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銀杏並木

作者: 立花

 地下鉄を降りて地上に上がり、もう何回歩いたか分からない道を歩き出す。大学に入学してから早二年半が過ぎ、間もなく三回目の秋を迎えようとしていた。


 智哉の大学は最寄りの地下鉄の駅から五分歩いた場所にある。市の中心街からは外れた、住宅が立ち並ぶ比較的穏やかな場所だ。


 地下鉄を使う学生はほとんど皆この銀杏並木を通って大学へ向かう。周りにちらほら学生らしき人たちが歩いているが、おそらく皆同じ大学であろう。


 今日の空は見事なまでの晴天で、いわゆる秋晴れというやつだった。暑くも寒くもない、どちらかといえば暖かなこの気温が非常に心地良い。


 この銀杏並木を通る際、軽く顔を上げて木々を観察するのが智哉の癖だった。別に木や植物が好きだとか、詳しいとかそういう訳ではない。ただそんな自分に木々を観察する癖がついたきっかけは明確に覚えている。

 

 それは大学一年生の七月、もうすぐ大学生として初めての期末試験を控えている時期だった。いつものように地下鉄の電車を降り、改札を通るタイミングで、同じクラスの紗江とばったり目が合った。それまで話す機会はほとんど無く、親しい間柄ではなかったのだが、なんとなく大学まで一緒に歩いて行くことになった。

 

 当時はまだ一年生、それも入学して半年も経っていない頃。今ほど仲の良い友達やグループがはっきりとは確立しておらず、誰とでもお互いに仲良くしよう、という雰囲気が残っていたのだ。


 さすがに話の内容まで細かく覚えてはいないが、試験やサークルなど当たり障りのない話をしていたと思う。そしてこの銀杏並木を歩いている時、紗江がふとこの木々を見上げたのだった。


「私、この道好きなの」


 突然の言葉に智哉は隣を歩く紗江の顔を見た。紗江はそれに気づいているのかいないのか、顔を上げたまま続けた。


「キャンパスは小さいし、周りにお洒落なお店があるわけでもなくて地味な大学だなって思うけど……この道は、いいなって。私が住んでる場所、こんな立派な木がこんなにたくさん並んでる所なんてないからさ。毎日ここを通って行けるのが、うちの大学の一番いい所、なんて思っちゃうくらい」


 そう言って紗江は少し悪戯っぽく笑った。思わず智哉も木々を見上げる。正直今までこの道にそんな魅力を感じたことはなかった。というか何の感情も抱いていなかった。


 ……銀杏の木ってこんなに背が高いのか。初めてじっくり観察する銀杏の木々は幹が真っ直ぐ伸びて立派だし、それらが等間隔に並ぶこの景色はなかなか見ないものかもしれない。夏である今の時期は緑の葉が生い茂っていて、いわゆる黄金色の銀杏のイメージとは少し異なるが、よく見ると葉の形は確かに銀杏そのものだった。


「気にしたことなかったけど確かにこの道いいかもね。ただそこまで言う人初めて聞いたわ」


 智哉が笑いながら言うと、紗江も笑顔をこちらに見せた。


「私も初めて言ったよ、こんなこと」


 その日からだ。この道が、ただの「駅から大学までの通り道」ではなくなったのは。


 遠い日の記憶から意識を現在に戻す。銀杏の木の葉はほんのり黄色に色づきかけていて、あと数週間すれば黄金色の葉で視界が埋め尽くされるだろう。


 この特別な道が最も美しく輝く季節は、やはり秋だと思う。


「秋が楽しみだな」


 あの日、紗江は確かそう呟いていた。結局、あれから紗江と教室で顔を合わせる機会はあっても話すことはほとんどなく、当然この道を一緒に並んで歩くこともなかった。


 今年も彼女は秋を心待ちにしながら同じように木々を見上げているのだろうか。


 まさか智哉があの日の会話を今でも思い出しているなんて、彼女は思ってもいないに違いない。少し寂しい気もするけれど、それもこの銀杏並木を歩いている間だけだ。キャンパスに着いていつもの日常の中へと入っていけば、きっとこの気持ちも忘れていく。


 だから、あともう少しだけ。この銀杏並木を一人で楽しもう。

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