第12話
「紹介が遅れたけど、彼女は早坂咲音です。 俺の彼女です」
「え?」
俺の話しを聞くと、早坂さんは驚い視線で俺を見る。
今の彼女は少し混乱しているようだ。
『ごめん、俺の彼女のフリをして……』
早坂さんの耳元で理由を囁くと、彼女は目の前の一ノ瀬さんをチラッと見る。
どうやら、状況が分かったみたい。
「早坂さんは…桜井さんの彼女ですか?」
「ええ」
「初めまして、早坂咲音さん。あたしは文学部の一ノ瀬歩美です。 今後よろしくお願いします~」
「早坂咲音です、こちらこそ、よろしくお願いします」
軽くに挨拶した早坂さんが俺の正面の席に腰をかける。
一ノ瀬さんがいつもように微笑みながらこちらを見ていた。
「早坂さんって、一学期の心理学の成績はほぼ満点のあの天才ですか?」
「そ、そんな大袈裟だよ」
「ふむ……相手がいても、恋愛は関係ないですよね?」
一ノ瀬さんは早坂さんをじろじろ見る。
「たとえ今のあなたたちは付き合っているとしても、将来のことは誰にも分からない 明日、分かれる可能性もあるので」
「ぶっ!?」
一ノ瀬さんの話を聞いて、言葉を失った。
早坂さんがわずかに眉根を寄せた。
「どういう意味ですか?あなた、他人の関係を壊したいの?」
一ノ瀬さんが早坂さんの言葉を無視し、俺を見つめる。
「桜井さんはどんなタイプが好きですか?」
もう、隠す気が欠片も無いな。
それに、一ノ瀬さんは簡単に諦めないようだ。
どうして、俺だろう。
「えーと、俺は、優しい、穏やかな人が好き。早坂咲音のような……それに、彼女の笑顔はいつも俺をを癒してくれる」
言いながら、俺はチラッと早坂さんを見る。
しかし、今の彼女が深刻な顔をしている。
もしかして、俺の彼女を演じることに、怒っている?
でも、それ以外の理由が思いつかない。
「早坂さんは固い顔をしているよ 優しい笑顔なんか、全然見えないね」
「…………あははは、今日彼女の機嫌が悪いかも」
早坂さん、お願い、協力してくれ。
「あたしは早坂さんと違う、いつも桜井さんのこと……」
突然、沈黙している早坂さんが口を開けた。
「さく、佑弥くんが私は優しい人だと思うだけで十分です。 他人の考えはどうでもいい、重要なのは本人の意思です」
す、すごい。いつも静かな早坂さんはこんなことを言い出すとは……
一ノ瀬さんも驚いたみたい。
「あたし……」
突然鳴った着信音。
それは一ノ瀬さんの携帯からだ。
「あ、ちょっとごめんね」
電話に出るために、一ノ瀬さんが少し席を外した。
「あー……うん、あの二人です……だけど……無理……」
一ノ瀬さんの声に怒りを含んだ。
どうやら、穏やかな内容ではなさそうだ。
とりあえず、先の緊張な雰囲気を変えるために、別の話題にしよう。
「あ、そう言えば、早坂さん、あなたすごいな」
「……なにを?」
「成績だよ。俺なんか、合格するのは精一杯ので……その頭の良さをわけてほしい……」
「私の場合は、毎日の積み重ねだから。本当に頭がいいのは千紗ちゃんだよ」
早坂さんの表情を緩めた。
「千紗か……あいつ授業を受けなくても、満点を取れますし……スポーツも万能だし……」
「そうですね。千紗ちゃんに頼んで、勉強見てあげようか」
「あいつは勉強が得意けど、教えるのは下手です」
「そうですか?」
勉強見てあるなんて、二度とご免だ。
自分では理解したけど、いざ人に伝えようとすると、上手く言葉がでてこない。
「……あの感覚で説明は勘弁してよ」
「あ、そんな気持ちがわかる!」
「正直、あいつの非凡な才能が羨ましい」
千紗は生徒会役員を務め、様々なイベントに積極的に実施しでいる、学園の人気者だ。
彼女も次期生徒会会長最有力候補。
「……わ、分かった、分かったから!じゃあね」
早坂さんと話す途中、一ノ瀬さんも電話が終わって、戻ってきた。
「ごめんなさいね、急用ができちゃった……今は帰れないと」
一ノ瀬さんは申し訳なさそうな顔で俺を見る。
そして、彼女は腰をかがめ、俺の耳元で囁く。
「あとでメールしますね」
「!?」
「佑弥くん、あーんっ♪」
早坂さんは微笑みながら、カレーをすくって俺にスプーンを差し出す。
「それじゃあ、また後日で!」
一ノ瀬さんの後ろ姿を見送りながら、早坂さんは小さく口の中で呟く。
「彼女とあまり関わらない方がいいよ」
彼女の不安げな表情を、俺は見逃さなかった。
「ん?」
「なんでもないよ」
わけのわからないことを言い残し、早坂さんはカレーライスを食べ始める。
やはり先のあーんっは演技ですか。
残念だけどーー
『佑弥くん』って呼ばれた。
それだけを思うと、俺の顔はまるで火が点いたかのように熱くなった。
「ん? どうしたの?」
「い、いや、何でもない!!」
手元のうどんも味がしない。
早坂さんは疑いの目で慌てている俺を見る。
「それで、約束はどんな約束ですか?」
「あ、何か来週の休日でお出かけに誘われた」
「デートの誘い?」
「ち、違います」
「フフフ、冗談です。 桜井くんはそれを同意したの?」
「い、いえ。でも、後でメールすると言われた」
なぜだろう。
早坂さんに誤解されることを過剰に恐れている。
「へえ~ 連絡先も交換したね」
「ぅ……」
「あ、千紗ちゃんにも教えます。 桜井くんがデートに行くって」
早坂さんが笑顔を浮かべてそう言った。
「それは勘弁してくれよ……」
いいアイデアが浮かぶの同時、俺もそれを口にした。
「早坂さん、一つ頼み事があります」
「何ですか?」
「俺の彼女になってください」