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第36幕 素直じゃない勇者

 結局司達とくずは達の二組が帰ってくるまでの間、俺は宿でセイルの真似をするかのように筋トレをしたり、心を落ち着かせたり過ごし、彼らが帰ってきた後で、一人外に繰り出したのだが……当然のように外は真っ暗。既に陽は沈んでいた。


「ちょっと待って」


 なにか紙のような物が明かりを照らす中、ふらふらととりあえず歩いてみるかと動き出した俺の背に、無愛想な一言が投げかけられた。

 後ろを振り向くとやはりいたのはくずは。両腕を組み、ぶすっと俺から顔を背けていて、視線だけこっちを見ていた。


「どうした?」

「その……ただ漫然と見て回るよりは誰かと一緒のほうがいいでしょ? べ、別にあたしは良いんだけど!」


 本当に素直なのかそうじゃないのかよくわからない事言ってるな。

 しかし、目を閉じながらふんっと顔をやや上に向けて若干顔を赤らめているその姿はどことなく可愛らしさを感じる。


「それじゃ、頼もうか」

「うん、任せて」


 当然とでも言うかのように得意げな顔をしたくずはは、俺の隣に並び立って歩き出した。

 昼間もエセルカとセイルの二人と楽しんだはずなのに随分と元気の良いもんだ。


 ……いや、もしかしたらそれだけ俺達が彼女と打ち解けたのかも知れない。

 そうであるならば、それは間違いなくセイルのおかげと言っていいだろう。


 彼女の態度がやや軟化し始めたのはちょうど初日の夜が明けてからだったからな。


「どうしたの?」

「いや、不思議な明かりを使ってるなって思ってな。ランプや街灯とはまた違った暖かみがあるっていうか」


 そんな考えを察したのか、不思議そうに睨むかのように覗き込んできたくずはに対し、慌てずちょうど気になっていたあの紙の街灯について話を移した。

 彼女は俺の考えには気づかず、そのまま『あれね』とでも言うかのように納得した顔で頷いて、特に興味もなさそうに答えてくれた。


「ああ、提灯のことね」

「提灯?」


 初めて知った。ジパーニグではそんなもの、見かけたことがなかったからだ。

 普通の街灯ももちろんあるのだけれど、それ以上に目立つのがあの丸く太長い厚紙のような物だ。

 中に火種のようなものが入っており、赤い紙が暖かみを与えてくれる。


「そっちの世界ではよくあるものなのか?」

「お祭りとか屋台でなら……普段はどっちかというとルエンジャの方が近いわね」

「なるほどな」


 ということはこの村では異世界のお祭りの光景を強く表してるってことだろう。

 ここでもやはり異世界の英雄達の知識が垣間見えるが……なんというか、俺達の世界が別の世界からの侵略を受けているような気がして、どこか恐ろしくも感じる。


 ……いや、それは考え過ぎというものだろう。

 例えそんな気がしたとしても、俺が覚えてるのは700年前の光景だ。

 それだけの年数があれば、どれだけ発展していてもおかしくはない。


 だからこそ、俺はその胸中の不安を無理やり押し込め、蓋をする。今はまだ、開かないように。


「ほら、見て回るんでしょう?」

「……ああ」


 俺が少し考え事をして立ち止まってしまったのを見て小首を傾げているくずはの言葉に頷いて、俺も再び歩き出した。

 今は彼女に悟られるわけにはいかない。この疑心感を。

 くずはや司達、喚ばれたばかりの勇者達には関係ないことなのだから。


「それにしても、ここに来て驚いたことばかりね。

 食べ物もそうだけど……どこかあたしが生きてたところに似ているから」

「【英雄召喚】については教えてもらったんだろう?」

「そうだけど……他の国の歴史なんて教えてもらってないし、まさかジパーニグ以外にもこんな影響を与えるなんて思ってなかったから」


 そういうくずはの表情は読めない。

 懐かしむような、ありえないとでも言うような、そんな複雑な感情。


 まあそうだろうなとも思った。彼女たちに必要なのは戦う力。

 他国については俺達と同じくらいってことだろう。


 俺達の時代……700年前はまた違っていたし、俺は色んな所を回っていた。

 現に初めて【英雄召喚】が行われていた時と、それから数度の召喚は各国とも同じような歴史を遺しているらしいし、一概には言えないんだけどな。


「ナッチャイスでもこの調子ってことは他の国にも英雄――勇者たちの生きた証が何らかの形で残ってるかもな」

「そう、かもね。ちょっと気になるかも」


 なんて話をしながら俺達は適当に歩き回った。

 途中でくずはの世界の知識を聞きながら肉まんを食べたり、彼らが使っている特殊な丸い鍋――チャイス鍋の事を説明して貰ったりとしていた。


「へー、くずはの世界では中華鍋って呼ばれてるんだな」

「うん、ここで言われてるチャイス料理ってのも中華料理って呼ばれてる」


 なんて事を話しながらそれなりに楽しんでいると――ふと、視線を感じた。

 それは気のせい、というのは少々楽観視が過ぎるというものだ。

 だが、まあ……くずはの方をちらっと見てみると彼女の方は気づいてなさそうだった。


 殺気。それも明らかに俺の方だけに向いている。

 これがくずはにも及んでいたら流石に対処もしたのだけれど……俺にしか向いていないのなら都合がいい。

 仕掛けてくるなら人気のない場所……それも俺しかいない場合。少なくともくずはに危害を加えようとはしないと思ってもいいだろう。


 それはそれで楽観的ではあるが、いざとなったら彼女を守りながら戦えばいい。それだけのことだ。


「どうしたの?」

「いや、中々面白いことになりそうだと思ってな」


 背後、左右に感じる視線を確認しながら、俺達はこのナッチャイス特有の料理を味わう。

 そして……宿に戻った時。先にくずはに戻ってもらった時に、その殺意の牙は、俺に向かって解き放たれた――。

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