第3話
出会いはいつも突然だ。
まるで、夏の通り雨みたいに————
それはある夏の日。
一日の講義が終わって、時間を潰すために、俺はネットカフェに向かう。
「か、傘……やはり持っていないなぁ…」
経済学部の専門棟を出る時、空は厚い雲に覆われて、今にも降り出しそう。
「くそ、財布も忘れた……最悪だ」
朝の講義にギリギリ遅刻しそうので、家を出る時が焦って、財布も忘れた。
こりゃあ、ネットカフェに行けなさそう。
とりあえず、一旦家に帰って、財布と傘を取りに行こうか。
そう思いながら、俺は今住んでいるマンションに向かって歩き出す。
「佑弥、待って」
それは、聞き覚えのある声だ。
振り返すと————
千紗が俺の後ろに立っています。
「佑弥、これから、ネットカフェにいくなの?」
「あぁ……俺はそのつもりだけど、千紗は買い物?」
「ええ、途中まで一緒?」
「ごめん、俺は一旦家に帰る予定。 財布が忘れたので」
「そうか、財布がないと、おごらせないね。分かった、じゃあ、わたしは先に商店街に行く、あとで合流しよう……」
「お、おう……待って、俺のおごり?何で?」
我が幼馴染は自分勝手に会話を進めている。
「嫌なら、ゲームセンターで負けた方が勝った方に夕食をおごりな!」
「おい、俺はゲームセンも行かないよ」
「じゃあ、わたしの不戦勝だね。 やったー!」
「…………」
反論しても、無意味だなぁ。
とりあえず、訳がわからない状況で今日の夕食は俺のおごりになった。
「ところで、佑弥は傘持ってるの?」
「いや、天気予報みてなかった……」
もうすぐ梅雨だっていうのに、油断した。
「千紗は傘持ってるのか?」
「折りたたみだけど——」
千紗は鞄から一本折りたたみ傘を取り出した。
「はいー、家に到着する前に雨が降る可能性が高いので、これを使って~」
複雑な模様が描かれたピンク色の傘を差し出した。
それを見ると、俺は思わず、そう言いた。
「千紗、お前センスがないなぁ」
「いいでしょう。好きだから…… それに、使うのは佑弥だし」
「え?俺?」
「そうですよ」
やはりそういうことになった。
「俺は大丈夫です。 距離も近いし」
「はぁ?他人の親切が無駄にする気?」
「いや、お前も必要でしょう? 雨に濡れたら、風邪ひくぞ」
「ちちち~わたしはもう一本傘があるよ」
千紗が鞄を開けて、中に置いた純白色の折りたたみ傘を俺に見せる。
「……じゃあ、白のやつを貸して」
「いやよ、あれはわたしの……余った傘はこのピンク色の一本だけ」
「そうか……とにかく、この傘はいらない」
このまま話し続ける意味がない。
俺はそう言って、早足で帰り道を歩き出す。
――が、俺の腕を掴まれた。
「なによ、その態度……もう少し他人に気を遣って方がいいわよ」
「いやいや、他の人はともかく、お前なら、親切というより、恥をかかせたいでしょう……そういう傘を使うと、絶対変な人や中二病だと思われる」
「あんた高一の時、中二のもの結構好きなんじゃん。 確かに、ヒロインは俺の嫁だって……」
「や、やめろ、聞きたくない。 それに、今の俺は大学生だ!」
千紗がぺろっと舌を出してかわいらしく微笑む。
幼馴染なら、俺はこいう点が気になるのは当然知っている。
「へへへ、佑弥のそいうところがいじめる価値があるよね」
「うるせぇ……」
「でも、真面目な部分は少し変わった方がいい、でないと一生彼女ができないよ」
「ほっとけ——」
千紗は無理やりに傘を俺の胸に押しつける。
「心配は本当だよ……ちょっといじわるしてみたかっただけ、じゃあ、またあとでね~」
……と言い残して、千紗が遠くへ走り去ってしまった。
「はぁ……」
千紗の背中を見送って、呆れが溜め息と共に吐き出す。
俺は別の方向に歩き出す。
※※※※※※※
「あ……」
俺の頬に水滴が落ちてきた。
見上げると、いつの間にか曇っていた空から、雨が降り出していた。
「ずいぶん降ってるなー」
正直あまりその傘を使いたくない。
俺のプライドのためにも。
でも、雨がどんどん強くなっている。
「このままだと……」
少し躊躇われたが、結局その傘を使った。
今の俺はめちゃ恥ずかしくて、穴があったら入りたい……。
千紗がいないのは不幸中の幸いだ。
もし彼女がいるなら、絶対写真を撮る、今後の交渉材料になるだろう。
同じ学部の人を見られないように、俺は祈りつつ走り出した。
でも、かつて誰かが言ったように、他人には見られたくないほど、好きな人に見られる。
「……ん?」
道路の反対側で、一人の少女が走っている姿が、目に留まった。
少女は、この雨の中、傘も差さずに、時折水たまりを踏んで水しぶきを上げながら、全身びしょ濡れになった。
やがて、彼女が目の前の赤信号になった交差点の前に止まった。
それはごく普通なことですが、何故か俺の視線を奪われた。
「………………」
信号が青に変わった。
人達が歩き出したが、俺の足は泥でできているかのように重い。
「ぅっ……っっ……」
できるのは、彼女が徐々に俺に近づくのを見ているだけ。
少女の髪が雨に濡れて、輝いている。
その姿はとても綺麗だ。
何秒くらい経っただろうか。
正確に測っていたわけじゃないから分からないけど、もう既に何十秒くらいは固まっている気がする。
彼女から目を離してはいけません。
思考が完全にフリーズして、俺は呆然と立ち尽くすしかない。
「………………」
それは、なぜだろう?
初めて出会ったはずなのに、懐かしい感じがした。
そして、いつの間に胸がドキドキし始める。
「はぁぁ~……」
どうした、俺?
俺は一目惚れをしない人と思うけど、この気持ちは何ですか?
こんな気持ち、生まれて初めてかも。
「ん?」
彼女も俺の視線を気づいたみたい。
目が合う瞬間————
「っぅ!!!」
それは一瞬で発生したことけど、心臓の鼓動がおかしいくらいに早鐘を打っている。
彼女の歩みを止めず、やがて、俺とすれ違った。
すれ違った瞬間、何故か彼女の表情が悲しそうに見える。
あれは————
「…………涙?」