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第34幕 不安な気持ち

 グレリアに誘われて勇者会合に向けてイギランスに向けて進み、最初に訪れた夜。

 旅のお供と言ってもいい干し肉にナッツ類なんかの保存しやすく、手で気軽に食べられる携帯食料で腹を満たした俺達は、勇者二人とエセルカを除いた三人で交互に見張りをすることになった。


 いくら馬車が強固になったって言っても野盗や魔物の存在だってある。

 安全を確保することは大事ってこった。


 生き物ってのは体内に魔力を宿して生まれてくる。で、その魔力が暴走した状態――それが魔物。

 なんで暴走するかは……なんだっけか……まあいいか。

 クルスィ先生が言うには、「魔に堕ちた生物」って意味らしい。


 魔物になったら肉は食えなくなる。いや……食えるには食えるんだけど、果てしなくまずい。

 昔、村で猟師のおっちゃんが運良く仕留めた狼の魔物――フォレストウルフの死体を引っさげてきた時、食ったらわかるってんで肉を食わせてくれたことを今でも覚えてる。


 まず獣臭い。そして血の味と雑味が口いっぱいに広がって、ぶよぶよの肉は一向に噛み切れない。

 煮ても焼いても吐きそうなえぐみが消えず、口内を蹂躙し尽くすそれは、俺の意識を断ち切ってしまった程だ。


 あの時のおっちゃんの顔が未だに忘れられない。

 清々しい笑顔で「な? まずいだろ? こりゃあ食えんよなぁー」なんて言っていたんだから。

 食えないってわかってんなら最初っから食わすなよ! と子供ながらにおっちゃんを恨んだもんだ。


 夜になって、野宿するって決まった時に不意に思い出したそれに、俺が焚き火の近くで顔をしかめていると、馬車の方から扉が開く音が聞こえてきた。


 もう交代か? なんて思ってそっちに目を向けてみると、そこにいたのは勇者の一人であるくずはだった。


「おい、どうしたんだ?」

「……あんたは」


 きょろきょろと様子を伺っているようだったから声を掛けると、露骨に嫌な顔で睨まれてしまった。

 なにか焦ってるように見えるけど……一体どうしたんだ?


「会った時に自己紹介したけど、俺はセイルだ。

 っというか、そんなつっけんどんな態度取らないでさ、もっとちゃんと話そうぜ?」

「なんでこの世界の住民のあんたが『つっけんどん』なんて言葉知ってんのよ……」


 訝しむように警戒心むき出しの顔のままだけど……なんでって言われてもなぁ……。


「知ってたらなにか不味いのか?」

「……別に」


 どうにも不満そうに顔をしかめて再び周囲を見回している。

 それにしても……なにをそんなにそわそわしてるのか全くわからない。

 もじもじと言いづらいことでもあるかのように少しずつ馬車から遠ざかっていくから、思わず俺は大声で止めてしまった。


「おい! 夜に単独行動は危険だぞ! 俺がついていってやるから――」

「――! 付いてきたら……ただじゃおかないわよ……!」


 そのあまりの必死な形相に俺は足を止めてしまい、そのままくずはを見送ることになってしまった。

 その間も俺を睨みながら徐々に後ろに下がっていくように歩いていったんだけど……一体俺が何をしたというんだろうか。


 これがグレリアだったらきっと何かわかるかもしれないが……あいにく俺にはさっぱりわからなかった。



 ――



 茂みに隠れてしばらく姿が見えなくなったかと思うと、ため息混じりにくずはは馬車の方に帰ってきた。

 相変わらず不機嫌そうに見える彼女は、何処か少しホッとしたかのようにも見えた。


「何見てんのよ」

「ん? そりゃお前に何かあったらまずいだろ」

「……それ、あたしが勇者ってやつだから?」

「はあ?」


 茂みから戻ってきていきなり睨んできたかと思うと、今度はぶすっとした表情で不満そうに俺の言ったことに抗議をあげる。

 今なんか不味いこと言ったか?


 よくわかってない俺に対し、なおさらその目をつり上げて不機嫌そうな表情をより一層きつく深めてくる。


「だから、あたしが勇者だから、その魔王っての倒さなきゃなんないから、今なにかあったらまずいってことかって聞いてんのよ!」


 周囲の様子なんて知ったことっちゃないと言わんばかりに声を張り上げているけど、司って勇者と話してる時よりなんか饒舌に話してくれてるな。むしろその方がいい。

 会話になればそいつの人となりがわかる。ま、こんな風に喧嘩腰で言われても、だけどな。


 少なくとも、くずはがこの世界に来てからずっとこういう不安を抱えていたってことだ。

 勇者だから、大切にされてる……それがくずはにはプレッシャーになっていたということだ。


「そんなわけねーだろ。お前が一緒に旅してるから、心配して何が悪い?」

「何が悪い……って、それ本当に言ってるの?」

「当たり前だろうが。確かに勇者――英雄ってのは俺達の憧れだ。

 だけどよ、それは本に載るような過去の偉人達のことであって、少なくとも喚ばれたばかりのあんたたちのことじゃねぇってことだ。今はまだ、対等だ」


 そうだ。確かに司もくずはも英雄召喚で喚び出された英雄達だ。

 だけどよ、この二人は今はまだなにもしてない。何も為してないのにことさら持ち上げるっていうのは、なにか違うんじゃねぇのか?

 そんなもん、気持ち悪いだけだ。


「だ、だって、あたし、勇者、なんだよ?」

「……? もしかしてそういう風に大切に扱ってほしいのか?」

「ばっ……バカじゃないの!? そんなわけないじゃない!」

「だったらいいじゃねぇか。俺もお前も、今ならただの人、そうだろうが」


 俺はあんまり頭が良い方じゃねぇ。

 なんで上の奴らが勇者会合にグレリアを選んだのかもわからないし、グレリアが何を思って俺とエセルカに一緒に来いって言ってくれたのかも。

 だったら、俺はまっすぐ進むだけだ。よくわかんねぇなりに、な。


「た、ただの人、ね。そうよね……」


 その甲斐あってかどうかは知らないけど、さっきとは違ってなんだかほっとしたような……独りじゃないって感じの顔をしているくずはが見れた。

 出会ってからさっきまで不機嫌そうにしてたくずはが、だ。


 やっぱ、この子も喚ばれたばっかで溜め込んでいたってことだ。

 俺にはそれをわかってやることは出来ねぇけど、話すことくらいは出来る。


「ほら、せっかくだからこれでも舐めるか?」


 俺は学園を出る前にこっそり持ってきたはちみつの瓶を見せびらかせるようにかざすと、くずはの表情がさらにぴくりと動いて興味を持ってくれた。


「……いいの?」

「ああ、早く来いよ」

「……うん」


 そのままとことことこっちに来てくれたくずはと一緒に、そのまま次の交代まではちみつを舐めることになった。その時、初めてくずはがほんの少しだけ笑ってるのを見て、改めて思ったよ。

 初日から色々あったけど……やっぱ女に不機嫌な顔は似合わねぇなってな。

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