アリスティア様は手に持った首を放り投げてきました。ゴロンと床に転がったそれが舌を出したまま私を見つめています。
「ソレはね、母を無理やりに手籠にして孕ませたのよ。同意もなしに聖女に無体を働いたことが明らかになることを恐れたソレはね。謂れもない罪で母を辺境へと追いやったのよ。男を知ると、魔法の力は次第に失われていくわ。名実ともにただの人となった母は壊れたまま死んでいった。だから私が代わりに復讐したの」
「なら殺すのは陛下だけでよろしかったじゃないですか。なぜ、ウィリアム様まで……」
先王がどうだったのかは知らない。だが、ウィリアム様は虫も殺せぬような心優しい人だった。私が愛してやまない存在だった。
「根絶やしにしたかったの。あんな男の血。一滴残らずこの世界に残したくなかったのよ。バカみたいに子供が多いじゃないソレ。だから戴冠式で一気に集めて一気に殺そうと思ったの。いくら聖女とはいえ、王族関係者じゃなければ式に参加できないからね。ふふ、取り入りやすい男だったわ。純粋で初心で……とっても……馬鹿だった」
私は懐の短剣を取り出して、叫び声を上げながらアリスティア様に向かいました。
きっと返り討ちにあうでしょう。そう覚悟した上での殺意を、なんということでしょうか。アリスティア様はそのまま受け入れたのです。
ずぷりと、刃先が彼女胸に吸い込まれます。
手を離そうしましたがアリスティア様は信じられないほど強い力で私の手のひらごと短剣を握りしめて離しませんでした。
「一滴残らずって言ったでしょう……それは私も」
そう言って、アリスティア様は瞳を閉じて血の海に沈んでいきました。
これが、あの日に起こった事件の概要なのです。私が殺したのは一人だけ。いえ、彼女の腹にいたと言う命を含めれば二人というべきでしょうか。いずれにせよ、あそこでことを起こさなければ、彼女が国を滅ぼす手段はなかったのでしょう。
この悪女の言うことを信じてくれとはいいません。
ただあるのは、一人の女によって国が滅んだという事実だけなのですから。
end