第355幕 進撃する者たち
魔方陣の炎の玉が上がってすぐに行動した俺たちは、『身体強化』の魔方陣を使って他の兵士たちを抜き去る形で先行していた。
「兄貴はゴーレムと戦ったことがあるらしいけど……強いのか?」
「……ああ。少なくとも、普通の兵士じゃ太刀打ち出来ないだろう」
今回の戦争で最も警戒すべき敵はヘルガでも皇帝でもない。量産が効くであろうあのゴーレムだろう。俺たちは複数相手にしたところで遅れを取ることはない。だが、普通の兵士にあれを倒すのははっきり言って不可能だろう。一気に数十人で相手をしても動きを封じることさえ出来ないんじゃないか……。そう思わせるほど、あの時のゴーレムと兵士たちには力の差を感じたくらいだ。
勿論、それはミルティナ女王に全て伝え、出来る限り対策が取られている。銀狼騎士団でも生え抜きの騎士を先頭に出し、兵士たちの中でも実力のある者。魔方陣により秀でた者に特別な演習を施し、可能な限りの戦力増強を図っている。
……けど、それでも。銀狼騎士団の強者でようやく相手ができるぐらいだと思う。俺たちの目的はロンギルス皇帝とヘルガを倒し、この戦争を終わらせることだ。それはセイルやスパルナにも確認しているのだから間違いない。
だが、彼ら二人を殺して戦意が衰えるようなことがあり得るか? そう考えた時の答えは否だった。
アリッカルでもジパーニグでも戦いはあった。おまけにジパーニグは王が死んだ後でもこちらと戦うための戦力を集めていた節があった。アリッカルは俺たちが上でもかなり派手に暴れたから結果的に手中に収めることが出来た。それでも周囲の町や村は抵抗は続けている。
そんな事を知っているからこそ、ゴーレムが存在する限り、シアロルとイギランスが諦める事はないだろう。少なくともあれらを潰し、ヘルガとロンギルス皇帝を倒した上で敵の生産所を抑える必要がある。確実に戦争を終わらせるために、主戦力を削り切る必要があるというわけだ。
「兄貴、そろそろ見えてくると思うぞ」
「わかった。それなら……大きい一発をお見舞いしてやろう」
俺より少し先行しているセイルは、『索敵』の魔方陣を使いながら俺に忠告してきた。それに答えるように『神』『剣』『焔』のいつもの魔方陣を展開させる。こちらの軍勢は未だに後方。そして俺たちはそのはるか前にいる。今なら、こちらの被害を一切気にせずに魔方陣を発動させる事が出来る……!!
「悪く思うなよ。最初にそれを持ち出したお前たちの責任だ」
接敵する前にゴーレムがいる辺りに魔方陣を解き放つ。空から巨大な神焔の剣が降ってきて、周囲の全てを完全に焼き払う。
「相変わらず恐ろしい威力を持ってるな。兄貴のそれは真似できそうにない」
「凄い……」
感心するような声が響くのは悪い気分じゃないが、今はそんな事思ってる場合ではない。
「セイル。敵の様子は?」
「範囲から外れてた奴らは分散して移動を始めた。もう一度あの魔方陣を使っても、さっき以上の効果は得られないだろうな。後、物凄い勢いでこっちに向かって来ているのが数人……多分、ゴーレムだろうな」
「すぐ動けるって、なんだか手慣れてる感じだね」
本来ならあれだけの魔方陣をぶつけられた動揺があるはずだ。立ち止まったり恐慌に陥ったり……多かれ少なかれあり得るはずの事態が起こらない。これは彼らがそれだけこういう事を想定していた……そういう事だろう。
魔方陣を使ってからこの軽い雑談をしている間に例のゴーレムがこちらへと向かって来た。相変わらずすらりとした人形の造形は美しさすらあるのではないかと思うほどだった。
「あれが……シアロルのゴーレム?」
「兄貴の言う通り、怖いくらいだな。だけど――」
先手を打つべく、続け様にセイルが魔方陣を展開する。『英』『炎』の二文字から構成されているそれは、彼の手の中で大きく膨れ上がり、解き放つと同時に凄まじい熱量を纏いながらゴーレムに命中した。驚くべきはその速さだ。常人からしたら発射と同時に直撃したように見える。それだけの速度を保ちながら、魔力で補強されているゴーレムを焼き溶かす程の威力が備わっている。
「なるほど。『英』と言うのは『優れた』という意味合いも持つ。つまりあれは炎の魔方陣の中でも最も優れた魔方陣……そういう意味か」
「え?」
セイルが惚けた声を上げているところから察すると、狙ってやった訳ではないみたいだな。恐らく……自分が使っていた魔方陣の文字を片っ端から試したのだろう。じゃなかったら本当に勘がいいか……。
「いや……それより、まだゴーレムはいる。やれるな?」
「任せてくれ。スパルナ、行こう!」
「うん!」
二人とも元気良く俺を抜き去って、ゴーレムに戦いを挑んでいった。もう少し落ち着きがあれば……とも思うのだけど、彼らはこの方が力が出るのかも知れないな。
「……っと、俺も何かしないとな」
このまま二人に任せっぱなしなのもセイルの兄貴分としての面目が立たない。加勢して手早く倒してしまおう。まだまだ始まったばかりなのだから。




