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第274幕 荒れ狂う波

 シグゼスが手続きをしてくれている間に、俺たちはテントの方に行って今後の方針について説明するため、あの町の長だった老人に話を通した。


「あいわかりました。我々も今後の事が気になっておりましたので丁度良かった。しかし……」

「しかし?」

「……いや、今ここで言っても仕方ありますまい。避難した者たちはわしが責任を持って全員集めましょう。後のことは……貴方たち次第、ということで」


 集めてくれるのはいいが、なんでか妙に含みのある言い回しが気になった。勿体ぶるような言い方にカッシェはテントを出てすぐに不満を露わにした。


「なんだ、あれは? 言いたい事があるんだったらはっきり言えっての」

「……俺たちは武器を持ってるし、鎧姿は見るからに物々しい雰囲気をしてるだろう。怖気付くのも無理はない」

「だったら、護衛でもつけてればいいだろ?」

「あまり無理を言うな」


 カッシェは何事も直球過ぎる。正面から言いにくい事だってある。今回みたいに俺たちがいつでも殺せるような状況で、それは無茶振りというものだ。

 しかし……町長の言っていた事が気になるのはまた事実。最悪の事を考えて色々と案を練った方が良いのかも知れない。



 ――



 そしてその次の日。周囲にテントが立っている中、大きな広場のような場所に避難してきた町の民たちが集まってきていた。

 流石に子どもや老人は少ないが、それでもかなりの人数だ。男どもは不満や怒りを秘めた視線を俺たちに向けてきていて、女の方はこれからどうなるのかと不安げな視線を彷徨わせていた。


「いざこれだけの人数を目にすると、なんていうか……少し引くな」


 一斉に視線を向けられて気圧されてる様子のカッシェは咳をした後、まず今回の町の被害状況。次に襲ったものの正体など、一つ一つ彼なりに丁寧に説明し始めた。

 いきなり避難民にこれからの事を話すより、今の状況に陥った事から徐々に話して、きちんと理解させようという魂胆だった。


「それで、あんたらはこれから俺たちにどーして欲しいんだ?」


 それは功を奏したのか、ある程度わかったような顔をしていたが、そのせいで少しずつ熱気が溢れ、一人の男が鋭く睨みながら俺たちを糾弾するような声を上げた。


「……正直、今は町の復興は困難だ。国は未だ戦時中で、他のことを気を避けるような状況じゃない。いくつかのグループに別れ、それぞれ別の場所に避難を――」

「冗談じゃねぇ!!」


 カッシェが本題を口にした瞬間、今まで黙っていた男の一人が拳を握り締めて声を荒げていた。


「そら国の都合じゃねぇか! いきなり戦争し始めて、俺たちを巻き込みやがって!」

「そうだそうだ! おまけにこんな飯もロクに食えねえ所に連れてきやがって!」


 今まで我慢してきた鬱憤が、閉じ込められていた思いが一気に噴出してしまった。しかもかなりまずい形で。


「……俺たちはこれから――」

「騎士の連中はなにやってたんだ! 普段偉そうな態度取ってていざとなったらこれかよ!」

「ああ!? だったらお前らはなんとか出来たのか!? 言っておくけどな、お前らの命を救うためにその分兵士たちが死んでるんだ! それを棚に上げて文句ばかり――」

「てめらは俺たち守るのが仕事だろうが! それで死んでも当たり前だ!」

「なんだと!?」


 一人の暴言から始まった言い合いは熱を帯びてきて、止まらなくなってしまった。一番冷静にならないといけないカッシェまで頭に血を上らせて掴みかかりそうになっていた。


「カッシェ、少しは落ち着け」

「落ち着け!? これだけ言われて、お前は黙って見てるのかよ!」


 騒いでる魔人たちの熱に当てられて俺を物凄い勢いで睨みつけてるが、これではもはやどうしようもない。


「黙れとは言わないが、少しは冷静になれ。俺たちは何しにきた?」

「好き勝手言ってるこいつらが悪いんだろうが!」

「……わかった。わかったからそこをどけ。俺が代わるから」


 このままではいくら言ってもキリがない。一旦下がらせるのが賢明だろうとカッシェの肩をポン、と叩いて俺は前に躍り出た。相変わらず避難民の連中は騒いでいて、その熱が他の魔人たちに少しずつ広まってきている。暴動一歩手前で、このままだと最悪死人が出る。


 なら――


「静まれぇぇっ!!」


 思いっきり息を吸い込み、『拡声』の魔方陣に加えて出来る限り大きな声で叫んだ。突如俺から放たれた怒号に今まで騒いでいた避難民たちは一斉に静まりかえり、ギロリとこちらを眺めていた。そのどれもがギラギラとした目をしていて、下手に弱気なことを言えばたちまち飲み込まれてしまう……そんな気持ちが湧き上がってくるほどだった。


「グ、グレファ……魔方陣使うなら先に言って……くれ……」


 俺の後ろにいたカッシェは、情けない声を上げて膝をつくような音をさせていた。

 流石のあいつも、血を上らせてる場合じゃなさそうだ。


「…….さて、落ち着いたところで話の続きをしようか」


 俺の方も『あまり邪魔をするなら容赦はしない』と凄む視線を向けて、避難民たちに一度威圧して、再び説明を始めた。

 全く……こんな面倒事を押しつけてくれて。シグゼスにはこの貸し。必ず後で返してもらおう。

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