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第167幕 最後の勇者、現る

 色々と激しい夜をなんとか乗り切った俺は、他に妨害される事もなくゆっくりと眠ることが出来た。


 俺の隣ですやすやと寝息立てているエセルカの髪をそっと撫でると、くすぐったそうに少し身をよじっていた。


 全く……なんとも幸せそうな顔で寝ているもんだ。

 まるで一番安全な場所にいるかのように安らいでるもんだから、下手に動いて起こしては不味いと思って、身じろぎ一つせずにじっとすることにした。



 ――



 それからしばらくしてからエセルカも目を覚まし、挨拶から軽く会話を交わした後……俺たちは宿屋を出ることにした。

 というか、朝起きて隣に寝ている女の子と話すというシチュエーションは、一つ間違えたら事後のようにも見えるな。


 ……もっとも、エセルカがもう少し大人であれば相応しい表現だったかもしれないが。


「……グレリアくん、今すごく失礼なこと考えてなかった?」

「まさか。ただ、エセルカの頭がちょうどいいところにあるなって思ってな」


 そう言った俺は、努めて優しく彼女の頭を撫でる。

 ふにゃあ、といった表現がぴったりなくらい、エセルカは頬を緩めていた。


 なんというか、単純な奴だ。

 そんなやり取りをしながら宿屋を後にしようとしたのだが――


「……見つけたぞ! グレリア・エルデ!」


 どうやら追手に見つかってしまったようだった。

 少々うんざりしながらなぜか聞いたことのあるような声のする方に視線を向けると――そこにいたのはかつて勇者会合で司の対戦相手となっていた……確か(シュウ)武龍(ウーロン)とかいう名前だったか。


 自身の名前の文字を丁寧に説明するところなんかが妙に印象的で、頭の片隅に残っていた。

 長く細い一本の三つ編み結わえている黒髪が特徴的なこの男は鋭い目を俺に向けている。

 後ろに背負っているのは、棒……だろうか?


 確か勇者会合の時は素手で司と相対していたはずだ。

 ということは、これが本来の彼の戦闘スタイルというわけか。


「ナッチャイスの勇者か。

 まさかこんなところに出てくるとはな」

「そうだ。お前は他の勇者たちを次々と打ち破っていると聞く。

 魔王の右腕とも呼ばれているお前のその実力……俺にも見せてもらおうか」

「……はぁ?」


 この男は一体何を言っているんだ? と思わず呆れたような声が上がったが、エセルカの方を見ると『知らなかったの?』というかのような顔で俺の方を見ている。


「……本当にそう呼ばれてるのか?」

「勇者と王様たちの間ではそうなってるみたいだよ。

 まだ兵士や国民には知らせていないってヘンリーが言ってたけどね」

「なんてことだ」


 つまり、俺はいるかどうかもわからない魔王の手先扱いされているというわけか。

 だが、勇者たちが幾度となく敗戦している理由としてはある意味納得ができることなのかもしれない。


 どこぞのヒュルマかアンヒュルかわからないのにやられた事にするより、魔王の右腕にでもして苦戦している事にすれば面目も立つというわけだ。


 勇者たちが負傷している姿が人々に見られる度に、そういう言い訳を使っていれば、やがて彼らは騙されていくことだろう。


「どうした? まさか、今更嫌だとは言うまい?」

「当たり前だ。だが、ここでは人が多すぎる。

 無関係な者を巻き込むのは、本意じゃないだろう?」


 武龍(ウーロン)は周囲の人々を見ながらどうするべきか考えているようだった。

 だが、ここで暴れてしまえば、確実に被害が出るだろう。


 俺の方は世間体的にもはや気にならない状況になりつつはあるが、向こうはどうだろうか?


「わかった。ただし――」

「逃げるなってことだろ? わかってるさ」


 釘を刺そうとした武龍(ウーロン)の言葉を片手で制し、すぐに了承する。

 自分の言葉が読まれていることに不愉快さを感じていたのか、眉をひそめた武龍(ウーロン)は、そのまま俺に背を向けて歩き出した。


「良いの? グレリアくんと私なら逃げ切れると思うけど……」


 彼に付き従う形で後を歩く俺にエセルカは不思議そうに小首を傾げていたが、答えはそう難しくもない。


「ヘルガという例外もいる。あの男がどれだけの強さを秘めているかわからない以上、知っておく必要がある」


 それ以上に追い付かれた時のことを考えると面倒事が少なくていいと判断したからだ。

 逆上して辺り構わず力を振るうタイプであれば御しやすいがな。



 ――



 ダティオの町から離れて人も少なくなった時、武龍(ウーロン)は俺達の方に向き直って、構えに入る。


「ここでならば迷惑かかるまい?」

「……いいだろう」


 彼はどうやら背負った棒を使って戦うことにしたようで、くるくると器用に回し、そのまま構えに入った。


「武器を使うな、とは言うまい? そちらも持っているようだしな」


 ちらっと俺の剣を見て武器を取り出したようだが、俺の方は構わずに拳で応戦することにした。

 これはいざというときに使い捨てる為の道具だ。


 今この場で使う必要はない。


「なるほど、あくまで素手で来るか……。

 まあいい。貴様の実力、見せてもらうぞ」


 そう言って俺に向かってきた……のだが、今の所この武龍(ウーロン)が身体強化の魔方陣を使う素振りは一切見られない。

 果たしてこれがどういう意味を持つのか、これからわかることだ。

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