買収
いくら面倒だと思っても秋人が助力を求めてきた以上、何もしない訳にはいかない。仕方ないと言わんばかりに大きく息を吐いた。
「依澄さん。君の知名度はまだまだ健在だ。校内ヒエラルキーで言えばトップクラス。そんな君がこうも公の場で秋人にチョッカイを出せば秋人も目立っちまう」
祐也の言葉に思うところがあったのか、流歌は俯いて黙ってしまう。さっきまで騒がしかった子が急に静かになると変な感じだ。
「あの、依澄さん……?」
何だか少しだけ罪悪感が湧いてくる。
秋人の呼び掛けに呼応するように流歌は顔を上げた。少しだけ残念そうな顔で胸ポケットに手を入れる。
「仕方、ないですね……背に腹はかえられません」
取り出したのは生徒手帳だ。それをパラパラっと捲り挟まっていた紙切れを祐也に差し出した。
「これは?」
祐也が怪訝な顔になる。裏向きに置かれているので秋人にも白い背面しか見えない。
流歌は無言で頷く。祐也に反対側をみてという合図のようだ。促されるまま裏返すと祐也は驚きのあまり目を見開いた。目玉が転がり落ちそうなほど開いた瞼の間で目玉がキョロキョロと動く。
「依澄さん……?」
恐る恐る祐也が流歌の顔を見た。顔色を窺っているらしい。
「どうぞ!」
短く端的に答えると祐也は机の上の紙をポケットに入れた。
「ああー……でも、アレだ! 購買のサンドイッチだけじゃあ栄養が偏るし、バランスの良い食事は重要ダヨな! うん、そう! これは秋人の体を心配して言うが依澄さんの弁当を分けて貰った方が良い!」
突然の手のひら返し……。その理由は考えるまでも無い。腕を組みウンウンと頷く祐也の隙を付き紙切れを奪った。
「これは、チケット?」
「返せ! それはなないろスカートの復帰ライブのチケット! 数分で完売した激レアだぞ!」
確かなないろスカートは依澄流歌が脱退したタイミングで活動を休止していた。どうやら夏から活動を再開するらしい。
「落ち着け秋人! 親友の健康状態を気にかけるのは普通だろ?」
「ああ。そうだな! そのチケットを懐に入れて無ければ感涙していたかもな!」
なないろスカートの人気は確かなものでチケットの価値が高いのも承知しているし、祐也がファンなのも知っている。なので、チョップ一発で許すことにした。
流歌は額を「イタタタ」と擦る祐也をみてクスクスと笑った。よくするイタズラっ子の笑いじゃなく純真無垢な笑顔。一瞬だけ見せたあと、いつものイタズラっぽい笑顔になると、箸で挟んだ卵焼きを秋人の前に差し出す。
「親友の許可も獲られました! せ·ん·ぱ·い? ハイ! あーーーーーん?」
「クラスのド真ん中でそんな恥ずかしい真似出来るかぁ!」
「アイドルは観られてなんぼですよ!」
「僕はアイドルじゃないし、依澄さんも“元”だろぉ!! 大体これじゃあ炎上商法だ…………ンッ!」
抗議に大きな口を開けたその一瞬を流歌は見逃さなかった。素早く口の中に卵焼きを入れる。
控え目な甘さが口の中に広がる。それにただ甘いだけじゃなく、食感もふわふわと柔らかく素直に旨い。
「どうですか? 先輩?」
「美味しい…………です」
感想を聞いた流歌は太陽のような笑顔を浮かべた。心の奥まで輝らされた気分だ。
「次は何が食べたいですか?」
祐也は流歌に買収され、料理は文句なしの味。逃げ場なしと秋人は観念した。
「分かった! せめてあーーーんは辞めてくれ、自分で食べるから」
流歌は少しだけ思慮したあと箸を秋人に渡した。
「んーー……まあ今日のところは美味しいと言って貰えただけで良しとしましょう」
サンドイッチと弁当が交換になった。ご満悦な表情でサンドイッチに齧り付くところを横目でみた。購買で三百円あれば買えるものなのに何故あんなに幸せそうなのだろうか?
「ウン、旨い……」
アスパラガスのベーコン巻きを口に運んだ。