4.一人ではない。
事態は深刻。
「師匠、これってもしかして……!」
ミルの姿を見て、アーニャが息を呑んだようにしてこちらを見る。
彼女が言わんとしたことは分かった。指先から四肢にかけての変色と壊死、さらには呼吸困難の状態。これの軽症の状態を先日、僕と少女は目の当たりにしていた。
――『ラミレアの毒』で、ほぼ間違いないだろう。
「だけど、どうして……?」
僕は急ぎ少年のもとへと駆け寄って、その患部を確認した。
壊死はかなり進行しており、たとえ解毒したとして末梢神経が元通りになることはない。それどころか、このままいけば臓器が壊れてしまうに違いなかった。
しばし考えてから、僕はアーニャにこうお願いする。
「アーニャ、いまからありったけの準備はできる?」
「ラミレアの茎、ですか?」
「そう。とにかく、たくさん……」
「わ、分かりました!!」
こちらの申し出に、少女は大慌てで外へ飛び出していった。
それを確認してから僕は、エルさんに訊ねる。
「エルさん。いつ頃からこうなっているのか、分かりますか」
「いつ頃から、ですか……?」
「はい、些細な変化でも構いません」
「………………」
すると彼女はしばし悩んだ後、ふとこう言うのだった。
「実は、ミルだけじゃないんです」――と。
それを聞いて、僕の肝は一気に冷える。
そして、詳しく事情を聴いた後に小屋の外へと飛び出すのだった。
◆
「そんな……そんな、ことって……!?」
僕は一心不乱に貧困街の区画を走り回る。
彼女の言葉が正しいのなら、事態は思った以上に深刻かもしれなかった。そして、その嫌な予感は見事に当たってしまう。
「…………!!」
――息を呑んだ。
僕が発見したのは、日差しを避けるように陰に身を横たえた子供たち。
そして、彼らの指先はやはり――。
「壊死、してる……!」
数名の子供のうち、一人の指先に触れて確認した。
その症状はミルよりも軽いが、ラミレアの毒の影響であることは間違いない。呼吸も荒く、みな一様に喉が渇いたと訴えていた。
そんな彼らを診ていると、一人の男性が声をかけてくる。
「お前さん、そのような穢れに触れて大丈夫なのか……?」
「え、穢れ……?」
驚いて振り返ると、そこにいたのは一人ではない。
症状が出ていない子供を連れた親に、あからさまな不快感を示す大人たち。彼らはまるで汚物を見るような目で、日陰で倒れている子供たちを見ていた。
「その子たちは、なにかの罰を受けているのだろう? きっと呪いだ」
「呪い、だって……?」
そして、そんなことを言う。
僕が驚くと男性は、代表するように続けるのだ。
「あぁ、そうだ。エルの息子のように、穢れた魂を持つからだろう?」――と。
それは、言いようのない偏見だった。
彼らはラミレアの毒について、知見がまったくない。
だとすれば子供がこのようになっても、原因を見つけられないのだ。
「違います、これは呪いなんかじゃ――」
「どいてください……!」
「え……?」
だから、それを否定しようとした時。
人の隙間を縫うようにして、一人の女性がコップを手に現れた。
「アン!? ほら、お水よ……?」
そして、倒れる子供の中から自身の娘を見つけ出して。
コップの中にある水をゆっくりと飲ませた。
すると――。
「げ、ほ……! げほげほ!?」
アンと呼ばれたその子は、身体を痛みに震わせてむせ返る。
その瞬間、僕は見た。
「……もしかして…………!?」
少女の指先の壊死が早まったのを。
それは間違いなく、ラミレアの毒による反応に違いなかった。