川に
少年の歩くペースに合わせるよう、いつもよりゆっくりと川への道を歩く。
近くに川があるのも、この住みかのいいところだ。
あまりに近すぎれば、大雨が降れば氾濫する恐れもあるが、そこまで近いわけでもなくほどよい距離だ。
俺が思ったより少年の歩くペースは早い、どんな事情でこんな場所に一人で倒れていたかは知らないが、体力はあるみたいだ。
それでも川にたどり着くのに、いつもの倍くらいかかりはしたが。
川辺にしゃがみ、手を浸すとひんやりと冷たい。
手ですくって一口飲むと、喉が潤うのを感じた。
少年も続いて水をすくって飲む、嬉しそうに顔が輝く。
果物だけの水分じゃ喉も乾いていただろう。
いつもなら、バケツに水をくんで変えるだけだが今日は少し水浴びをしよう。
川に入り、胸まで使ってみる。
手招きして、少年を誘ってみる。
少しためらっていたが、少年は服を脱ぎ捨て川に入ってくる。
川の水が冷たいのか、恐る恐る胸まで浸かる。
気持ち良さそうに笑った顔が眩しい。
何か言葉を発した。
気持ちいいといったのかも知れない。
俺にはよく分からないが、喜んでいそうなので良かった。
しばらく浸かった後、近くにある岩の上で日向ぼっこをしながら体を乾かした。
タオルもないので、自然乾燥しかない、俺一人なら気にならなかったが、人である少年がいるとタオルくらいはほしいような気もしてくる。
変えの服もないときついかもな、ゴブリンなってしまったので気にはならないが、少年の服はだいぶ臭くなっているだろう。
後で水洗いでもしようかな、多少ましにはなるんじゃないかな。
体が乾くと、少年は何も気にする素振りも見せずに服を着直した。
俺が気にしすぎているのかな?
前世の暮らしと、この世界の標準は大きく違うのかもしれない。
同じ人間でも、この世界の人間では違うものもあるだろうし。
あまり深く考えてこなかったが、分からない事だらけだ。
この世界は何なのか?
俺は何故、前世の記憶があるのか?それも全く違う世界の、何もかもが前世の常識から外れている。
夢でも見ているのだろうか
そうだ、常識だ。
不意に気づいた。
前世の常識なんて今まで思い出しもしなかったのに、いつの間にかに、ごく自然に前世の常識というものが頭に残っている事に気づいた。
今思い出したのか、ある事に気づいただけなのかは分からない。
そうだ日本だ、日本に住んでいた。
俺は、俺の名前は
そこまでだった、それ以上の記憶は思い出そうとしても、モヤがかかったように思い出せなかった。
ふと、我にかえると少年が心配そうな表情で見ていた。
ああ、すまない大丈夫だよ
そう言いたかったが、やはり出たのは呻き声だけだった。
それでも何か伝わったのか、少年の表情は少し和らいだ。
気のせいかも知れないが、気持ちが伝わったのかもしれない。
さて帰るとするか。