07 杭が鉛筆
陸奥が死んだあの日。
帰り道で僕は彼女を発見した。
首と体に別れた陸奥を・・・。
「お、おい!どうしたんだよ!?」
僕は陸奥の頭を抱える。
だが、陸奥は答えない。
目を向けるだけだ。
・・・そっか、気管支が繋がってない状態だから喋れるわけないか。
だが、下で動く気配を感じた。
血が地面を流れている。
だが、それは自然の流れではない。
ずるずるとミミズが奔るように血が地面を這う。
「おいおい、冗談だろ。こんな事もできるのか?」
血が文字を作る。
『やぁ』
「やぁ、じゃねぇよ!」
『どうだ?首ちょんぱされても死んでないだろ?』
「1年前の話を持ち出すなよ!―――しかしどうしたんだよ?こんな様になるなんて」
『てへへ・・・、いやちょっとね』
「ちょっとどころじゃねぇ!?」
血文字と会話なんて何やってんだ俺?
しかも、文字を描くタイムラグがあるから、会話しずらいし!
そういや、こいつ血文字だと発音ないから、言葉が正常だ。
「お前、あの頃くらいから笹と一緒にかえってたよな?あいつは何処いったんだ?」
あの頃とは札を張り、自分の気持ちを確認した日。
笹とは恋人には成れなかったが、深い友達となった日。
『へへ、フラれ散った』
なんか誤植っぽいけど、何気に言葉が合ってる気がする。
「笹にか?」
『そうなんだよ。今日は満月だろ?吸血衝動が出ちまった』
「まさか襲ったのか?」
『い〜や、何とか止まった。でも・・・、駄目だもう』
「駄目って・・・」
『指揮。お願いがある。お前にしか頼めない。恋じゃ優し過ぎて駄目なんだ』
「なんだ?」
血が奔る。
僕はそれを見て息を呑んだ。
『俺を殺してください』
「ひっ――!?」
なんて声だ。
『この首。笹にやられたんだよ。ま、予想は付くだろうけどな』
「・・・・・・・・だが、彼女にそんな力はない」
震える声で僕は返す。
『彼女に降りたんだよ。・・・エクソシストが。そしたら俺の渡してた銀のナイフで一瞬だ』
「銀のナイフ?」
『俺が笹に渡したんだ。もし、俺が怖くなったらこれで斬ってくれってな』
銀での傷は吸血鬼にとって深手になる。
もし、首を斬られても再生にはかなりの時間が掛かるのだ。
今、陸奥が首だけでも生きてるのは、彼女が真祖の吸血鬼だから。
でも、深手は深手。
このまま斬り刻み続けたら、いくらなんでも死ぬ。
陸奥は笹に殺されてもいい、と考えたのか。
『ケジメなんだよ。俺は笹に拒絶された』
「いや、まて!?あいつはもともと憑依体質なんだ。お前に反応して、エクソシストの霊が勝手に――」
だが、僕が言い終わる前に血文字は描かれた。
『こんな場所にエクソシストの霊がたまたま居ると思うのか?』
「ぐっ・・・」
居ない。
ましてやここは日本、祓い師は居てもそんな奴はいない。
『笹が喚んだんだ。故意でやってなくとも、心で俺に恐怖した瞬間、喚んでしまったんだ。これっていあいつの正直なものだろ。心底に嘘はない』
「だからって、なんでお前は此処で死ぬんだよ!?」
『そう云う運命さ。俺は銀のナイフを渡した時から死ぬ時を決意してたんだ。笹が決めた時間を死ぬ時と』
「何を勝手な!?」
『俺は俺。勝手は当たり前』
「でも、僕は・・・っ!?」
殺せない。
僕は彼女に生を与えたんだ。
なのに何故奪う!
彼女は、生きたいと願ったんだ!!この僕に!!
なのになんで僕が殺さなきゃならない。
『お前が与えてくれたものは、やはりお前が回収するべきだろ?』
「屁理屈だ!」
『理屈なんて屁をこきながらでも言えるさ。――――なぁ、指揮。流されろよ・・・いつも通り』
続いて新しい文字が描かれた。
『kill me please my friend』
最愛の友よ。
友達・・・か。
「・・・・・・・・ふぅ」
あ〜あ・・・、なんかこいつ・・・・・・・・・・・・・止まらんわ。
諦めがついた。
こいつ・・・死ぬ場所を貰ったんだ。
『生誕の時』を母に与えられ。
『生きる事』を僕に与えられ。
『逝きる事』を恋に与えられ。
『死せる時』を笹に与えられ。
彼女の生涯はここに完成と完了を示した。
僕は鞄から鉛筆を取り出す。
これが木の杭の代わり。
『鉛筆で終わる人生か。・・・可笑しく面白い。お前もそれで終わってみるか?』
陸奥の顔がにやにやと笑う。
僕はそれを鼻で笑い。
「嫌に決まってんだろ。誰が好き好んでそんな事やるか」
出会いの会話。
『へっ、最高じゃんよ』
僕の最初の印象の言葉を持って、
陸奥の胸に杭を穿った。
灰になる陸奥。
ごくわずかな風でもさらさらと崩れ、流され、空を舞う。
喪失感
僕はそれを感じながら、彼女を見送る。
ここからの陸奥は恋が導いてくれる。
僕の先導はもう必要ない。
涙は流れているのだろうか?
わからないや。
雨が降ってるんだろうか?
だからわからないんだろうか。
でも服・・・濡れてないな。
雨は降ってないんだろうか?
いや、そんなわけがない。
ならなんで僕の顔は濡れているんだ?
