06 誰がやったのか、誰をやるのか
陸奥の葬式は意外と質素なものだった。
日本式の葬式。
集まったのは生徒と教員達。
恋は来なかった。
『殺した相手が行くのは変でしょ』
あいつは馬鹿だ。
律儀すぎる。
それに僕は恋が殺したとは考えてない。
恋はそれを陸奥への死を泥にすると言ったが、それでもだ。
女々しいことは承知。
僕はただ自分の誓いが破られたことを認めたくないだけかもしれない。
いや、違う。
そんなのじゃないんだ。
「でも、君はそれでい〜と思うよ」
隣に座る丸々さんが言った。糸鶴は居ない。
「死ぬことはだた死ぬだけなんだから。捕らわれるなとは言わないけど、囚われるのは駄目だよん」
「意味わかんねぇ〜」
でも僕は囚われている。
葬式は終わる。
火葬はない。
既に死に絶えた体はないのだから。
彼女は灰になった。
死んだ時に・・・。
灰は僕が持っている。
あの後、一握りだけの灰を持って、瓶に詰めた。
そして懐にある。
伽藍とした葬式場、椅子に座る僕と丸々さん。
僕達は他の人達が去っていくのをただ見ていた。
ただ、僕はずっと見ていた。
一人一人、帰っていく人達を・・・。
丸々さんもそれに付き合ってた。
そして、
「あなた・・・、指揮君ね」
少し老け気味の女性だった。
あぁ・・・、陸奥の母さんか。
「ありがとうございました」
僕が肯定の返事をする前に、彼女は言った。
葬式に来たことに対する言葉じゃないことはわかった。
「あの娘から聞きました。大切な友達が居ると。私は彼が居るから、ここに居るって。あの娘、あなたと出会う前はずっと、ヒステリックだったの。家ではずっと癇癪を起こしてた。行きようのない気持ちを発散してたの」
「陸奥が?」
あいつがヒステリック?
まさか、あんな笑って自分を吸血鬼だと言ったあいつが?
それに学校じゃそんな噂は聞いたことがない。
いつも明るく、無邪気に笑って学生を学生してた。
「それが彼女の抵抗だったんだろ〜ね。ペルソナを持ってたのさ。学校じゃ人の仮面を被って、自分の中の因果に嘲笑いかけてたんだねん」
「僕は気づかなかった」
「気づかせないほど、彼女の想いは強いってことだったんだろねん。それとも君が鈍かっただけかもしれない。たぶ〜ん、恋ちゃんは気づいてたよね。じゃないと、あの頃、君に味方する品図ちゃんを殺してたよ」
「・・・・・・・・・・・・」
黙るしかなかった。
「ありがとうね、指揮君。私はあなたに心から感謝します。あの娘を・・・、品図を救ってくれて。私ができなかったことをやってくれて、本当にありがとう」
私は無力だった。
陸奥の母さんは泣いた。
陸奥は愛されていたのだろう。
もしかしたら、だからこそ、あいつは仮面を被った。
今じゃ知りようがない。
葬式場を出た。
「歩いて帰ろ〜じゃないかい?」
丸々さんの提案を呑んだ。
多分、丸々さんも僕と同じ理由での結果だ。
「陸奥・品図って名前は、親の想いが詰まってる」
「知ってるよ〜ん。彼女、誇らしげに言ってたからねん」
「陸奥は『苦の道』、親はそれを娘に背負わせたくなかった。だから名前に『死なず』をもじった品図をつけた」
「で〜も、それが仇となった。日本は名前の意味を深く持たせる地だからねん。品図ちゃんの親もそれにあやかって付けたんだろ〜うけど。名前の因果に引き寄せられた吸血鬼の心臓が彼女に移植された」
「『死なずの苦の道』と云う因果・・・『苦の道でも死なないで頑張って欲しい』て云う意味が履き替えられるなんてね」
名前は不幸だ。
僕だって、陸奥だって・・・。
数分歩いただろうか、今度は丸々さんから声を掛けて来た。
「指揮君。僕はひっじょ〜〜に怒ってるよ」
「はい、気づいてました」
「理由はわかってるよねん?」
「はい・・・・」
「僕に嘘を付いてるよね。・・・・いや、事実を晒してないねん?」
僕は丸々さんを見た。
ぎろりと、眼球だけが僕を見ている。
純粋な恐怖
それを僕は思い知った。
丸々さんはぶち切れていた。
陸奥は丸々さんにとっても既に知った者。それに友達だ。
友達と知り合いの義に深い彼にとって、これはぶち切れても仕方ないことだ。
「やはり・・・、欺けませんね」
「僕はこれで〜も、IQは高いんだ」
知ってる。
丸々さんの頭じゃ、今いる大学なんて遊びなんて。
彼にとってMITでさえ遊びになるだろう。
「いつ気づきました」
「君が電話で僕に品図ちゃんの死に様を言った時」
すぐじゃないか。
「理由はあるんだよねん?」
「えぇ・・・、これは僕のただの感傷でしかありませんけど」
僕は電話越し、丸々さんにこう言ったのだ。
『陸奥が死にました。――――本当です。僕が見取りました。殺されたんですよ。――――どう殺されたかは・・・・、首を斬り落とされました。そして胸に杭を打たれて死にました』
「君は首を縊り落とされた事と、杭を打たれた事を別々に話したねん。縊り殺される事くらい、彼女にとっては屁でもな〜い。こんな事は殺され方で話すのは可笑しいんだよん。殺されないと知ってる君が、頭が回る君が言うなんてまさに笑える可笑しさなんだ〜よ」 そしてまるで杭を刺すとこを見たみたいに話すじゃないか・・・ねん?と丸々さんは言った。
「普通に騙そうと普通を演じたんですけど、普通が僕の普通じゃなかったんですね・・・」
「そ〜う、で?君は僕に話さないだろうねん。あの時、話さなかったんだから」
「はい」
即答
そう?と丸々さんは頷くと、普通の顔に戻った。
「僕に手伝え〜〜る事はあるかい?」
「手伝ってくれるんですか?」
「当たり前だよん」
ふふ〜ん、と鼻歌を歌いながら丸々さんは答える。
・・・そっか。
なら手伝ってもらおう。正直、僕だけじゃ無理だった。
丸々さんの手は願ってもない助けだ。
なら、僕のこれからする事を少しは教えなきゃいけない。
「僕は人を殺します」
「ふ〜ん」
流すような反応。でもちゃんと聞いている。
「で〜もさ。その言葉は可笑しいね。『僕はもう1人、人を殺します』じゃないのかねん?」
この人、気づいてる。
多分、僕の隠している事実も。
「誰を殺すのかもわかるけど――共犯だけど、僕は彼女を助けたいな〜」
「無茶だ」
「無茶を通すのが、道理だよん。僕にいい案があ〜る」
丸々さんは笑った。
「・・・聞きます。一応・・・」
近くのレストランに入った。
ちょっと歩き話ではしんどい話だったからだ。
僕は丸々さんの案を飲むことにした。
でも、どちらにせよ―――
彼女が助かることはないだろう。
すでに彼女は助かってない。
過去形なのだから。
彼女
僕の標的
僕が葬式の最後、帰る人全員を見送り、監視した。
そして確認できなかった彼女。
名前を笹久崎・佐々砂と云う。