2.新しい日々。
オープニングはここまで!
次回から第1章!
「ねぇねぇ、リフレス様。わたしに、解毒を教えてくださらない?」
「あ、あはは。アーニャ様、それは少しばかり時期尚早かと……」
あの一件から数日が経過して。
僕はとかく広い屋敷の一室に、客人として住まわせてもらっていた。
そしていま、助けた姉妹の妹――アーニャから、執拗に解毒の知識をせびられている。とはいってもまだ齢十二の女の子なのだから、戯れのようなものだろう。
僕は苦笑しつつ、読んでいた書物を閉じた。
すると目の前にあったのは、不満そうな彼女の愛らしい顔だ。
「むぅ、リフレス様。もしかして子供の戯れと思っていませんか?」
「ぎくぅ……」
アーニャの言葉に、動揺を隠せなかった。
なんだろう。この子は本当に察しが良いというか、年不相応に頭が良い。
「あー、やっぱり! 言っておきますが、わたしは本気ですよ!?」
「あ、あはは……」
「笑って誤魔化すのはなしです!!」
「うぐ……」
躱そうとするが、退路を断たれてしまった。
しかし、そう簡単に解毒の知識を与えて良いものか分からない。
それにアーニャには、もっと他に学ぶべき内容があるはずだった。だって、
「あの、アーニャ様は公爵家のお嬢様であって……その、身分が……」
この少女は公爵家の令嬢、なのだから。
この事実を知ったのはあの日、彼女たちを助けたすぐ後だった……。
◆
「こ、公爵家の……!?」
「えぇ、そう。アタシは公爵家のアリシア・ウィンドスフィア。そしてアーニャは、知っての通りアタシの妹よ」
「アーニャ・ウィンドスフィアです。以後、お見知りおきを」
「…………」
理路整然といった様子で語る姉ことアリシア。
対してアーニャは貴族の嗜みとでもいうのだろうか、恭しく礼をしてみせた。
それらを見た僕は、困惑するしかない。家臣の人々はいま外に出払っており、小屋の中にいるのは三人だけだった。
そのことが、よりいっそうに緊張感を高める。
「あら、そんなに緊張しなくていいわよ。アタシは堅苦しいのが苦手なの」
「は、はぁ……」
そんな僕を察して、アリシアはそう言った。
先ほどまで生死の境を彷徨っていたとは思えないほど、凛とした態度である。僕は貴族としての風格に圧倒されつつも、ひとまずこう訊ねた。
「でも、いったいどうして毒なんか……」
「アタシも分からない。十中八九『あの馬鹿』が仕込んだのだろうけど」
「……『あの馬鹿』?」
するとアリシアは、鼻を軽く鳴らして口にする。
「アンドレ・ルツ・テストニアよ」――と。
僕はその名前を聞いて、口角が引きつるのを感じた。
だって、その方は――。
「だ、第二王子……!?」
――そう。
このルツ王国の王族に名を連ねる人物であったから。
こちらが困惑していると、アリシアは深くため息をついた。
「そんなできた人間じゃないわよ、アイツ。何かにつけて自身の身分をひけらかすし、民のことを愚かな下等生物とさえ呼んでいたのだから」
「ひえぇ……」
知りたくなかった情報がボロボロと出てくる。
僕はそれに震えながら、苦笑することしかできなかった。すると、
「そういえば、リフレス。貴方、行く場所がないんだっけ?」
「え……?」
話の腰を思い切り折って、アリシアがそう言う。
「あ、うん……そう、だけど……?」
会話の主導権を取られているとは思いつつ、僕はそう答えた。
それを聞いた彼女は、ちらりとアーニャを見て――。
「そう。だったら……」
こう、あっさりと言い切ったのだった。
「アタシたちの家に住むと良いわ」――と。
◆
――で、いまに至る。
あの日以降、僕は公爵家お抱えの【解毒師】ということになった。
衣食住の保証はされているし、困りごとなんてほとんどない。安定した生活水準が担保されていることは実に好ましかった。だけど、唯一の悩みといえば……。
「もう、子供扱いしないでといいましたでしょう!?」
「お、怒らないでくださいよ。アーニャ様……」
「むむむぅ……!」
このように、公爵家姉妹のアーニャが弟子入りを志願することだった。
僕自身、まだまだ未熟だというのに弟子など取れるはずがない。それに相手が公爵家の令嬢となっては、こちらの気苦労も絶え間ないものだった。
そんなこんなで断り続けているが、相手はなかなか諦めず……。
「まぁ、良いんじゃない? 基礎くらいなら」
「アリシア様……!?」
――と、そんなことを考えていたら。
いつの間にか部屋にきていた姉に、軽く言われてしまった。
彼女は優雅に紅茶を啜りながら、小さく息をつく。そして言うのだ。
「呼び捨てで良い、って言ったでしょ? リフレス」
「あ、う……」
これまた、難易度の高い要求を。
しかし立場というものがあり、それを色々と思索した結果――。
「ごめん。……アリシア」
「よろしい」
僕が折れることとなった。
こちらの返答を確認してから、彼女はまた紅茶を一口。
「まぁ、とにかく。簡単な内容なら教えても良いわよ。見聞を広めることになるし、自分を守る術にもなるから」
「そうなのかな」
「えぇ、そうよ」
そして、そう語るのだった。
たしかに言われてみれば、一理ある。
それに基礎くらいなら、こちらからも教えられることがあると思った。
「リフレス様。どうされますか?」
そこで改めてアーニャを見ると、少女はにっこりと笑って言う。
愛らしい表情の奥から『お前に逃げ場はない』という声が聞こえた気がしたが、僕はそれに目を瞑って覚悟を決めることにした。
「分かりました。でも、本当に基礎ですよ?」
「やった!」
その上で、そう答えると。
アーニャは年相応に喜びながら、小さく跳ねてみせるのだった。
「まったく、どうなることやら……」
そんな少女と、微笑む姉を見て。
僕は、新しい日々の始まりを改めて実感した。
不安もあるし、期待もある。
そんな半々な感情の門出だったように思えるのだった。
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