第349幕 皇帝VS英雄②
幾度となく刃を、魔法と魔方陣を交え、互いに傷つきながらも未だに戦いは続いていた。ロンギルス皇帝は近距離戦を仕掛けると不思議と時を止める魔法を使ってこない。多分、ここのところは司と同じような制限があるんだろう。ある程度距離がなければ発動しない……とかな。詳しいことは本人じゃない以上わからないが、この事実は俺にとって好都合だった。流石にどんな距離で戦っても、時を止められてしまったら意味がないからな。
「……中々やるな。流石、古代の英雄か」
「随分物知り顔で言ってくれるな。お前に俺の何がわかる」
「わかるさ。貴様には及ばぬにしても、私とて古き時代からここまで生き抜いてきた者の一人。貴様の成し遂げた偉業を収められた本も何冊も読んだ」
「それは……勉強熱心なことだ……!」
力強く弾き返された俺は、皇帝と中距離を保ちつつ、どう攻めるか思案する。遠くからの攻撃は時を止めて魔法攻撃で押し切ってくる皇帝が完全に有利だから、自ずと近距離戦しかないんだが……この調子ではいつまで経っても決着は着かないだろう。
『神』『速』の魔方陣を発動させて、光すら超える速度で一気にロンギルス皇帝に詰め寄り、剣を振るう。
「なるほど。確かに速い。が……」
ロンギルス皇帝は一瞬目を閉じて……次に開いたその瞬間、両目に魔方陣が展開されているのが見えた。この起動式は……『心』『眼』の二文字。俺自身、そんな起動式は見たことがない。俺の動きをしっかりと捉えてるようにこちらを見てきている。俺の繰り出す神速の一撃を、ロンギルス皇帝は最小限の動きで防いできた。
「……ちっ、まさかそう来るとはな……!」
「私の力は、何も時を止めるだけではない。さあ、行くぞ……!」
繰り出される斬撃を回避しつつ、皇帝の隙を伺っていると……再び魔方陣を展開してきた。今度は……『重力』の魔方陣だと……!?
「我が内に秘めし魔力よ。眼前の敵を圧し潰す力と化せ。――『グラビティプレス』!」
俺の頭上に魔方陣が出現して、それから下に向けての重力がのしかかってくる。全身を潰されるような圧力を感じながら、無理やり身体を動かして剣を振るった。
「ほう……? この攻撃を受けても尚動けるか。流石英雄殿だ」
「ちっ、随分挑発してくれる……!」
思わず歯噛みしながら、カーターの時よりもずっと強い重力の魔法を振り払う。その間に、雷が炎が氷が……次々と俺に襲いかかり、それをなぎ払うように防ぐと、皇帝は詰め寄って剣で攻撃して刃を合わせた瞬間、そこから力が抜けていくような感覚があった。
「な……?」
「くくっ……くはは……!」
不気味な笑いを見せる皇帝は、隙を見せていた俺を容赦なく斬り捨てた。胸の方に決して浅くはない傷が出来て、軽く鮮血が舞った。
「その状態からよく避けるな」
楽しくなってきたと笑っているが、こちらとしてはそこまで余裕はない。セイルのようにはいかないが、後先の事は一切考えずに死力を尽くして限界ギリギリの戦いをしてやろうかと考えたその時――何か黒いものが俺の後ろから駆け抜けて来た。それと同時に空から炎が降ってきて、更に雷も追撃するように皇帝に向かっていく。
「なんだ?」
「「「グレリア(くん)!」」」
後ろを振り向くと、そこにはくずは、シエラ……そしてエセルカの姿があった。
更に目の前に迫ってきた皇帝の剣を――
「……貴様は。そうか、脱獄してきたか」
「ああ。あなたに負けた借り。返す為に地獄のように温い場所から戻ってきた。本当の勇気を手に!」
そこで皇帝の攻撃を受け止めていたのは……セイルだった。
「お前たち……」
「兄貴、苦戦するなんてらしくないじゃないか。まだ全部出し切ってないんだろう?」
「……当たり前だ。俺を誰だと思っている」
軽口を叩く余裕なんてなかったはずだ。それでも、不思議と言葉が出ていた。
「なるほど。これほどの仲間を揃えてきたか。だが、この程度で私に勝てると思うか?」
「やっでみなけりゃ、わからない……でしょう?」
「……クククッ、ならば、ここ以上に相応しい所を用意しよう。私が貴様たちを降し、新たな輝かしい未来を手に入れる」
何か納得したような表情を浮かべた皇帝は、それだけ足早に並べ立てると、自ら剣を鞘に収め、一歩後ろに下がった。
「……何を考えている?」
「くくっ……何も。ただ私は最高の舞台で最上の戦いをしよう。そう言っているのだよ。貴様たちの友情に免じて、な」
よく言ったのものだ。ロンギルス皇帝が何を考えているのかはわからない。が、この気まぐれには感謝するしかないな。助けてくれたのは嬉しかったが、ここで戦うにはセイル以外は……いや、彼も足手まといになるかも知れない。そう考えたら、皇帝が引いてくれるのはありがたかった。
「ロンギルス!」
「……セイル。次に我が前に立ち塞がるなら――」
「あの時とは違う。ヘルガも……お前も! 俺が倒す!」
「良かろう。その心意気、実に心地よい」
ロンギルス皇帝は、そのままマントを翻して、ヘルガを抱えて帰っていった。残されたのは……俺たちだけだった。




