第373幕 終焉の余興
連れてこられた先……そこにはスパルナも一緒だった。
「お、お兄ちゃん……」
「スパルナ! 大丈夫か?」
「う、うん。でもここって……」
スパルナの言葉に辺りを見回した俺は、ここがクワドリス城の中に連れてこられたことを理解した。ロンギルス皇帝と会った玉座の間――に似た場所だったからだ。壁や床はそのまま。調度品まで同じだけど、広さが明らかに違う。自らを王者として自己主張するのと同時に、戦いの場であることをアピールしているかのようだった。
「ここは……」
「気が付いたか」
玉座の間の奥。黒と金で彩られた椅子に腰掛けている男――ロンギルス皇帝を見つけた。その隣にはヘルガがいる。
「ロンギルス……皇帝……」
「ようこそ。我が地下都市の居城へ。歓迎しよう」
「スラヴァグラードの……」
「光栄に思いなさい。この最後の局面。ここにいることが出来るという事を」
ヘルガのどこか悦に浸っている表情が珍しく……だからこそ恐ろしい。俺たちは何度もこの二人と対峙してきたはずなのに……この威圧感。息が苦しくなりそうだ。
「なんで、ぼくたちをここに?」
「なに、簡単な事だ。ここまで歩みを止めなかったことに敬意を表そうと思ってな。クワドリスのバリアはまもなく消える。それが最後の戦いの引き金になるだろう。ゴーレム。攻撃機。戦車……あらゆる兵器を使った決戦となる。だからこそ、目を掛けた貴様をここに呼んだのだ。最期に……この世界の支配者と戦える名誉を与える為にな」
「なんだと……!」
随分な物言いだと思うけど、彼の言葉を完全に否定することは出来ない。俺は一度、彼に完膚なきまでに敗北を喫している。だけど……俺は成長している。昔とは違う。
ロンギルス皇帝が手を振りかざしたと同時に魔方陣が構築される。あれは……『命』『治』の起動式で出来ている。それを……俺とスパルナに発動され、瞬く間に傷が癒えていった。
「どういうつもりだ!?」
「ふふふっ、後から傷が癒えてなかったと言い訳がましい事を言われてはたまらないからな」
「お兄ちゃんはそんな事しない!」
スパルナが猛抗議しているけれど、多分それはロンギルス皇帝自身もわかってると思う。
ただ、対等に戦いたいって事なのかもしれない。
「……負けたとしても、俺を回復したからっていうのはなしだぞ」
「貴様……! 皇帝はそんな御方ではない!」
「よせ」
噛みつかんばかりに吠えてくるヘルガを片手で制したロンギルス皇帝は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、武器を取り出した。その行為さえあの時と同じように見える。
「さあ、最後の戦いを始めよう。ヘルガ」
「皇帝陛下のお望みのままに」
付き従うように跪いたヘルガは、『空間』の魔方陣を使ってスパルナに相対するように現れる。どうやら、俺とロンギルス皇帝との一騎打ちを望んでるようだな。良いだろう。俺にとっても願ってもないことだ……!
「皇帝……! 行くぞ!」
「来るがいい。滅びの時を……その身に刻め」
ロンギルス皇帝に向かう間に『英』『身体』の魔方陣を発動させ、自分の能力を極限にまで高める。それと同時に『英』『斬』の魔方陣をグラムレーヴァに纏わせ、一直線に振り下ろす。
「ふん、単純な攻撃だ。たったそれだけで――」
――ガギイィィンッッ!
鋭い音が響き、俺とロンギルス皇帝の刃が合わさる。ギリギリと音を立てながら互いの剣を合わせる俺が驚いたのは……彼の剣が魔方陣を乗せて鋭さの増したグラムレーヴァを完璧に受け止めていたことだ。
「な……っ!?」
「ヘルガから報告を聞いて、この私が何もしていない訳がなかろう?」
不敵に笑うロンギルス皇帝は、一度その身を引いて、魔方陣を構築してきた。『生』『奪』の二文字。どっちも同じ原初の起動式だ。ならば――
「こっちだって……昔の俺じゃない!」
ロンギルス皇帝の魔方陣から黒い手のようなものが無数に這い出てきて、まっすぐ俺に向かってきた。それを『英』『防御』の魔方陣で防ぎながら、ロンギルス皇帝に肉薄していく。
「ふふっ、ははは……はっははははっ! 素晴らしい! あの時の弱さから見違えるようだぞ!」
「当たり前だ! 人は……魔人は! 日々進歩する! 俺たちは、立ち止まらない限り……強くなっていくんだ!」
「至言だな。だがそれは、所詮凡人の中の理にしか過ぎぬ!」
ロンギルス皇帝が振り上げた剣。それを迎え撃つように俺もグラムレーヴァを振るう。次々に混じりあう剣と剣。響く刃と刃。ヘルガやスパルナもそこで戦ってるのに、ここには俺と皇帝の二人しかいないように感じる。
あの時はほとんど何も出来ずに倒されてしまった。だけど、今は身体が軽い。ロンギルス皇帝の恐ろしいまでの動きに対して何とかついていけている。
「ふふははっ、楽しいな。余興はこうでなくては!」
相変わらず余興だなんだと言ってくれている。彼にとってこの戦いが前座に過ぎなくても……俺にとってはこれが全部だ! その減らず口、いつまでも叩かせるつもりはない!




