1.解毒師の役目。
続きは明日のつもりです。
「ど、毒を盛られた!?」
「そうなんです! 治癒術師の方にも診てもらったんですけど、自分たちでは治癒できない、って仰って……!!」
「分かった! それならどこに行けば良い!?」
「こちらです!」
僕が了承すると、少女は安堵したように笑顔を浮かべた後にまた焦りだした。聞くところによると、彼女のお姉さんが何者かに毒を盛られたらしい。
昨今ではほぼあり得ない事態だが、治癒術師が匙を投げたなら事実だろう。
だとすれば、助けられるのは自分しかいない。
そう考え、少女の案内に従って走った。そして、
「この小屋の中に?」
「はい……!」
たどり着いたのは、人目に付かない小屋だ。
見れば入り口付近には数名の人が、不安げな様子で立っている。それを見て僕は一つ、覚悟を決めてそこへと駆け寄った。
すると一瞬だけ怪訝な表情をされたが、すぐに少女の存在に気付いたのだろう。その場にいた人々は、懇願するように僕にこう言った。
「お嬢様をお助け下さい! ――【解毒師】様!!」
「あの方を助けられるのは、貴方様だけです!!」
だがあえて返事をせず、それに頷いて小屋に入る。
ここで絶対に助けると宣言をしては、もしもの場合に問題があった。しかしそれ以上に、一刻も早く患者の容態を確認したい。
そう考えたから、僕は少女の姉だという女性のもとへ向かった。
「脈が弱まってる。これは……?」
妹と思しき少女とそっくりな長い金髪、そして苦悶に歪む凛とした顔立ち。
僕は何か手掛かりがないか、必死に見目麗しき彼女を観察した。
そして――。
「爪が黒く変色している。……これって、もしかしたら!」
――見つけた。
手掛かりはベッドからだらりと垂れた手の先にあった。
爪があり得ないほど黒く変色している。見れば、それは次第に指先にも浸食を始めていた。一見すれば凍傷によっての壊死だが、この状況で進行するのはあり得ない。
まして、今は夏季だ。
脱水症状などはあれど、このような事態はまずない。
その上で僕は思考を巡らせて、一つの可能性に突き当たるのだった。
「すみません! 今から言うものを準備できますか!」
「は、はい……!!」
事は一刻を争う。
僕はすぐに、外の人々に協力を求めた。
「薬を煎じます。そのために、まずは熱湯と――」
先ほどの緊張が継続しているからだろう。
全員が一目散に、解毒に必要な物資を集めに動いていた。
「あの、お姉ちゃんは……?」
その最中に、ただ一人だけ。
妹である幼い少女は不安げに、僕の傍でこちらを見上げてきた。どうやら周囲の様子を見る限り、彼女がこの女性の唯一の肉親なのだろう。
僕は少しだけ考え、女の子に現状を説明した。
「キミのお姉さんは、きっと『ラミレアの根』から作られた毒を口にしたんだ」
「ラミレア、って……あの、綺麗なお花さんですか?」
「うん、そうだね」
困惑したように首を傾げる彼女に応えつつ、僕は用意された熱湯で患者の指先に処置を施す。そして雑多に荷物を押し込んだバッグから、道具を取り出しつつ続けた。
「ラミレアは一見して害のない花だよ。だけど、特定の条件で根っこを煎じると毒薬が完成するんだ。それは身体を末端から侵し、最後には心臓や肺に到達する」
それに、少女は息を呑む。
いま語った内容は、どうやら間違いなかった。
事実として女性の両手両足の指先を熱したところ、毒の進行が鈍化する。これはラミレアの毒薬が熱に弱いことによって起こる反応で、こちらの読みが正解であることを示していた。
「厄介なのは、ラミレアの毒薬に魔法は効果を為さない、ということ。効果があるのは同じく、ラミレアの花を構成している一部が必要なんだ」
「え、その一部って……?」
僕の説明に、少女が疑問を呈した時。
どうやら必要なものが届いたようだった。
「あの、これでよろしいのですか? 解毒師様!」
「はい! あとは、任せてください!!」
大慌てで中に入ってきた男性が手に持っていたのは、ラミレアの花。
そして、その中でも必要なのは――。
「ラミレアの花は自身の根に毒を持つことで、天敵である地中の生物から身を守っている。ただし、種子を鳥たちに運んでもらう彼らには自浄作用が必要なんだ」
「じ、じょうさよう……?」
「そう、つまり――」
――ラミレアの花の茎の部分には、毒を除く成分が含まれている。
より正確にいえば、吸い上げた水分と反応させることによって発生するもの、といった方が良いだろうか。とにかくこの花の茎には熱湯と共に煎じることで、毒そのものを中和する作用があるのだった。
僕は引っ張り出した道具で茎をすり潰す。
そしてそこに熱湯を加え、最後は疲労回復効果のある素材を混ぜた。
「これで、キミのお姉さんは……助かる!」
僕は完成した薬を急ぎ、女性の口元へ持っていって服用させる。
すると――。
「あ……!」
少女が、小さく歓喜の声を上げた。
この薬はとにかく、ラミレアの毒に対して即効性がある。
見る見るうちに呼吸は安定し、女性の指先も元に戻っていった。
「……ふぅ…………!」
――解毒は、成功した。
僕はそのことに安堵して、思わず尻餅をつく。
そうしていると、間もなく女性は薄らと目を開いて少女を見た。
「アーニャ……?」
「アリシアお姉様……!!」
そして互いに、名前を口にする。
妹――アーニャは、歓喜のあまり涙を流してアリシアに抱きついた。
「……よかった」
そんな姉妹の微笑ましい光景を見て。
僕は心の底から、自身の解毒が成功したことに安堵するのだった。