第168幕 棒術士の実力
武龍はまっすぐ俺の方に向かってきて、その両手に持つ棒を突き出してくる。
なるほど、重心の移動に身体全体の力の入れ方……どれも他の勇者とは違う洗練されたものを感じる。
足さばきも独特で、少なくとも他には見たことのない動きだ。
恐らく、身体強化の魔方陣を使っていなければヘルガといい勝負するのではないだろうか?
久しぶりに一切の強化なし……純粋な戦闘能力の比べ合いだが、それでも俺は負けるつもりはない。
棒が眼前に突き出されるのを見た俺は、頭を動かして最小限の動きで回避し、そのまま武龍に詰め寄るように身体を前に進め、右拳に力を込めて至近距離からの強烈な一撃を加えていく。
「甘い」
右手を棒から手放し、それを防御に回してきた。
力強い一撃を与えたと思うのだが……まるで大地に根を生やした樹木のように武龍は不動を貫き、そのまま左手に持つ棒を横薙ぎに振るってきた。
とっさに左腕を盾代わりに使って防ぎはしたが……じんじんとした痛みが響いてくる。
あの棒、外見は木材で出来ているようにも見えるが、その実態はまるで鉄のように硬い。
だが、この程度の痛みで怯んでいる場合じゃない。
「まだまだぁ!!」
武龍は拳の間合いから外れる為に距離を取り、一方的に攻撃が行える範囲で次々と突きを放ってくる。
一つ一つに鋭い一撃に魂が宿っていて、彼の戦いに対する考え方が伝わってくるようだ。
これを身体強化の魔方陣で乗り切るのは簡単だろう。
相手は恐らく、そういう系統――魔方陣の扱い方を知らない。
知っているのであれば、最低限自身を強化してくるはずだ。
それなのにその気配すら感じない……ということは彼は少なくとも、他の勇者たちとは違うようだ。
しかし、なぜこれだけの強者が何も知らされずにいるのだろうか?
少なくとも身体強化の魔方陣を自在に扱えれば、即戦力間違いないくらい、彼は強い。
流れるように次々と繰り出される棒による攻撃を出来るだけ小さく、時には紙一重でかわしながら、俺は自身の間合いへ入れようと前進する。
もう少し……というところで、武龍はいきなり俺の方に詰め寄って来た。
わざわざ武器の間合いを殺してまで来るとはなにかある……そう感じた俺は、一度距離を取ろうとしたのだが、一歩遅かった。
腰を落とし、地面が鳴り響きそうな程力強く踏みしめ、こちらの足を引っ掛けながら、背中から体当たりを食らわせる要領で俺に攻撃を加えてくる。
とっさに防御の姿勢を取ったものの、無駄だと言わんばかりの衝撃が腕や身体全体に伝わり、体勢が崩れてしまい、更なる追撃を許してしまう。
「ちっ……」
眼前に迫る棒を腕で薙ぎ払い、武龍がそれを引いている間に接近、下から上に突き上げる形で腹部に一撃を見舞う。
段々と感覚が鋭くなっていき、次第に武龍の動きを俺が上回り始めた。
……元々身体能力や戦闘経験は俺の方が高い。
武龍はそれを技術で補ってきた。
初めて見る動きに興味が湧いた、という事実はあるが、それを引いても彼の強さは本物だ。
だからこそ認めよう。
命を預けられる剣を持たない俺にとって、近接戦では敵に値するという事を。
だが、敵であって脅威ではない。
今の彼では、致命打を俺に浴びせるのは難しいだろう。
彼程の実力者であれば、それくらいの事はわかっているはずなのだが……どうしても引いてくれる事がないのであれば、俺も攻めていくしかない。
先程とは一転して、多少の攻撃は全て拳で叩き落としていく。
いくら鋭い攻撃が可能な硬い棒とはいえ、衝撃を与えてやれば軌道は逸れる。
「なっ……!」
「手練なのは認めるが、それだけでは俺は止められない!」
俺が今までと違う動きを見せたせいか、短く驚きの声をあげる武龍。
しかし、そこは強者と言うべきか、彼は冷静に滑らかな動きで再び迫ってきた俺との間合いを一気に詰め、足を引っ掛けるようにしながら超近距離からの背中からの体当たりを敢行してきたが……そう何度も引っかかる訳がないだろう。
彼がその攻撃をしてくることが読めていた俺は、間合いを詰めてこようとした瞬間、思いっきり地面を蹴って横っ飛びに移動する。
「くっ……!」
苦々しい表情を浮かべながら俺が飛んだ時に最初に地面に着いた足を軸にして回し蹴りを決めてみせた。
武龍は慌てて棒を構えて防御の構えを取っていたが、姿勢を崩してしまう。
その隙に更に接近して、彼に攻撃を仕掛ける。
軽く一発、二発と拳打を浴びせ、拳を引く前に武龍の胸元を掴んで、地面を踏みしめながら強く引っ張ってやる。
俺の拳に怯んでいた武龍は容易く俺の元に引き寄せられ、そのまま彼の足元に蹴りを入れ、背中に担ぎながら投げる要領で地面に叩きつけてやる。
「ぐぁっ……」
完全に投げ飛ばさなかったのは、その後で体勢を整えられても面倒だからだ。
地面に倒れ伏した武龍に馬乗りになり、腕で首を締め上げながら両腕の動きを阻害するように抑える。
「どうだ? 負けを認めるか?」
「くっ、ぁ……ま、いった……」
下手な動きが出来ないように力強く抑えつけていたからか、苦しそうに彼は自身の敗北を認め、力を抜いた。
……どうやら、これ以上何かをしようという気はないようだ。




