第364幕 男の覚悟
兄貴が一人でイギランス軍を食い止めてくれている中、俺たちはグランセスト軍と一緒にシアロルの軍との戦いを挑もうとしていた。
「お兄ちゃん、緊張してる?」
スパルナが心配そうに俺の顔を覗き込んでるけど、俺はなるべく心配をかけないように笑いかけながらぽん、と頭に手を乗せてやった。
「少しな。だけど大丈夫だ。この戦いが終われば平和がきっと来る。しばらくはまだ荒れるだろうけど、必ずな。それを考えたら緊張もしてられないさ」
本当は物凄く不安だ。今のこの状況……兄貴がいてくれたおかげでここまで来れたんだ。俺だけだったらグランセストの軍をここまで連れてくるなんて出来なかった。ゴーレムを倒すだけで精一杯で、今以上に被害が大きかったと思う。そんな兄貴がイギランス軍を足止めするために一人で行ってしまった。
『やめてくれ!』と大声で叫んで引き止めたかった。あれだけの軍勢に一人で挑むなんて、自殺行為もいいところだ。それでも……俺は黙って兄貴を見送った。覚悟を決めた男の顔を汚すような真似はしたくなかったからだ。
だけど……本当にそれは正しかったのか? 俺より兄貴が残った方が、よっぽど戦力になったはずだ。イギランスの軍勢と戦いながらシアロル軍と戦うことが無理だからと言って、兄貴が一人で何万もの兵士を足止めをするなんてそれこそ無理って話だ。
そりゃあ、兄貴は俺が知る中でも最強だ。とても頼りになる男だ。だけど、数に物を言わせて押し切られれば……いくら兄貴でもやられてしまう。魔力が尽きれば、ゴーレムに対抗できる力があると思えないし、魔力が切れれば遠距離攻撃の出来る銃の方が有利になる。それもわかってるはず……なのに……。
なんで兄貴は恐怖どころか、諦める事もなく、全てを受け入れたような顔をしてたんだろうか? あれが……死地に赴く覚悟の出来た顔なのかな? 俺も……あんな風になれるのか? それが本当に正しい事なのか?
考えたら頭の中がぐるぐると回り出してわからない。それが尚更自分の心を苛んで乱してくる。不安が溢れ出して押し潰れそうだ。だけど……。
「セイルさん、準備は良いですか?」
「……大丈夫。問題ないですよ」
声を掛けてきた兵士の前で、出来るだけ表情を殺して、真剣味を装う。
結局、答えなんて出ないのなら、考えるのはやめよう。俺は戦う。今は……その事実だけがあればいい。
――
シアロル……というよりも帝都クワドリス軍はその城門より外で整列して俺たちを待ち構えていた。篭城でもしてこちらの疲弊を狙ってたのかと思っていたけど、その当ては外れたと言っていい。
こちらの方も少し離れた位置に整然と並んでいて、互いに睨み合い状態だ。こちらとしては出来る限り向こうの軍を城門から離したい。ゴーレムが合流する時間を少しでも遅らせたいと願った結果、銃の射程外で待機して睨み合いを続けることになった。
ジパーニグの方からたまに銃がこっちに回されてくるおかげで、兵士たちの何人かは銃装備になってるし、実物の射程はしっかり測っているから、狙いが自然とこの距離を保ち続ける結果になった。
……正直、相当じれったい。今にも飛び出しそうになりそうなのを堪えながらただひたすら待つ。ここで俺が飛び出したらあっという間に的にされるだろう。『生命』の魔方陣を使えない以上、今までの戦い方が出来ない。確実な『死』がそこに待っている。それを考えたら迂闊に攻撃するなんて真似が出来るはずもない。
「って思ってても、ただ待つだけだなんて……」
これじゃあ、何のために兄貴が一人でイギランス軍の足止めをしているのかわからない。人的被害を抑えるためって言っても限度がある。下の兵士たちの中には俺と同じように考えてる連中も多いようで悶々としている時間をただひたすら待って過ごしている。
「……動き出したぞ!」
どれくらいの時間が経ったかわからないけど、ようやく俺たちが待ち望んでいた事態が起こった。シアロル軍が徐々に前進し、こちらに向かって来ていた。それと同時にこちらは徐々に後退し、少しずつ帝都から引き離して……というなんとももどかしい戦い方をしてくれている。
しばらく後退した俺たちは、帝都からある程度離れたシアロル軍に向かって突撃をかけるように指示が出た。
……ようやく。やっとここまできた。兄貴を一人置き去りにして、それでも中々戦うことを許されなかった。
「お兄ちゃん」
「ああ。いくぞ。スパルナ」
俺は……兄貴のような英雄になりたかった。でも、俺は英雄にはなれないだろう。でもそれでいいって……そう思った。英雄にはなれなくても、この戦いの中で誰かを救えたら……スパルナに平和な世の中を見せてあげられたら。
そう思ったら不思議と不安が消えたような気がした。頭の中が透明になって、視界が一気に開けたような感覚があった。
さあ、行こう。兄貴が後ろを守ってくれている。だからこそ俺も……この帝都の軍を倒す。
「全軍、突撃ぃぃぃぃぃっっ!」
俺を先頭に、グランセスト軍は雄叫びを上げながら突撃した。己の命をここに、掲げる為に。