これは雨だ。
でなきゃ、こんなに濡れるわけないんだから。
僕は赤子の如く泣いた。
陸奥から生を取り上げ、新しく産まれた嘆きの誕生だ。
だが、時と場所はそれを長らく許しはしない。
どこからともなく拍手が聞こえてきた。
パチ、パチ、パチ
連続ではなく、間を置く拍手。
僕はその音の先に振り返る。
「誰だ!?」
「いいえ、私は私です。・・・確か、指揮先輩でよかったのかしら?」
聞いた声だ。
耳の障りによい声。
はかない声。
「お前・・・笹か?」
暗く見えなかった姿が外灯の光で現す。
まさしくその姿は僕の知る笹久崎・佐々砂。
無意識憑依体質の笹久崎・佐々砂。
だが、いまは本来の笹じゃない。
「ご名答。お察しが良いですね。――私は、まぁ・・・彼女に憑いた亡霊です。昔はバチカンで悪魔祓いなるものを生業としておりました」
「笹から退け!」
僕は叫ぶ。
だが、笹はうすら笑いをしたままだ。
「それは御免こうむります、と言ったところです。それに、私が抜けてもこの母体はすでに終わってます」
すでに終わっている。
どう云う意味だ。
「なんだと?」
「この母体の精神は崩壊しました。お友達を殺してしまったんですから、ショックを受けるのは当然でしょう。ただ心が脆いですね。まるで薄氷だ」
弱い弱いと笹は言う。
こいつ話し方からすると女か。
「でも、笹は憑依してる時の記憶はない」
「えぇ、だから私が殺しました。ちょっと目を与えてやるとすぐでしたよ」
くけっ、と妙な笑いが起きる。
「あっけない。もうちょっと苦労すると思ったら、あっさりでしたよ」
「貴様!!何故、このようなことした!?」
「おや?理由ですか?そうですね、指揮先輩はあの吸血鬼の知り合いでもあり、この母体の知り合いでもあるんですよね。知るくらいの権利はありましょう。―――私は滅さなければならない魔女が居るんですよ。ですが幽体じゃ無理ですからね。なのにこんな絶好の機会を得られたのです。当たり前でしょ?」
「死は死らしく受け入れやがれ!」
悪霊だ。
こいつは何か――多分その魔女を殺すことに囚われた悪霊と成り果てた。
「私は私の仕事をなします。その障害なら壊し崩します」
「笹を巻き込むな!彼女はお前の守るべき人間だろが!?守護者が守護する者を害するか!?」
「おや?こういう言葉を知りませんか?全を救うなら、一は無視しろ。私は目的達成の些細なことは気にしないのですよ」
絶対正義ってやつか?
この職業病患者が!!
「私はこの母体を演じ、笹久崎・佐々砂となる!そしてあの憎き魔女を生き炙ってやり、殺害するのだ!!くけっ、くけけけけけけけけけけけけけけけけけっ!!!」
悪霊に狂ってない奴なんていない。
まさしく、こいつがそうだ。
「指揮先輩は殺さない。必要ないものね、くけっ!」
笹が袖から銀のナイフを取り出す。
「なかなかいい代物じゃないか。あの吸血鬼がくれたんだっけ?まったくもって馬鹿だな。交われないのに何故こうも人間でいたがるのか・・・、まったくの馬鹿で私は笑ってやったぞ。そして言ってやったんだ。『あなたは死ぬべきだ』ってさ、そしたらさ、あの吸血鬼、目が震えたんだぜ!瞳孔が狭まり、泣きやがった。爽快だったさ!!」
「!?―――貴様ぁぁぁ!!」
黙って聞いてりゃ、陸奥を馬鹿にしやがった。
しかも、こいつの言葉が陸奥の死の思いを増幅させやがったんだ!!
こいつが笹の姿で言わなきゃ、あいつは死のうとは思わなかった!!
「おや?怒ったかい?指揮先輩も滑稽じゃないか。夢物語と勘違いしてねんごろごろごろしてたっことかい!?傑作だ!!」
「あったりまえだ!!俺達は俺達だったんだ!貴様の妄想で悦ぶな!!―――貴様、殺してやる!!殺して、侵して、冥土にも逝かせない!!」
すると、笹は驚いた顔をし、壊顔した。
「面白いね、指揮先輩!私を殺せるのか?たった一匹の吸血鬼を殺すのに戸惑った君が!?」
くけっ、くけっ!
痙攣じみた笑いが続く。
「あぁ、やってやるさ!!これが僕の流れだ!!」
これが運命の流れだ。
ならば僕はその運命に流されよう。
行ってやるさ。
こいつを消滅させる。
「いいね、では楽しみにしようじゃないか。どれだけできるのか!!」
「今ここでやってやる!!」
常につけているお守りを引き千切る。
「イヤイヤ、ハスター!!!!」
歪つな風よ、引き裂け。
「!?」
笹の体が浮く。
僕はそれを目で追おうとすると、そこには姿はなかった。
制服の上着が宙を舞うだけ。
「面白い。ハスターの風か?久々に見たぞ!!」
「はっ!?」
笹は上半身半裸の姿で僕の前に居た。
どす
横隔膜を直撃させる攻撃。
僕は膝を着く。
「あせることはないんだよ、指揮先輩。くけけけっ、別に今日見たいわけじゃないんだ。殺しは満遍なく行う物。こう連続でいい獲物を殺すのは贅沢だよ」
くけっ
笹の姿は声とともに去った。
僕は暫く喋れない状態が続いた。
が、絞れる声を絞り上げる。
「く・・・そっ!!くそぉ・・・・っ!!くそっ・・!―――――――――――――くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる!!!!!!