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第202幕 隔絶された国

 ひとまず宿屋を抑えた俺たちは、なにをするにしても情報が必要だと判断し、帝都内を調べて回ることにした。


 最初は二人で分かれて行動しようかとも思ったんだけれど、スパルナはあまり俺と離れたがらないし、何かあったら彼は迷わず鳥の姿に戻って俺の元に駆けつけてくるだろう。


 そんなことになったら今以上に目立つし、そういう事は出来るだけ避けたい。

 結局二人で一緒に行動するのがベストだと結論付け、その日は早めに休んで、次の日に行動に移すことにした。



 ――



「うわあっ、全然寒くないっ!」


 きゃっきゃと騒いで駆けているスパルナは本当に楽しそうに降り積もった雪道に足跡をつけて楽しんでいる。


 俺たちはまず、防寒具を買ったんだが……これが想像以上に暖かい。

 完全に冷気を締め出しているようで、寒さを全く感じない。


 スパルナなんかは縮こまっていた身体を大きく伸ばしてはしゃぎ回っている程だ。


 その微笑ましい光景を眺めながら、俺は店主とのやり取りを思い出していた。


 防寒具などをシアロル以外の国で使わないように注意された。

 浄化陣はなるべく目に見えないところに刻んでいるが、この国以外で発覚した場合はアンヒュルと疑われても一切責任を取らないということだった。


 確かに浄化陣は一応認知されてはいるけど、一般的に使っているのはシアロル以外存在しない。

 少なくとも人の国中では、だが。


 魔人と戦争をしている以上、そうなるのはわかるのだけれど……恐らく皇帝自身がこれを文化として伝える気がないのだろう。


 全てが自国だけで完結している世界。

 たったこれだけでも他と隔絶されているような錯覚すら抱いた。


 楽しそうに先を歩いているスパルナがどこか遠く感じて……めまいがしそうになった。

 それでも彼にはなんとか悟られずにこの帝都中を歩き回る。


 しばらくはそのまま探索まがいのことをして、腹が減った頃に適当な店に入って暖かく少し味付けの濃いスープにソーセージをパンで挟んだ軽い食事をすることにした。


「人が多いし、食べ物も美味しいし……ここに本当にいるのかな?」

「……さあな。だけどいるとしたら――」


 互いに向かい合う形でテーブルに付き、パンにかぶりつきながらちらりと視線を向ける。

 そこは他とは違う――『帝王の箱庭』と呼ばれている区画。

 奥に立派な城が建っていて、そこから結構な範囲が城の領域らしい。


 この広大とも言えるシアロルでも一番場所を取っているところ……そこが城とその範囲にある帝王の箱庭というわけだ。


 もちろん城の内部は立ち入り禁止だが、箱庭の部分にはある程度の入ることが許されている。


 そこは広場や上流階級が着ている服などが売られている店があったり……何かを研究する施設があったりする。


 具体的な事は国民の方もわかっていないものの、なにやら重要な研究らしく、そこで働いている者の家も建っているそうだ。


 そのわりには肝心の上流階級――貴族が住んでいるような建物が一軒も見当たらない。

 普通、城の近くや町の要所付近になにかあるはずなんだけど、そんなものは一切なくて、一般の区画から箱庭に続いている大通りはまっすぐに城へと向かっている。


 建物の隙間に小道がある程度で、分岐の少ない大きな通り道の先にある純白の城は決して雪に埋まることなく存在感を発揮している。


 さながら氷の城のようだ。


「スパルナ。これを食べたら次はあっちに行ってみよう」

「ん、ちょっと待ってね……」


 むぐむぐと両手でパンを持って頬張っているスパルナは、口元にケチャップをつけていた。

 肝心の彼はそれに気付かないようで、また大きく口を開けておいしそうに食べている。


「あーあー、ほら、口元ついてる」

「んー!」


 テーブルに設置されたナプキンを手に取って拭ってやると邪魔そうに眉をしかめて抗議するような声を上げられてしまった。


「嫌ならもう少しゆっくり食べろ。

 誰も急かさないから」

「……うん」


 スパルナとこういうやり取りをするのは少なくない。

 彼が今までいた環境のせいなのかまだ幼いからなのか、度々急いで口元を汚すことがある。


 別に怒るほどのことでもないし、これくらい可愛げのある方だとも思うけれど……いい加減直した方がいいかもしれない。


 昔よりは格段に減ったとはいっても、まだたまにやってるし、今はまだ良くても心が成長したら恥ずかしい思いをするのはスパルナの方だからな。


「む……なに? なんでそんな目を向けてるの?」

「いや、お前もまだまだ子どもだと思ってな」


 ついつい暖かい視線を向けていたのか、スパルナはムッとした顔で俺に抗議してきていた。


 食事中にあまりよろしくはないが、俺は彼の頭に手をポン、とのせてそのまま優しく撫でる。

 それを目を細めて気持ちよさそうにしているところなど動物のようだ。


 ……いや、今は鳥だったか。


 一人だったら、もっと後ろ向きな思考ばかりが先行していただろう。

 俺自身、何かを捨ててここまできたような男だからな。


 だからこそ、こういう些細なやりとりがありがたかった。

 まだ俺にも、あったかい血が流れてるんだって感じることが出来るから。


 ……どんなに強くなっても決して見失ってはならないものを、この子が思い出させてくれるから。


 ついでにいろんな感謝の気持ちを込めて撫でてるとも知らずに嬉しそうなスパルナに、優しい気持ちが流れ込んでくるのをはっきりと感じたのだった――。

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